2007年3月24日、ニッポンプロ野球はパ・リーグから開幕を迎えました。3月になり発覚したアマチュア2選手への西武からの利益供与は開幕に水を指す形になってしまいました。
昭和30年代まで新人選手の獲得は自由競争で行われていました。その結果、特定球団に有力選手が集まり、球団間で戦力差が大きかったため戦力の均衡化をはかり、1965年に導入されたのがドラフト制度でした。
戦力の均衡化ということで各球団が同時に希望選手を指名し、重複した場合は抽選して当たりを引いた球団に交渉権が与えられました。この制度が、江川や元木、そして清原・桑田の運命に大きく影響を与えました。
そして1993年に職業選択の自由という観点から大学生・社会人の選手に対して逆指名権が与えられ、権利を行使した選手は希望球団以外の指名を拒否できる制度が与えられました。しかしながら、高校生にはこの制度は導入されずに、従来どおりの抽選方式が維持されました。さらに2005年からは高校生と大学・社会人の分離ドラフトが開始され、高卒と大卒・社会人の有力選手を同時に獲得することも制度上では可能になりました。(※ただし高校生は従来どおり、逆指名権なし。)
しかし逆指名制度が出来てから以降、プロの各球団は有力選手の獲得のためさまざまな方策を企ててきました。アマ選手との接触が禁止されている制度の盲点を突いた関係者への接触が積極的に図られるようになりました。逆指名権のない高校生については大学進学や実業団チームへの就職の斡旋を進めてきました。また大学や社会人の関係者とのパイプつくりのために不可解な選手指名も行われてきました。そしてこの制度がアマ選手への直接的な金銭授受という形にまで発展して、一場問題や今回の騒動で表面化したに過ぎないのでした。
私としては、戦力均衡というドラフト制度の主旨に立ち返り、シーズン下位球団から指名を行う制度である「完全ウエーバー制導入」と「高校生と大学・社会人ドラフトの一本化」を主張したいと思います。
プロスポーツは観客あっての商売なのである。ファンは球団の勝利を願い応援しているのである。したがって特定球団が勝ち続ける事は一時的にファンを増やすことはあっても、すぐにマンネリ化し観客は減少していくだろう。戦力均衡の議論の際にFA制度も無視出来ないもの事実であるが、今後議論していくことにし、まずはドラフト制度から改革していくべきであろう。また高校生と大学・社会人ドラフトの一本化は制度の明確化と戦力均衡の
観点から整理していくべきであろう。
各球団のオーナーは大阪近鉄の消滅騒動の際のファンの姿を思い出し、ともに歩んでいく姿勢を示すべきであろう。そしてそう願っている。