第１４７７回　エレベーター

　私はそもそもエレベーターは好きではありません。エレベーターに乗る時もできるだけドアから離れますし、降りる時も後ろの壁に貼り付いてドアが開くのを待ちます。それはエレベーターに乗って怖い思いをしたことが何度もあるからです。一度は若いころ、突発性の病気で入院していた時に、深夜にトイレへ行きたくなって病室を出た時のことです。同じフロアのトイレへ行ってから、まっすぐに病室に戻れば良かったのですが、とても喉が渇いたので自動販売機のある１階へエレベーターで下りようと思いました。私はエレベーターに入るとすぐに１階のボタンを押したのですが、なぜだかエレベーターはどんどん上の階へ上がっていきました。私は霊安室や手術室など、人の死につながるフロアへ向かっていたらどうしようかと思い、エレベーターの中に貼られた診察階の表示を凝視していました。するとエレベーターは8階で止まりました。エレベーターには私しか載っていませんでしたから、誰かが8階でエレベーターを呼んだのだと思います。しかし、時間は深夜2時ごろです。こんな時間に誰も歩いていない薄暗い病棟で、誰がエレベーターのボタンを押したのでしょうか。診察階の表示を見ると8階は「脳神経外科」と書かれていました。私はドキドキしながら目の前でエレベーターのドアが開くのを待ちました。すると目の前には、顔から頭まで包帯でグルグル巻きにしたミイラのような人間が、エレベーターの前の廊下をうつむいたままゆっくりと歩いていきました。幸いその人はエレベーターには乗り込んできませんでしたが、恐怖で声が出そうになりました。

　もう一度はしつこい不浄霊に追いかけられていた霊体験です。そのころ私は顔が完全につぶれた若い女性の不浄霊にしつこく付きまとわれていました。勤め先のオフィスで窓を開けると、地上の歩道からこちらを見上げていたり、向かいのビルの同じ階の窓からこちらを睨んでいるときもありました。何かの事故で亡くなったようで顔が半分吹き飛んでいて、赤黒い肉は血にまみれています。片目だけかろうじて顔に付いていますが、位置がずれてぶら下がっています。この不浄霊は私を恨んでるわけではなくて、自分の行く先が分からなくて私に救いを求めに来ていたのです。お気の毒だとは思いますが、私とは縁もゆかりもない人ですし、この霊のために何日間も費やして浄霊をすることもできません。それに見た目が普通の状態ではないので、霊の顔をまともに見ることもできません。ですからこの不浄霊が現れても私は見えない振りを続けました。そしてあまりにも付きまとってきたときには、印を結びマントラを唱えて祓いました。祓えばしばらくは離れるのですが、時間が経つとまた私の前に現れてくるのです。

　あるとき近所で”幽霊マンション“と噂されている友人の住んでいる危ないビルへ向かっていました。このマンションの中では私も何回も霊を見ています。屋上から飛び降りて死んだ人や浴室で練炭自殺をした人や死後1か月経って発見された病死体など危ないことが頻発しているマンションです。それはこのビルの土地も建物にも不浄霊がかなり棲みついていて、その不浄霊に取り込まれてまた死んでいく人も出るという悪循環に陥っていたからです。まさに心霊スポットのようなマンションでした。

　たまたま用事があってそのマンションへ行く時に、私はこの女性の霊が私の後をつけてきていることにすぐに気づきました。そして逃げるようにこのマンションへ駆け込みました。しかしそのときエントランスのドアを開けるとこの女性の不浄霊も私の後を追ってすぐにマンション内に入ってきました。私は急いでエレベーターのボタンを押すと、幸いにしてすぐに乗り込むことが出来ました。そしてこの不浄霊がエレベーターに乗り込む寸前で、ドアは閉じて私は救われました。

　ただ、そこから怪異が起こりました。友人のフロアに向かってエレベーターはゆっくりと上がっていきました。その間、じりじりしながらエレベーターの中にいた私は、エレベーターの内側のドアが何か光りはじめたことに気づきました。急にドアの内側だけが明りに照らされたように明るくなっていったたのです。思わずそのドアを凝視していると、明るくなったドアの中に顔が浮かんできました。それは顔半分が飛ばされたあの不浄霊の女性です。そしてエレベータのドア全体が明るくなるとドアの全面に不浄霊の姿が浮かび、そして不浄霊はドアから抜け出して私にすがり付いてきたのです。私は首を掴まれて息が止まりかけました。思わず両手で印を結び、ありったけの声を出してマントラを唱えました。そして女性の不浄霊は一瞬で消えたのです。友人のフロアでドアが開くと、エレベーターの中には腐敗臭・死臭が充満していました。

　私はエレベーターに乗ると、ちゃんと指示したフロアまで私を運んでくれるのかいつも不安になります。何かエレベーターのドアが開いたときに、別次元の世界の扉が開いてしまうような気がしてならないからです。

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