台所いっぱいに香ばしいテンジャンチゲのにおいがした。 
チゲの他にも、食卓にはキムチや海苔、豆もやしのナムル、卵の醤油煮のような平凡な味のおかずがいっぱいだった。 
チョン館長はチゲをひとさじすくって食べながら、呆然と食べ物を見ている娘を急かした。 

「やっぱり家の味噌だね。 チゲがとても芸術だ。」

テウルが大韓帝国に拉致された間、ルナはイリムの言うとおりその場に座っていた。 
ルナはそっとチョン館長を見た。
チョン館長がなぜそうなのかというように目くばせした。 

「何だ、その眼差しは。 おかずに文句があるのか?その目つきを見ろ。 卵の醤油煮まで今日のラインナップはすばらしい。」

「……父さん。」

口がよく開かなかった。 

父いう言葉を発したことはあるだろうか。 
食卓で食事をすること自体が慣れない仕事だった。 
今日に限って自分の娘が変に見えると思って、ルナを眺めるチョン館長の目には温もりがこもっていた。 

「うん。どうした?」

「私、いい娘なの?」

という聞き方をした質問に、チョン館長はそ知らぬ顔で答えた。 

「もちろん。月に一日は、きっといい子だ。 29日、給料日ごとに。 あと1週間だ!」

チョン館長が嬉しそうに歌いながら席を立った。 

「食べて流し台に入れておけ。 父さん出かけるよ。」

あたふたとチョン館長が家を出て、ルナは依然として冷めずに湯気の立つ味噌チゲを見て、スプーンを取った。 
初めて″家″と呼ばれる所で食べるテンジャンチゲがとてもおいしかった。 
少ししょっぱい気もしたけど。 
食事を終えてルナはテウルの部屋に入った。
部屋を見回したルナは、机の上の本や写真を盗み見し、たんすの衣類を確認した。 
そして大きなライオンのぬいぐるみが横になっているベッドに行って、ぬいぐるみをポイと床に投げて横になった。 

たっぷり柔らかいベッドもやはりルナが持ったことのないものの一つだった。 
同じ顔をしたテウルが享受してきたものはルナが一生を通じて一度も持ったことのないものばかりだった。 

光の近くに近付いて、自分がどれだけ深い闇の中にいたかを悟ったわけだ。 
ルナは傷ついた顔で天井を見上げた。
古い蛍光の星が天井についていた。

「……ふたご座だね。ついてないよ。」

          ♾

ルナは荒々しく体を起こした。 
池が見渡せる東屋の前で、ゴンは手を後ろに組んで静かな波を眺めた。 
風が吹くとやっと水が揺れていた。 
ゴンは仕事を全部終えてもテウルは帰って来なかった。 
ゴンは、宮の入り口に建てられたこの東屋でテウルを待っていた。 
離れて一日しか経っていないのに早くテウルに会いたかった。 
各自の世界にいた時にはどうやってそんなに長く離れていたのか信じられないほど1分1秒が惜しかった。 
もしかしたら許可された時間が限定的で時間の流れがもっと切迫して感じられるかも知れないが。

一方ではホピルが電話でテウルと一緒に出発したミルクを促していた。 
ゴンが待っているから、ホピルも焦ったせいだった。 

「セジュ門が見えると言ったのが、速く走らないで何をしてるんだ!お客様をおぶって走れ!」

幸い、テウルとミルクが遠くから走ってくるのを見て

「近衛隊はここで待機するように。」

と命令を下したゴンが、つかつかと走ってくるテウルの方に近づいた。 

遅れたことにミルクが頭を下げた。 
ゴンが大丈夫だ行けと目配せすると、ミルクがすっと場を離れた。 

「心配したじゃないか。 近衛隊員まで同行してどこに行っていたんだ。なぜ電話に出ないのか。」

テウルは急いで息を吐いた。 
ゴンの問いかけに呆れた。 

「私が取る間もなく、あの人の電話が千回は鳴っていたよ? こんなに心配するかと思って近衛隊を連れて行ったのに。」

テウルの答えにゴンは苦笑いした。 
テウルの口元にも笑みが浮かんでいた。 
近衛隊から離れた2人は東屋を回って銀杏の庭がある方に向かった。 
テウルの声を低くくした。

「イリムの竹林が見つかりそうなの。」

テウルが拉致されたとき、時々薬の効き目が弱まったときがあった。 
時間がたつとその時の記憶がちらちらと浮かび上がった。
塩田倉庫に到着する前、塩田倉庫に向かう道についての記憶だった。 
そこは甘い綿菓子の匂いがした。
探してみると、近くに月桂樹の群落地があった。 

「思い出せる手がかりがあったので追ってみたら、私が気がついた森を見つけた。 その近くに竹林があるかはこちらのチャンミがずっと探すことにした。」

今日テウルと共にした近衛隊首席訓練生ミロクの姓がチャン氏だった。 
強力3組のチャンミカエルのような顔をしていた。 
ニックネームまで同じなのが不思議であり、大韓民国のチャンミよりも信頼できた。 

「探しさえすれば竹林の前を守ればいいじゃない。」

テウルがそこまで言うと、ゴンは立ち止まったままテウルをじっと見た。 

「……なぜ、違うの?」

テウルが多くを追ってきたことをゴンは悟っていた。 
これ以上テウルに隠すことの道理もなかった。 
ただ悲しい話は一人だけ持っていたかった。 
そうは行かないことを知りつつも ゴンは複雑な気持ちで口を開いた。

