ラノア族長が作った料理で、リタ達は昼食を済ませた。「ごちそうさま」と言った後にヨゼフは、リタ達に今後のことについて話す。
「これは、家に着く前から考えてたことなんだけど……。水龍神の神殿を冒険するのは、明日にしてほしいんだ」
「構わないけど……。どうして?」
「キアの部下に殺された家族を、丁重に弔ってあげたい。ついでに供養もしてあげたい。だけど、それを実行に移すには、少なくとも一日はほしいんだ」
「なるほど。君がそこまで言うなら、今日はアヌテラに泊まるしかないね。ヨゼフ、この街にホテルはある?」
リタの質問には、代わりにスーラルが答えた。彼の話によれば、アヌテラの一番東側にホテルがあるらしい。が、それは大金持ちの魔族――特に貴族の出身の魔族が多い所で、宿泊料金は保証できない程だという。
(彼の話を聴いてると、リタに頼りたくなるわ。だけど、リタにばかり頼ってると、今度は彼女が貧乏になる。なんとかスーラルにお願いして、格安で泊まれる場所を紹介してもらわないと)
ナンシーは思った。その時、彼女はあることを思いついた。ヨゼフの家か、ラノア族長の屋敷に泊まろう、というものである。早速、彼女はリタに提案する。
「確かに良い考えだね(ちょっと図々しいけど)」
リタは、族長に宿泊交渉をする。
族長は少しの間、考えた。あまりにも唐突なので、戸惑っているのだろう。彼女は二人を泊める代わりに、三つの条件を出した。その条件とは、
①娘・プリシラの面倒を見ること。
②寝室で騒がないこと。
③屋敷内の置物に触れないこと。
というものだった。
「良いですか? くれぐれも、娘が困ることはしないでください」
ラノア族長は、確認するように言った。二人は頷いた。
「明日は午前七時までに、屋敷前に集合。そこから、神殿に向かうよ」
リタは、明日の予定をヨゼフに説明した。
「わかった。また明日ね」
三人は手を振り、ヨゼフの家の前で別れた。
リタとナンシーが遠ざかった後、ヨゼフは早速準備をした。それは彼の両親や弟・カルツフォイの遺骨を埋めるための準備である。着替えを済ませ、彼は三人分の遺骨が入っている、白く大きな入れ物を持って外に出る。
(カルツフォイ。僕だよ、ヨゼフ兄ちゃんだよ。《北端の領国》を脱出して、九年ぶりにアヌテラに帰ってきたんだ。ラノア族長や幼馴染みにも会ったよ。二人とも元気そうだった。今回僕がここに帰ってきたのは、お前や両親が無事《天界ソダクトル)に行けるようにお手伝いをするためさ。僅か三年間だったけど、兄として、お前と暮らした日々は楽しかったよ)
ヨゼフは、心の中で亡き弟に語りかけていた。
彼ら魔族は、亡くなってもすぐに《天界ソダクトル》に行かず、一度《冥界フェルシス》という場所に行き、ある程度日にちが経ってから天界に向かうのだ。ヨゼフはそのことを思いながら、涙を浮かべていた。そうしているうちに彼は、アヌテラの北東にある墓地に着いた。
(この墓地の一番左側に、家族の墓があるはずだ)
ヨゼフは、墓地を隅々まで歩いた。その時彼は、一番左側で、一人の男性が手を振っているのを見つける。その男性は、アヌテラ教会の神父だった。彼はラノア族長から、“ヨゼフが自分の家族の供養をする”と連絡を受け、手伝いに来たのだった。
(族長……。僕のためにこんなことまで……。明日、屋敷に着いたら、ちゃんと礼を言っておこう)
そう思いながらヨゼフは、家族の遺骨を神父に渡す。そして彼らは、《冒険家の一家の墓》と書かれた墓石の前で、手を合わせて祈った。その祈りは両親や弟の冥福はもちろん、ヨゼフ自身が無事に冒険を終え、またアヌテラに帰ることができるように、という願いも兼ねている。
遺骨を埋め、ヨゼフは神父に手を振る。
「今日はありがとうございました、神父様。今度は命日に会いましょう」
「言われなくても、そのつもりだよ。ヨゼフ君の冒険が無事であることを、神父として水龍神に祈ってるよ」
神父の言葉に対して、ヨゼフは頭を下げる。だが、彼が墓地から家に帰ろうとした時のことだった。そこには、氷系魔道師メアリーが腕組みをして立っていた。彼女は冷ややかに笑う。
「お父様――いえ、キア様から聞いたわ。デュラックが目覚めたんですってね」
「デュラック? あの砂龍神のことか?」
「ええ、そうよ。あの女砂龍が、実は《砂龍神デュラック》の生まれ変わりだと、キア様は言ってたわよ」
そう言ってメアリーは、また冷ややかに笑った。
(リタが……《砂龍神デュラック》の生まれ変わり?)
