お正月って、お家にいると、TV三昧か、ビデオ三昧してしまいませんか?
ビデオ三昧? はい、我が家はまだビデオでございます(^▽^;)
我が家のお正月恒例映画鑑賞会の定番は、<ベン・ハー>です。
初めて見たのがいつだったか・・・? もう何回見たか・・・???
不明なほど小さな頃から、何度となく見ている好きな映画の一つで、我が家がビデオデッキを購入して最初に買ったビデオの一つも、「ベン・ハー」でした。
紀元後間もなく、ローマ領のユダヤの地ナザレの王族で名士ジュダ・ベン・ハーの数奇な運命と、イエス・キリストの生涯を織り交ぜて描いた大歴史スペクタクル映画です。
中でも戦車の競技シーンは見応えがあり、映画史上に残る名シーンは、何度見ても手に汗握ってしまいます。
技術と技量の戦い。
勇気と度胸の戦い。
本当に勇壮なシーンです。
かつては仲の良い幼馴染だった主人公ベン・ハーと、ローマの武将メッサラが袂を分かって敵対し合い、激戦の末メッサラが落命するのも、なんという運命なんでしょうか。
散々辛酸を味わい、メッサラを憎みながらも、目の前で落命していくメッサラをどんな思いで・・・ そして死の瞬間、メッサラはどんな思いで旧友ベン・ハーを思ったのでしょうか?
そもそもの悲劇は、幼馴染でありながら、一人は統治する側のローマ武将であり、一人は統治される側の名士であったことでした。
旧友のメッサラがローマの司令官としてナザレを統治するために赴任し、二人は再会します。
暫し暖めた旧交でしたが、メッサラはベン・ハーに協力を求め、反抗者の密告を要請します。しかしベン・ハーは応じません。悲劇が起こったのはそんな後でした。
新任のローマ総督着任の日、ハー家の人々は歓迎の気持ちで屋敷から行列を眺めますが、そのとき、悲劇にも妹ティルザが触れた屋根瓦が落下し、その瓦は総督に当たり、それに驚いた総督の馬が暴れて、総督は落馬して負傷します。
これが総ての悲劇の始まりでした。
メッサラは躊躇うことなくハー一家を投獄し、母ミリアムと妹ティルザは投獄されて顧みられることはなく、ベン・ハーは、奴隷としてガレー船に送られます。
屈強なベン・ハーは、不屈の精神で過酷な労働に耐え、運命は彼を見捨てていません。そんなベン・ハーに乗船していた提督は目を留めます。
ベン・ハーの乗るガレー船が海賊の攻撃を受け沈没しますが、武勇に長け勇敢なベン・ハーは一命をとり止め、乗船していた提督を助け、提督と共にローマに凱旋し、提督の養子となり、ローマ市民の資格を得ます。
これは植民市に生まれ、ユダヤ人であるベン・ハーには、運命を変える大きな意味を持ちます。ベン・ハーは再び故郷の土を踏むことができました。
ここで、ベン・ハーに歩み寄る一人の男性の姿があります。
キリスト教に造詣の深い欧米ではその意味を深く理解するところでしょうが・・・
このときベン・ハーに歩み寄った白髪の男性はバルタザール。ベツレヘムの馬小屋で生まれたイエス・キリスト訪ねた三人の東方の博士の一人です。(詳細は以前レポートしていますのでご参照下さいませ )
ローマで戦車競争の名手として名を馳せていたベン・ハーは、その戦車競技でメッサラと渡り合うことになります。
優れた機能の戦車に乗るメッサラと、巧みな腕で勝負するベン・ハー。
執拗に汚い手でベン・ハーに 襲い掛かるメッサラでしたが、勝利の女神はベン・ハーに微笑みます。すぐに足を切断しないと命に関る深手を負いながら、メッサラは一命を取り止めるよりも、ベン・ハーとの面会を求める。
メッサラの精一杯の応酬は、ベン・ハーが既に落命していると思っていた母と妹が、実は生きて業病の谷に送られたと告げることだった。
ベン・ハーは母ミリアムと妹ティルザを救うことを懸命に考え、そっと業病の谷に二人の安否を確かめに行きます。
業病とは、現在ではライ病、ハンセン氏病として知られる病気で、つい30年ほど前までは不治の病であり、伝染すると考えられていたので、発病者は隔離され、人間的な扱いは受けていませんでした。
私がライ病というものを知ったのも、この映画を通してでした。
ニュースなどではハンセン氏病という言い方が一般的ですが、私はライ病という名称で知りました。
初めてこの映画を見たのは幼稚園の頃で、この業病の谷のシーンでは、伯父が私の目を覆って映像を見せてくれませんでした。夜、私が怖い思いをして眠れなくなってはいけないという配慮からでしたが、逆に見たくて、見たくて、何度目かには頑張って見ましたが、全然怖いと感じるシーンではありませんでした。
心には「復習」しかないベン・ハーと違い、召使だったエスターはミリアムとティルザに、自分が感銘を受けたお方の話を聞かせたいと思い、伴います。
それはイエス・キリスト。
しかし間もなくイエスはピラトに捕らえられ、ゴルゴダに牽かれて処刑されます。
イエスは、ベン・ハーが奴隷としてガレー船に連れられて行くとき、乾いた喉の苦しみに耐えかねていると、彼に水を差し出してくれたお方でした。
ベン・ハーはイエスを知っていたのです。
イエスが息を引き取る瞬間、天は突然黒い雲に覆われ、雷鳴轟き、激しい雨が降ります。
ミリアムとティルザの病は癒えていました。
イエスの最期を見届け、屋敷に戻ったベン・ハーの心には、既に復讐の炎はありませんでした。
何度見ても、この作品はベン・ハーという一人の人物の物語なのか、それともイエス・キリストを扱った宗教映画なのか、わからなくなることがあります。冒頭のシーンを見れば、絶対にキリスト教映画だと思うと思いますよ。
キリスト教を題材にした映画には、正にイエスの生涯を扱った『偉大なる生涯の物語』『キング・オブ・キングス』。
そして「旧約聖書」から題材を得た『天地創造』『ソロモンとシバの女王』『十戒』があります。
最近では『パッション』という映画もありました。
その中では『ベン・ハー』は異質なのですが、伏線にイエスの存在があり、今こうして映画のあらすじを振り返っても、復讐に燃えるベン・ハーの心はイエスにより鎮まります。とても深いからこそ、何度見ても気付くこと、着目点が違い、新鮮なのでしょう。