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Mar's Attack -まさやんのよもやま批評-

政治、経済、社会から文化、スポーツ、芸能にいたるまでリアルタイムで批評していきたいと思います。

 今回はスポーツの学校における位置づけについて述べたいと思う。


 昨今の西武ライオンズのアマ選手への金銭授与問題に端を発した高校生の特待生問題にもかかわる話であるが、学生野球憲章には「いかなるものからも学生は金銭供与を受けてはならない」という条項がある。この条項の背景には金銭授受を受けないことで高校野球の独立性を維持したい点があげられる。そしてもうひとつ、学業とスポーツの両立を望んでいる姿勢が見え隠れする。


 多くの学生は教育課程の中で決められた授業を通常通りこなし、部活動として野球を行っているわけである。しかし一部の学校(特に強豪校)では課外活動を最優先にして授業を受けない事態が発生しているのは紛れもない事実である。


 高校生(広義で言えば学生)の本分は学業である。これについて全く疑う余地はないであろう。社会へ出ることの準備機関として高校があり、その準備教育として学校教育が存在していると考えるべきであろう。ただ高校は義務教育ではない。仮に高校を卒業しなくとも一般的な社会生活を送る上で支障はないと考えている。その観点からも高校をより専門技術を磨く機関としてを位置づけるべきであろう。より現実的に論じると部活動を今以上に授業単位として認めるべきであろう。そのためには文部科学省の協力も必要となってくるであろう。


 高校野球の特待生問題ばかりに焦点が当たるが、このような問題があることも今一度認識してほしいと切に願う。

 2007年3月24日、ニッポンプロ野球はパ・リーグから開幕を迎えました。3月になり発覚したアマチュア2選手への西武からの利益供与は開幕に水を指す形になってしまいました。


 昭和30年代まで新人選手の獲得は自由競争で行われていました。その結果、特定球団に有力選手が集まり、球団間で戦力差が大きかったため戦力の均衡化をはかり、1965年に導入されたのがドラフト制度でした。

戦力の均衡化ということで各球団が同時に希望選手を指名し、重複した場合は抽選して当たりを引いた球団に交渉権が与えられました。この制度が、江川や元木、そして清原・桑田の運命に大きく影響を与えました。


 そして1993年に職業選択の自由という観点から大学生・社会人の選手に対して逆指名権が与えられ、権利を行使した選手は希望球団以外の指名を拒否できる制度が与えられました。しかしながら、高校生にはこの制度は導入されずに、従来どおりの抽選方式が維持されました。さらに2005年からは高校生と大学・社会人の分離ドラフトが開始され、高卒と大卒・社会人の有力選手を同時に獲得することも制度上では可能になりました。(※ただし高校生は従来どおり、逆指名権なし。)


 しかし逆指名制度が出来てから以降、プロの各球団は有力選手の獲得のためさまざまな方策を企ててきました。アマ選手との接触が禁止されている制度の盲点を突いた関係者への接触が積極的に図られるようになりました。逆指名権のない高校生については大学進学や実業団チームへの就職の斡旋を進めてきました。また大学や社会人の関係者とのパイプつくりのために不可解な選手指名も行われてきました。そしてこの制度がアマ選手への直接的な金銭授受という形にまで発展して、一場問題や今回の騒動で表面化したに過ぎないのでした。


 私としては、戦力均衡というドラフト制度の主旨に立ち返り、シーズン下位球団から指名を行う制度である「完全ウエーバー制導入」と「高校生と大学・社会人ドラフトの一本化」を主張したいと思います。


 プロスポーツは観客あっての商売なのである。ファンは球団の勝利を願い応援しているのである。したがって特定球団が勝ち続ける事は一時的にファンを増やすことはあっても、すぐにマンネリ化し観客は減少していくだろう。戦力均衡の議論の際にFA制度も無視出来ないもの事実であるが、今後議論していくことにし、まずはドラフト制度から改革していくべきであろう。また高校生と大学・社会人ドラフトの一本化は制度の明確化と戦力均衡の

観点から整理していくべきであろう。


 各球団のオーナーは大阪近鉄の消滅騒動の際のファンの姿を思い出し、ともに歩んでいく姿勢を示すべきであろう。そしてそう願っている。

 えーっと、管理人の「まさやん」と言います。たまには真面目に(?)何かを表現するってのもいいかと思い、このたびブログをはじめることとなりました。いろんな分野の時事ネタを中心に批評を書いていきたいと思います。お暇な方は見てくださいませ。お願いします。m(_ _ )m