三生三世十里桃花:番外編1(9)
 
画像は、中国ドラマ『永遠の桃花』よりお借りしました。



誅仙台は神仙の修為を奪うだけ、夜華の命を取ることはない。…常ならば。
 
しかし、夜華は雷刑を受けたばかりで、身体に仙力が全く残っておらず、それを構わずに誅仙台から飛び降りたのは自殺行為にほかならない。

 
天君は人間の女(素素)を死に追いやることができれば、夜華は数日落ち込むだけだろうと。その程度と情だろうと。

その時が過ぎれば、夜華は再び九重天の完璧な『天君の後継者』に戻るものと考えていた。
 


天君は、夜華が、人間の女のことを大事に考えていたなど想像しなかった。
 
凌霄殿から慌てて誅仙台に駆け付け、夜華を助け上げた時には、夜華の命はもはや風前の灯火。

夜華の元神(魂)は、素素と共に『誅仙台』から飛び降りていた。
 
そう悟った瞬間、常に傲慢な天君は瞬時に酷く老いた。


 
夜華はその後、60年間昏睡した。



60年という時間は、人間の一生として神仙が与えた『定められた運命』である。

人間の素素と共に、その夫である人間の夜華もまた『誅仙台』から飛び降りて死んだ。
 




60年後、

神仙の夜華が一人目を覚ました後も、生きる意欲が無く、なぜ自分が目を覚まさなければならなかったのかと判らずにいた。
 
夜華の母・楽胥はそれを見かねて、薬王(医者の神仙)のところから『忘情丹(特定の記憶を消す薬)』を求めて夜華に差し出したが、夜華は冷ややかに一瞥しただけだった。
 
『素素を失った傷心』は、錆びた鈍い小刀で肉を切り裂くような痛みを与えたが、夜華は『素素』が夜華の生きた5万年間のうちの『唯一の生きた証』だったと感じた。
 
その『唯一の証』である素素さえも記憶から消し去ってしまっては、夜華はもはや『夜華』でなくなってしまう。


 
酷い苦痛を感じるとしても、夜華は素素を忘れたくはなかった。
 


夜華が素素に対する執着は、素錦が夜華に対する執着と全く同じものだ。

しかも、素錦の夜華に対する執着によって、素素を死に追いやってしまった。
 
夜華は、本当に素錦を殺したかった。
 
洗梧宮の前で、夜華の神器・青冥剣で素錦の胸を突き刺さした時、夜華に嫁げる喜びと笑顔に、赤い花嫁衣裳を着た素錦は信じられないように呟いた「どうして?」と。
 

夜華は何も感じず、ただ手を返して青冥剣を抜いた。

 
冷ややかに素錦を一瞥したあと、身体の向きを変えて正門に戻り、手を挙げると、洗梧宮の門と心を堅く閉ざした。


 
しかし、素錦はあまりにも負けず嫌いだった。
 
素錦は孤児になったものの、7万年間は順風満帆だった。

ただ夜華一人だけが、何度も何度も素錦に挫折を味合わせた。
 
素錦は四海八荒の神仙たちの面前で、一族(素錦族)の神器である『結魂灯』を天君に献上した。
 
3月後、洗梧宮に入宮する望みが叶った。
 

 
…300年が慌ただしく過ぎ去った。
 
幸運なことに、天は夜華が想像していたほどには非情ではなかった。

『情劫(天劫)』とはよく言ったものだ。

夜華と素素は『情劫』を乗り切った後、次々と結ばれた縁により再会の機会が続くのだ。



300年後の春3月、折顔上神の十里桃林が桃花で満開の日、咲き散る桃花のなかで夜華は一人の女性と再会した。
 

翌日、東海水君の水晶宮のなかで、その女性は石でできた椅子に腰かけて、二叔父・桑籍君の夫人に訓戒をたれていた。
 
右手には『破雲扇』を握り、左手の親指と人差し指で円を作ると、残った三本の指で軽快に机をトントンと叩いていた。まるで音楽のように、リズムを取っていた。
 
それはまさに、夜華が知る素素の癖だった。


女性が話をするときの口振りもまた、思い出のなかの素素に非常に似通っている。
 


夜華の脳裏で、大きな破裂音が鳴り響いた。思わず夜華は天を見上げる。全ての物事は皆、天の配剤であると知った。
 
夜華は珊瑚樹の蔭から歩み出ると、迷うことなく女性の前に堂々と立った。夜華の口元には、300年表れたことがない笑みが浮かんでいた。
「お嬢さんが青丘の白浅上神だったとは、夜華は全く知りませんでした。」

以上