ヨゼフは半信半疑だった。藪から棒にリタの前世のことを言われても、簡単に信じることはできない。が、メアリーの言う“あの女砂龍”というのは、紛れもなくリタのことだろう、と彼は思う。
「悪いけど、今はあんたとは戦えない。ここは墓地。もし戦ったら、龍神達から、天罰が下されるからね」
「そこは私も承知の上よ。だからこそ、キア様はあなた達に忠告するために、私に命令したのよ」
「……」
「良いかしら? あなた達龍魔族は感情が昂ると、魔力を制御しきれなくなって、《巨大変身》してしまうの。詳しいことは、あの砂龍王の娘が知ってると思うわ」
そう言うとメアリーは、凄まじい冷気を身に纏い、姿を消す。ヨゼフは、先程メアリーが言ったことについて考える。
(メアリーは何が言いたかったのだろう? 確か彼女はさっき、キアのことを“お父様”と呼んでいた。彼女達は親子なのか? いや、それならあの領主が下の子であるリゲリオンを、他人のように扱うはずがない)
ヨゼフは家に帰りながら、ずっとキア領主とメアリー達双生児について考えていた。
一方、他の二人はラノア族長に連れられて、彼女の屋敷の玄関まで来ている。
「ただいま戻りました」
ラノア族長が呼鈴に向かって話しかけると、それに反応して娘のプリシラが出た。
「プリシラ、召使いの人達は?」
「お帰り、母さん。召使い達なら、母さんの命令通りに、屋敷の中を掃除してるわよ」
プリシラは、可愛らしげに答えた。
「あまり良いタイミングではないけど、今日は二人のお客様が家に泊まるの。一人は、砂龍族のリタさん。もう一人は、火龍族のナンシーさんよ」
プリシラは、少し顎を開けた。
「砂龍族のリタさんって……。もしかして、フィブラスの現砂龍王の娘、リタ姫?」
「あれ、私のことを知ってるの?」
自分の本当の身分を、既に相手は知っているらしく、リタは顔を赤らめた。
「さあ、玄関にいつまでも立っているのも何ですから、家に入ってください」
ラノア族長は、一端話を切るように言った。族長の注意通り、リタ達は置物に触れないように歩く。彼女達が案内されたのは、プリシラの寝室だった。族長が彼女達に娘の世話を頼んだのは、娘自身がまだ幼い子供だったからである。
ナンシーは部屋に入ると、真ん中のベッドに横になる。それをリタが注意した。
「駄目だよ、ナンシー。いくら一泊できるからって、馴れ馴れしく振る舞うのは。ここは、水龍族族長の屋敷なんだよ」
「ああ、そうだったわね。今日の私は、相当疲れてるのね。ごめんね、プリシラ」
「ううん、良いの。気にしないで」
二人の少女の会話を聴いていて、リタは呆れた。彼女達が寝室に入って数分後、ラノア族長の召使いの一人と思われる男性が来た。彼は、リタを呼ぶ。
「私? 何の用ですか?」
「ヨゼフ君から、お電話が入っています」
「ヨゼフから? どんな用件だろう?」
リタは半ば好奇心旺盛で、階段の近くにある電話の受話器を取る。
「もしもし、ヨゼフ? どうしたの?」
『リタ姫。気になったことが三つあって、電話したんだけど……。良いかな?』
「うん……。別に構わないけど」
