RYOFU、2回観劇しました。

1回目は4月初旬に1階真ん中辺で、2回目は19日に3階右サイドで。

3階が意外と全体を見やすいことに気づきました。

1階中央は、舞台の登場人物が重なってすべての人の表情を見ることが難しかったです。

2回だけの観劇での感想ですが、思ったことをまとめてみます。

余り鋭くお芝居を把握できるタイプではないので

単なる一感想として読んでくださいね。

(今後の観劇は、大劇場があと1回、東宝が1回の予定)

 

実は、RYOFUの殺戮場面には目をつぶったり、下を向いたりしています。

やはり、怖いし、

何だか殺しをずっと見続けるのが無意味な気がしてきて・・

 

ほとんどの人の感想が殺戮場面を絶賛しているので

私の感じ方は少数派なのかもしれませんね。

 

鳳月さんのお芝居や歌、立ち回りはさすがだな・・と見入ってしまい

特に歌声のきれいさ、たたずまいの美しさには引き込まれました。

でも、殺戮が続くと・・心が閉じてしまう・・。

RYOFUという人物が人を殺めるのをなんとも思わないこと、

その出自による陰惨な過去の体験ゆえに人の世に憎しみしか持っていないことは

幕開きの場面だけで十分なので

後の殺戮場面は、シルエットと剣の音や、説明台詞だけでも十分伝わるのでは?

あるいは最後の場面の血潮の飛び散った衣服だけでも。

 

他の出演者のなかでは

唯一、佳城さんの存在に共感でき救われます!

 

風間さん演じる董卓は

その生い立ちも含めて人物の輪郭がくっきりとしていて

「そのような」人物として完璧で安心して観ていられます。

ただ、「それ以外」の人間としての(感情のある)董卓も少しだけでも見たかった、

というのは風間さんが好きだからでしょうか。

 

李粛は、三国志平話では

「銀の兜に銀鎖の鎧、白袍に身を包み、一丈五尺の鉤槍と弓を十字に背負う」

とあり、RYOFUと並び立つ武官とされています。

礼華さん演じる李粛、

冒頭は動きや台詞が少ないのでそれほどの武官であることを示すことはできない・・・

オペラで見ると、礼華さんは細かく表情を動かし、憤りや反目を示していますが

遠目には、その微妙な表現がよく見えないので残念です(近眼のせいもある)。

反目を示す細かな動きをしたりして

「右腕」の武官らしい大きさを示してもいのではないかなと感じました。

(あるいは演出家から、不動で、という指示があるのでしょうか?)

 

話が動き始めて、

RYOFUに赤兎馬と引き換えに丁家を滅亡させるよう策を弄する場面以降は、

李粛という人物がだんだんに見えてきます。

個人的な好みとしては、董卓に心酔する一直線な李粛だけでなく

董卓を信頼する、という確固たる意思のある李粛という人物を見せてほしかったです。

台詞の間や、台詞の力強さ

また李儒を刺し殺す場面で

董卓(の首)を利用するという李儒の提案への憤りと

同時に、長い間一緒に董卓に仕えてきた同志である、という事への一瞬の躊躇い

なども表現されると

より李粛という人物の人間性が深まると思うのだけど・・

(これも演出家の意図なのかもしれないですね)

要望が多くなってしまってたのですが

礼華さんが好きだからですのでお許しください。

 

文民としての李儒

独立したたたずまい、的確な間で董卓に進言する様子、扇の扱い方

そして最後に董卓をも自ら生き延びるために利用する提言など

彩海さんの表現される李儒という人物は戦国における知恵者はそうあるだろうと感じさせる造形でした。

それだけにもっと「頭が良い=世の中が見え過ぎて悲しい」

という印象が欲しかった気もします。

(今でも十分「頭が良い」雰囲気なのですが)

これも彩海さんが好きだから・・の感想なのでお許しください。

 

あと、嫋々とした美しさで絵画から抜け出たような天紫さんや、

いつでも目を引かれる夢奈さん、羽音さん、白河りりさんなどについても書きたかったのですが

長くなってしまったので、今度ということにします。

 

もうすぐ5月。薔薇の季節ですね。

気温差の大きい季節

みなさま、どうぞお身体に気をつけてお過ごしください。