氣を学び始めたきっかけはいろんな事件?や自分や家族に不調が生じたこと。

 

極めつけは立体駐車場パネルの落下ですが

そこまでも長年引きずってきたことがありました

 

正直・・この件は今でもあまり触れたくはないのです。

一種のトラウマになったような出来事です。

 

長男が年中の頃だったので・・・かれこれ今現在から5年以上前のことです。

その頃、長男と長女を連れて我が家から1時間かけて安芸区の保育園に通っておりました。

長男は近くの自由保育の幼稚園に通っていましたが週一度はそちらへ。

 

偏食だった長男が食に興味がわくよう探して巡り合った保育園

楽しく身体を動かす、楽しく大好きな野山を歩き回ることで自然におなかがすく活動が魅力

 

親子通園させていただいていたので、いつものように準備をして一緒にお山へいったのですが

私たちがいつも行き慣れた山でなく、腐葉土のたくさんある違う山へ行きました。

みんなたくさんの葉っぱで遊んで景色を愛でて・・たのしく過ごしました。

私は今でこそiphoneオンリーですが当時はいつもカメラを持ち歩いていました。

この保育園の散歩にもカメラはいつも持っていました。

 

その日もポケットの中にカメラをいれ、重みを感じ、時折手で触って確認しながら歩いていました。

いつもより上りにくい道をみんながんばって登って行くのを微笑ましくみてたのですが

ふと、子どもたちが何か見つけました。

それはなんとお墓だったのです。

いつからか、参るひともいなくなったらしき墓石が腐葉土の中にあったのです。

 

それをみて先生が『お墓じゃねぇ・・』といったとき

私は思わず『しまった!』と思ってしまったのです。

今なら、それはまずいとわかります。

でもその頃の私はそうだったのです。

 

みんなで手を合わせて帰ろうとしたとき、

なんとさっきまで手にあたっていたカメラがない。

直前に写真をとった場所まで戻ってもない。

おかしいんです。私は最後尾を歩いていたのに

子どもたちが蹴り上げる出なく、あるならば腐葉土の上に落ちていないとおかしいのに。

 

少し探しましたがお昼の時間になるし昼寝の時間に探しに来よう、と一旦園に戻りました。

気分はあの場に戻りたくないけど、・・・このカメラ、なんと買って1週間経っていなかった(^^;)

それも結構高かった・・・

探しにも行かず、あきらめるのは主人に申し訳ないと思いました。

 

どうしても探さないといけないと事情を話したとき、一緒にいった先生がポツリと

『人質ならぬ物質じゃね』

その先生もかなりの霊体質でそういう不思議な経験の豊富な方。

今回のコレは『ちゃんとお参りしにもう一度こい』という意味だろうと

 

お線香やお水をもって、お昼寝のない年長さんまで動員してもう一度その場に行きました。

でも、ない。やはりどうしてもない。

でも途中でもうあきらめました。

見つかってももう使えないだろうと察したのです。

中に何か写り込んでいる、そんな気がしました。

 

身代わり地蔵、ならぬ身代わりカメラです。

主人には申し訳ないけど、これ以上探せませんでした。

メールで『私の不注意で紛失しました。本当にごめんなさい』と謝りました。

主人はなぜか?理由もきかず『了解』といってくれました。

 

その事件のことは衝撃的すぎて、誰にもいえなかったんです。

言うのが怖かった。もう一度、あの場に引き戻されそうで怖かった。

主人にも・・長くいえませんでした。

 

その時からなにか、その景色が脳裏から離れなくなりました。

寝ていてもその景色が浮かんでハッと目が覚める。

絶対おかしいと翌週の登園のときに先生に相談しました。

先生は『ついてきちゃったか』とお祓いをしてくれました。

でも・・・・それからもどうもおかしい。

 

再度その先生にお祓いしてもらい、楽になったので一件落着・・となったのです。

が、そのことは何かの拍子にふと脳裏に浮かぶ。

中山先生にまだ出会う前のことだけど、本能的に『祓う』じゃダメじゃないか?って。

まだいるのかもしれない。

考えるとまた来るのかもしれない・・・と思っていました。

そのことが中山先生に会いたいと思った直接の要素でした。

 

結局、この場合やはり除霊ではなく浄化でないとダメなわけで。

たくさんためこんでいた私の中に、残っていたのかいなかったのか。

今となっては結果自体はどうでもいいのですがずっと恐怖を感じていました

 

浄化しなければ、祓ってもどこかに存在する。そしてまた戻ってきてもおかしくない。

正直、あの体験はあまりに衝撃的で精神的にも口に出せないほどの事件でした。

やはり浄化、大事ですね。