第十三話:ゲルデナの雷龍神(第三段落目) | マーロールのブログ

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赤い雲に覆われていたというだけあって、神殿の中は闇に包まれている。リタは鞄から懐中電灯を取り出し、辺り一面を照らしながら進む。


その途中、極小さな声だったが、獣の悲鳴のようなものが聞こえた。そのわりに、爪や頭などで何かを破壊するような音だけは、大きい。それを合図に、リタは奥を目指して走る。


(ヨゼフは無事かな? 何事もなく、四人で帰還できると良いんだけど)


リタは何度も同じ心配をしながら、声のする方に向かう。その時、彼女の目の前に緑の縁取りの黒い扉が現れた。その扉の貼り紙には、岩龍女神シトラルの神殿と同じように、《古代ガルドラ文字》が彫られている。貼り紙に並べられている文字を見て、リタは動揺を隠せなかった。彼女は肩で呼吸をしながら、それらを確認するように辿る。


(この古代文字、氷龍神の神殿の時よりも難しい。まるで、一文字一文字がごちゃ混ぜになって並んでるみたいだ。こんな時、ヨゼフがいてくれれば……)


不得意な分野に出くわし、リタは弱音を吐く。その時、リタの後ろ姿が見えたのか、先程彼女が通った方向から、水龍戦士ヨゼフが現れた。


「リタ! 無事だったんだね」


ヨゼフが、まるで久々に友と再会したかのように言った。彼が来て早々、リタは頼み事をする。


「今、私一人だけでこの貼り紙に書かれてる古代文字を解読しようとしたんだけど、複雑でよくわからないんだ。そこで、君にこの古代文字の解読をお願いしたいんだけど」


リタは先程見た貼り紙の方を指差して、言った。ヨゼフは言われた通りに、それを見る。難しそうな顔をして、彼が言う。


「確かに、これは難しいね。ちょっと時間がかかるだろうけど、やってみるよ」


ヨゼフは古代文字の複雑な並びに悪戦苦闘しながらも、少しずつ文字を拾っていく。


「ぐるるる……」


「リタ、今、何か言った?」


ヨゼフが聞いたのに対し、リタは首を横に振る。ヨゼフは引き続き、古代文字の解読に集中した。


「わかったよ、リタ。これらの文字は、忠告を促してるんだ」


「忠告? それなら、わざわざ古代文字にしなくても……」


そう言いかけて、リタは一旦言葉を切る。彼女はふと、二つだけおかしいところがあるのに、気づく。一つ目は、先程分かれて行動することになった魔族と、すぐに合流していること。


(この神殿には、出入り口がいくつもあったはず。それなのに、なぜヨゼフとだけすぐに会えたの?)


リタは、思ったよりも早い友との再会を、素直に喜べなかった。むしろ、これには裏がある、とリタは思った。


二つ目は、なぜ鳴き声だけが遠くて、爪や頭で物を壊す音が意外と近く聞こえるのかということ。あの音はおそらく、背後から聞こえていたものに違いない。もしそうでなければ、先程の鳴き声が聞こえることも、まずないだろう。


リタはこの二つの矛盾点から、妙な鳴き声の主の正体はヨゼフ――いや、彼に化けた召喚獣ではないか、と想像する。彼女は推測を正すため、実際にヨゼフに訪ねる。


「ヨゼフ、君はヨゼフじゃないね?」


唐突な疑惑を持たれ、ヨゼフはぎょっとする。


「な、何言ってるんだよ。お、俺はヨゼフだよ。友達の言ってることが、信じられないのか?」


ヨゼフのような魔族は、いつもと違う一人称を使っている。おまけに、言葉の所々に、途切れがあった。この観点から、リタはますます彼に疑惑を感じた。


彼女の口から、彼女自身も驚くほどにほろほろと本音が出る。


「どうやら、私の言うことが正しいようだね。本当のヨゼフの一人称は俺じゃなくて僕だし、そんなに臆病じゃないし――」


リタの口から、次々と思い通りの言葉が漏れる。そのような状態に堪えきれなくなったのか、ついに偽者のヨゼフは、正体を明かす。


彼の正体――


それは、九年前からこの神殿に棲みついていると思われる召喚獣だった。召喚獣はリタを見ると、すぐに爪で攻撃を仕掛けてきた。彼女は素早く側転で、召喚獣の攻撃をかわす。


「俺の正体を見破ったうえに、軽々と攻撃を避けるとは……。小癪な女砂龍め、返り討ちにしてやる!」


召喚獣はリタを敵と見なし、無造作に攻撃を繰り出す。だが、それもリタの猫のような動きで全てかわされていく。それを見てリタは、尚も召喚獣をからかいながら、攻撃する隙を窺う。


「君は随分と、動きが遅いんだね。それに、この私に正体を見破られるなんて、どこまで間抜けなの?」


自分でも驚くほど、いつもと違う態度でリタは戦いに挑む。その時の目は、かつて自分がキアにさらわれる前に助けようとしてくれた、父親のランディー王のようだった。常に最後まで諦めずに敵と戦い続けるという意志こそ、父王と似ている証である。


召喚獣は少々怯んだが、急に笑い始める。その笑い声は、近くにいる魔族の鼓膜はおろか、他の部屋を移動中の魔族達にも強く響いた。


「愚かな女砂龍よ。仲間がぼろぼろになっても、まだ俺と戦い続けるつもりか?」


「何が言いたい? それは心理作戦で、私の動揺を狙ってるのか?」


リタは決して、召喚獣の作戦に屈しなかった。更に、彼女は言う。


「それにヨゼフやナンシーなら、大丈夫さ。今頃はあのやんちゃな雷龍と、合流を果たしてるはずさ」


リタは右腕に、爪型の武器を装着する。


「ほう、なかなか威勢の良い女だ。だが、お前の友人がいつまでもつかな?」


召喚獣の言葉に少々動揺しているものの、リタは迷いを振り切り、召喚獣に向かって突進する。そして、鋭く尖った爪先が、召喚獣の腹に突き刺さる。


気味の悪い唸り声と、召喚獣の体から漏れ出る血液が、彼の死の雰囲気を醸し出している。リタが爪を引き抜いた後も、その血液が爪をつたって流れている。それを見ているだけで、リタは気分が悪くなった。


死を迎えたのか、召喚獣はジュー、という音を立てて溶けていく。


「気味が悪い死に方をするんだね。でも、これも私達に歯向かった罰さ」


リタは、はなから勝つとわかっていたかのように言った。武器についた血液を綺麗に拭き取り、それをしまう。


(急ごう。ヨゼフ達が心配だ)


リタは頭の中ではヨゼフ達の無事を確信していても、心の中では彼らのことが気になるのだった。


彼女は急いで貼り紙がしてある扉を開け、神殿の奥を目指して走る。