さて、
ちょっと前に書こうかなと思いつつ、少し間を置いてみた話。
某お方が先日お亡くなりになられたそうで。
代表作は、やっぱZZガンダムのプルとプルツー?
ま、多分日本人なら誰もがこの人の声を聞いたことがあるでしょう。
癌を宣告されて、余命いくばくもない事を本人は知ってたそうで、
最後まで仕事をし続けたのは、何かを残したかったのでしょうか。
そういやとある知り合いの方が亡くなる前に、こう言ってました。
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もしも私が死んだとして、
3日に1ぺんくらい私を思い出すような人は
きっと親を入れて10人くらいだろうかね。
その内、1年経ってもまだ私の名前を口から出してくれる人は
きっと親を抜かして3人いるかどうかだろうねえ。
大抵の他人の死なんてものはそんなものさね。
どんなに悲しいと感じたとしても、
3日もすればメシが美味い。変わらぬ日常。
え、何かありましたっけ?って、
そういうものだわ。
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あぁ、そうなのかも知れないな、と、この歳になって実感のある今日この頃です。
ガキの頃ならそういうふうには思わなかったかもしれない。
だけど、【いのち】ってのは、いつか死んでしまうものだと、
やっぱ歳をとると実際に何度も体験するうちに受け入れていってしまう。
そして彼女はこういってました。
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けどそれってさ、
そういうもんだと思うんだよ。
そうやって死んだヤツのことを切って生きていくんだよ。
良い悪いの話じゃない。
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そうなんですよね。
死んだ人は何をどうやってももう、100%生き返ったりはしないけど、
死んでない人はまだ生きているんですから。
死んだ人の新しい姿はもう未来には絶対ないけど、
生きてる人はずっと新しくなりつづけてしまうのですから。
例えそれが昨日と今日のコピーのような毎日だったとしても、
昨日は絶対に、今日ではない。
だから、
どうやったって、死んだ人より生きてる人の方が先になるんですよ。
良い悪いじゃない。
良い悪いじゃないけど、辛い事。。。
死んでどこに行くのか・・・なんて死んだことないから生者の世界では永久に解明はされないでしょうが、
僕は無宗教だから、多分死んでもどこにも行かないんだろうなぁと思ってます。
多分人の心ってのは全部脳内物質だから、
言うなれば心っていうのは、アドレナリンやらドーパミンやらの【物質】なんでしょう。
きっと魂もそれに近いモノで、
それが生成されることが止まっても、
死ぬということは、物質が活動を辞める以上でも以下でもないんだろうと思ってます。
・・・とはいえ、
それは決して代えなんて効かないシロモノですから、
それが失われるということは、
どうやったって悲しい。
だから、
生者が死者にまずできることは、
ただ悲しむことなのかなぁ・・・なんて思ったりしてます。
3日にいっぺんかどうかは分からないけれども、
きっと何度も思い出す。
そして時間が流れれば、
ただ悲しむだけじゃなくて、
楽しかったこと、面白かったことなんかも思い出せるようになって、
それが悲しみにフィルターされずに純粋にその時の気持ちになって、
そんな時間を過ごせたことに「ありがとう」と心から思えるようになるのかも。
そうだったら素敵だな、と思います。