(「ちなみに『ブルーピリオド』とはピカソの若い頃『青の時代』を指します。だから、この題名はそれと主人公の芸術との出会いからの模索と試行錯誤と関係あると思います。僕の背景も青い空」と芸術家のようなビーグル犬まろさんオス10歳)

 

 不良の優等生が芸術に目覚め、東京藝術大学を目指すという映画「ブルーピリオド」を妻と二人で見に行ってきました。

 日頃は映画館に足を運ぶことがない妻ですが、今回は原作の漫画も読んだということで珍しく興味を持ったのか、娘が絵画の道に進みたいというからなのか「映画を見てみたい」というので、近隣のショッピングモール併設の映画館に行ったのでした。

 私は原作を読んでいないのですが、妻が言うには主人公の矢口八虎役の眞栄田郷敦さん、鮎川龍二役の高橋文哉さん、高橋世田介役の板垣李光人さん、森まる先輩役の桜田ひよりさん等、若手の有望株の役者さんたちがみんな、かなり原作のイメージに忠実とのことでした。

 ストーリーも原作に沿った形で展開しているということだそうなのですが、私にはストーリーそのものもそうなのだけど、主人公やその周囲の人たちの描き方が、よく理解でき共感を呼ぶことが多かったのでした。

 

 主人公の立場からはなかなか「好き」だけで今までと全然違う場所に一歩踏み込むのを迷う心というのはよく理解できるし、でもだからと言って安全なところばかり行こうというのも心の叫びではないのだよねえ、と私も思ったのでした。才能のある人はいるし自分がそれに伍していけるのかというのも。

 普通の美大は学費が高い、でも東京藝大は他の国立大学と同じ、それでも美術の大学を出て生きていけるのか、食っていけるのか?そういう悩みは私が高校生の頃に物理学者になりたいと思ったとき、今より半世紀も前に悩んだのと共通する悩みだったのでした。もしかして今は少しはましになったのかもしれませんが、当時、博士号をとってもアカデミックなポストつまり大学の助手等の職が見つからず、何年間も「オーバードクター」としてアルバイトやポスドクなどの臨時の職で食いつなぐというのが普通でした。確か、NHKでもオーバードクターの番組が作られてそれを見た記憶があります。大学院の先輩にも結局、オーバードクター千勝の末に予備校の先生になられた方がいます。ただ、親はそういうところは知らないのか、少なくとも学部は京大に行きたい大学院は東大に行きたいと言ったところで、どうせそんな大学なら食いっぱぐれないと踏んでいたのもあると思うのですが、反対はしませんでした。うちの子供も藝大を受験したいというのですが、同じように私も反対はしません。やれるところまでやってみて納得してみれば良いから。

 映画の中で母親が、息子が藝大に行きたいというのを反対するシーンがあるのですがあれも十分に分かるのです。「絵描きになって将来性があるのか」、と。ただ、そうであっても「じゃ、最初から諦めてチャレンジしないで好きでもない進路を選んで、それで幸せな人生になるのか」という気もするのです。

 

 高校の美術部顧問の先生(薬師丸ひろ子さん)が主人公に話す言葉、

好きなことをする努力家はね、最強なんですよ」というのは、私にも深く刺さるものなのです。主人公は才能のある人も知り、自分がちゃんとその世界でいけるのかと思い迷う心もあるのだけれど、迷う主人公にその先生顧問の先生がそう声をかけるのです。

 これは本当にそうで、ノーベル賞を受賞された方々が、たとえば当時の最難関大学をトップで卒業されて...といったわけでもなく、どこであれむしろ研究を続けていった中で偉大な成果にたどりついた、好きだからずっと続けたみたいなものがあるような気がします。

 だから「本当に好きなこと」に人生で出会えたら、どんな成果になるか全く芽が出ないことだってあるにせよ、とりあえずやってみればよい、と思うのです。他人からの評価はともかく、自分でその状態が幸せかどうか。もしもそれでいつの日かその状態が幸せでないと感じたらそのときにはじめて撤退すれば良いのです。物理学の理論系は特に正式なアカデミックな職に就けない期間が7年8年当たり前(大学院の先生も30代半ばでようやく職に就かれた方もいました)、そもそも就けるかどうかも怪しいみたいな世界だと思ったので、私は2年少々で「このままだと子孫を残せない、生物として負け」という気持ちになって、結局は会社勤めをするようになりました。ただ、私にとっては研究している題材に対して「本当に心からそれが好きなのか?」という部分で疑問を感じたこともあったのだとは思います。

 だからこそ、「本当に好きなこと」に出会えた人は幸せだと思えるのです。

 

 他にも、受験生の不安定な精神の感じが自分にも多かれ少なかれ思い当たるところがあったりして、昔を思い出したのでした。

 

 この映画、自分の子供が藝大を受けたいと言い、さらには自分自身の若い頃とも重なる部分があって、心に沁みるものでした。過ぎし日の青春時代を思い出したい人、自分が今は何者でもない何者になれるかも分からないという若い時代の回想に浸りたい人、もちろん、藝大受験を目指す人やその親、芸術家を目指す人達の不安や恍惚を理解したい人、「自分は生きている」と実感したい人、色々な人にも間口広く色々な感想をもたらすと思います。少しでもご興味のある方は是非。

 

 鑑賞の感慨にふけってWebを検索すると「ブルーピリオド展」というのが2年前に東京で開催されていた、今年も6月まで大阪で開催していた、というのを知りました。いやいやいやいや、そういうものをやるんなら、映画公開のタイミングの今でしょ、って思いましたがあとの祭りでした。