リタは動揺した。いつも生意気なことばかり言っているヨゼフが、この時になって、真面目になっているからだ。二人は話し始める。
『今日、墓地でメアリーに会った。その時、彼女は《あんたの前世》について、僕に少しだけ明かした』
「《私の前世》? 誰だい?」
『……あんたは、あの砂龍神デュラックの生まれ変わりだってさ』
彼の言葉を聞き、リタは唾を飲んだ。彼の話は続く。
『二つ目――これもメアリーが言ってたことなんだけど、僕達龍魔族は感情が昂ると、魔力を制御しきれなくなって、《巨大変身》してしまうんだって。それが本当なのか嘘なのかは、《砂龍王の娘》であるあんたに聞けと、彼女に言われた』
唐突に質問され、リタはまた唾を飲んだ。
「メアリーが言ってたことは、本当さ。といっても、私も古文書を見て知ったんだけど。正直、最初は半信半疑だったから、父上に聞いてみたんだ」
『そしたら?』
「《巨大変身》してしまうのは、感情が昂ってる時だけじゃない。ある特定の物がなくなった時でも、あれは起こるんだ、と言ってたよ」
『例えば?』
「私が尻尾につけている、青いリボンがその例さ」
リタに例を出され、ヨゼフは一瞬戸惑った。リタがいつも大事そうにしているあのリボンが、彼にとっては誰かからの贈り物に思えたのだろう。彼女は詳細を述べる。
「私が生まれた日に、医師から父上に、私の身の危険を告げたんだ。その時医師は冷静に物事を考え、あることをしたんだ」
『それで、その医師はあんたの魔力制御のために、尻尾に青いリボンを結んだんだね?』
「そう、いわばリボンは私の命綱なのさ」
リタは苦笑して言った。
ヨゼフは、他者の過去を抉るのは好ましくない、と解っていた。が、どうしても気になることなので、リタに質問する。
『最後の一つ――(こんなことを聞くと、姫を傷つけることになるけど)――良いかな?』
「良いよ」
『昨夜砂龍城に泊まった時に、ジオ様から聞いたんだ。あんたの母親――レイア王妃様は、あんたを産んで間もない頃に亡くなったんだって?』
リタは、必死に涙を堪えながら頷く。が、ヨゼフには彼女の悲しみが、痛いほど伝わってくる。
『ごめん、姫。僕はあんたを傷つけるつもりで言ったんじゃないんだよ』
「ああ、解ってるさ。あまりにも突然だったから……。もう大丈夫」
リタの乳母が言ったことを確認したのはやっぱりいけないことだったか、とヨゼフは思った。と同時に彼は、フィブラス砂漠でナンシーと話した時と同じような過ちを繰り返してしまった、とも思った。彼はリタに対しての無礼を、どう詫びれば良いのだろうと考える。
「ヨゼフ、もしかして君は今、私が怒ってるって考えてない?」
『どうして、解るの?』
「どうしてって……。そりゃあ、もし電話に出てるのがナンシーだったら、きっと彼女も同じ反応をすると思ったからさ。それに、あまり深刻に物を考えすぎるなよ。この旅は、魔界の運命を切り開くためのものでもあるんだからね」
『姫……』
姫という語に反応してか、リタは今までのように呼び捨てにしても良いよ、と言った。ヨゼフは少し遠慮がちに、わかったと返す。
それから二人は、互いに受話器を戻し、それぞれの寝室で寝た(最も、リタの場合は用意された部屋であるが)。