「次元の扉が開いた瞬間、時間が止まる。 回数を重ねるにつれ止まる時間がもっと長くなっている。」

その間、イリムは何度か忙しく次元の扉を開けて閉め、ゴンは止まった時間に一人で長くいた。 

「……今では1時間以上も止まっている。人を立てるとかえって彼らが危ない。 イリムだけが動けるから。」

現実に気づいたテウルが呆然とつぶやいた。 

「そうなんだね。考えたことなかった…。でも、そんなに時間が長く止まっているの?」

テウルの問いにゴンはうなずいた。 
ゴンを見上げていたテウルが、突然ゴンの腰を抱きしめた。 
みんな止まった時間の中でゴンが一人立っているということに気づいたのだ。 

「その時間、あなたは…一人なんだね。」

「何度か、君が一緒にいたよ。」

ゴンがテウルを抱きしめた。 
何かが解けそうになると、どこかでこじれた結び目が出てきた。 
テウルはゴンの胸に顔を埋めたまま落胆した。 

「……私たちに方法があるのかな。これを戻す方法が?」

「時間が止まるのは息笛が半分に分かれて、半分の力だけを使うから生じる亀裂のようだ。 だからもしかしたら………息笛がひとつになれば良くなるんじゃないか。」

「どうやってまた一つになるの?イリムが持っているものを奪うか、あなたの持っているものを奪われるか、どちらかだね。」

「イリムが半分を手に入れる前にそれを防ぐか。」

テウルは驚いて聞いた。 

「それは過去じゃないの。」

「もし扉の中に空間の軸があるだけでなく、時間の軸があれば可能だよ。 すると25年前に君の身分証明書を拾ったことを説明できるんだ。」

「存在するの?」

「まだ分からない。」

イリムが門の中で時間を猶予するということを知ったとき、ゴンはその門の中を走り続けた。 
道が引っ繰り返って、再び引き返した。
浮遊する赤い風船は左側にあり、また右側にあった。 

「扉らの中を走ろうとしたんだけど、どんなに長く走っても最後には届かなかったんだ。 その空間は踏み越えて走る床が空でもあったり、地でも表でもあった。 僕がどこへ行っても、上、下、横に赤い風船が見えたんだ。 メビウスの輪のように。」

じっとテウルはゴンの話を聞いた。 

「一つ確実なのは、僕がコインを出したんだ。 でも浮かぶんだ。君の花の種は沈んでいたじゃないか。命のあるものたちは沈んでしまうようだ。」

「本当?」

テウルがうれしそうにポケットから小さな封筒を取り出した。 

「今日また花の種を買ったんだけど。」

テウルが手にしたのは希望だった。
テウルに希望を失わないでいてくれて、ゴンはありがたいし、心苦しかった。

「……本当に信じてるの? そこに花が咲くと?」

「何を心配しているのかわかってるよ。」

「……!」

「その息笛が一つになれば…ドアが、永久に閉まるのではないか… そうでしょう?」

ゴンは何の返事もできなかった。 

「17回のうち10番目だよ。前もって怖がるべからず。そのことはまだ起こっていないから。」

ゴンには守るべき17のことがあった。 
そのうち、まだテウルが語っていないものが残っていたが、もう1つ加わった。
怖がるのはテウルも同じだが、怖がるのはやめようと言う。 
テウルはゴンが一人であまり多くの荷を負わないことを願った。 
巨大な運命は今やテウルのものでもあるから。 
いや、最初からテウルのものでもあったから。 
その運命をテウルはすでにたくさん愛していた。

「わからないじゃない。その輪が切れるかもしれないけど、 反対に伸びるかもしれない。 説明できないことはもういっぱいだから。」

悲しい目で自分を見るゴンにテウルはたくましく言った。 

「目の前にあるじゃない。 説明のつかないこと。私はイゴンを愛してしまったし。」

「そうだね。」

と言ってやっとゴンが笑った。 
テウルも彼に向けて笑った。 

「でも17個のうち、9番目だよ。」

「あ…。 9番目はなんだっけ?誰かが見たら、 8つはちゃんと守ったと言ってるみたいだね。 いや、このタイミングにはとんとんで…いいよ。夜明けに会おう。」

いたずらを言うゴンにすねたようにテウルが、体をぐるっと振り返って先を歩いた。 
そんなテウルをゴンは手もつけずに捕まえた。

「近衛隊は1歩前へ。」

遠く柱の後ろにいた近衛隊が、一歩外に出て姿を現した。 
テウルがぐずぐずしている間に、ゴンが長い足でひょっこり近寄り、テウルの肩を抱きよせた。
テウルの耳元でゴンが低くささやいた。 

「夜明けは一緒に見よう。」

近衛隊が再び柱の後ろに退き、二人は一緒に月の光を照らす回廊を歩いた。 

「彼女をこうやって捕まえる彼氏がどこにいるの?」

「他にはどうやって捕まえるんだ?」

「心を込めて捕まえるのよ。」

「私も何か込めたのに間違って入れたかな。」

「何を入れたの?」

「焦り。」

不安だが、一緒にいることに幸せな2人の笑い声が宮内に静かに染み込んだ。 
明け方、ゴンはテウルとウンソプを連れて再び次元の扉を越えた。

【止まった時間の中で】