久しぶりに目が覚めるような強烈な作品がリリースされた。タイトルは「Declaration」。この作品の創り出したのはBleeding Throughと言うバンド。
Bleeding Through「Declaration」
この手のジャンルじゃあまりにも有名なバンドであるため今更ながらと言えなくもないが、ずっと取り上げたかったバンドではある。
過去を振り返ると彼らはきちんとファンを満足させる「鉄板」的な作品を作ってはきていると思うが、俺にとってはそれほどBleeding Throughに思い入れが無く、そこそこ聴いて満足して落ち着いてしまうだろうと高を括っていた。だが、今作を聴きこんでいくうちに、それが大きな過ちだと気がついた。なにせ俺にとってはCalibanがいるしMaroonがいるしHeaven Shall BurnがいるしNeaeraもいればAugust Burns RedやらBorn Of OsirisやらThe Ghost Insideも・・・あ、Stick To Your Gunsなんかもいたなぁ・・・と俺が贔屓するバンドはいくらでもいるのだが、Bleeding Throughは過小評価するところがあった。と言うのも、過去の作品に対してそれほど印象は持っておらず、まずまずのバンドと言う捉え方しかしてなかった。悪くは無いんだけどそれなりに楽しめは出来る作品ばかりだという考え方しか出来なかった。良いんだけどそれほど繰り返し聴くような程熱心になれなかった。それが正直な感想。

Bleeding Throughメンバーショット。
そして、前作「The Truth」のリリース。内容はまずまずの評価だった。過去に比べたらと言う意味でだけど。でも手放しに喜べるようになるにはどこか決定的なものを感じるまでにはいたらなかった。だから楽しめる時間は1週間程度って所だったような気がする。というわけで「The Truth」は1週間程度でお蔵入りとなってしまった。そして「Declaration」が発表され再度Bleeding Throughを聴きこむ。しかし…聴き始めのとき、俺はある拒否反応に近い印象を持っていた。それは・・・
ブラストパートの多用による強引なインパクトの植え付け。俺はそういう印象をすぐさまネガティブな印象に感じ取ってしまった。あからさまにブラストパートを入れる、これを入れておけば曲の激しさやインパクトが強まるだろうという、いわば「禁じ手」を使われたような気がしてなりふり構わずという考えが合ったのでは?と言う余計な詮索をしてしまった。だから軽く聴き流して、CDをすぐに棚にしまってしまった。それほど聴き込む作品ではないだろう。そう思って聴かない時間が過ぎていった。
しかし、他にも溢れかえる良質な作品を沢山聴き込んでいくうちに、お蔵入りした「Declaration」が無性に聴きたくなった。改めて聴いてみるとどうかな?と言う軽い気持ちで再び聴いてみようと試みる。
時間も心の余裕もあったせいかぼーっと聞き流し続けた。そういう時は案外変な先入観や考えがそれほど邪魔にならず、聴きこむことが出来る。いい状態で音楽に向かい合うことが出来る状態なのだ。
後半まで聴き流してみると、最初にマイナスのイメージで聴き始めてしまった頃より全然印象が違うことに気がつく。とにかく今作の本質みたいなところまでたどり着けたような気がする。目から鱗が落ちた瞬間を今でも忘れない。今振り返るとそう思う。
そしてだんだんと今作に引き込まれていく。
凄い・・・凄すぎる・・・
そう思うのに時間は掛からなかった。ネガティブな印象がまったくの逆となり、この作品の虜になっていった。
ではなぜこの作品の虜になっていったのか?
そして、今作にて俺の心を惹きつけた点はどこにあるのか?
その答えはこの1点に尽きる。それは
『怒りが作品全体に満ち溢れている』
という点に全てが集約されている。
この作品に込められた要素である「怒」という言葉。音が怒りに満ち溢れている。彼らの怒り、憎しみなど憎悪をこの作品に全てを詰め込み、怒りをもって吐き出されるサウンドが爆発的なエネルギー生み出し、聴き手を圧倒させる。
これ程までに怒りに満ちた作品に出会ったのは久しぶりだと思う。これほどまでに聴き手に訴えかけてくるようなメッセージ性が強くて直情的でいてすごくストレートに彼らの訴えたい感情をサウンドにぶつけてくる作品は近年稀に見るものだと思う。
怒りの要素が大きく支配している事を長々と強調して話しを進めてきたが、実はそれだけではない。怒り以外に何があるのかと言うと、「哀」の要素も実は今作に色濃く反映されている。怒りと哀しみが同居した音楽。しかももちろんメタルコアやハードコアの要素も過去の作品を踏襲する形で盛り込まれている。今作の印象は前作の路線を継承しつつ、怒りの要素が何倍も強化され、その怒りに上手く哀しみの要素も十分に盛り込まれている。今までの作品で感じられた怒りの要素は、ブラストビートの多用によって強化されている。しかもインパクトもこれまでに無く強烈である。
反論を恐れずにこの作品を簡単に説明するなら、
「Declaration」 = 「メタルコア(ハードコア)」+「メロディックデス」+「ブラックメタル」
という式がしっくりくる。
ブラストビートをバリバリ使うパートが結構出てくる曲、たとえば#2「Declaration」や#12「Sister Charlatan」は、ブラストパートでがんがんに押して押して押し捲ってくるので、ブラックメタルバンドがメタルコアの曲でも作ったのかと思うくらい、過去のBleeding Throughの作風を見失ってしまいそうになる。
色々書いたが、Bleeding Throughが今作で提示したメタルコアのサウンドにブラックメタル譲りのブラストパートをふんだんに使ってくる作品は今後増えていく、というか最近のデスコアバンドが増えてきたことによる一種のムーブメントに近い動きが今後大きくなるんじゃないだろうかと考えてしまいました。まあ格好良ければ良いという考えもありますが、あまり軽い考えは持たずに今後のメタルコア畑の音楽を見守っていきたいと思います。
あ、これだけは言っておきたいのですが、最近のメタルコアに飽きてきたなぁと思う人にはこの「Declaration」はお勧めしたい作品です。それだけはちゃんと言っておきたいと思ったので最後の最後に言わせて貰いました。一度「Declaration」収録の曲もチェックしてみると良いと思います。
Bleeding Through「Declaration」
この手のジャンルじゃあまりにも有名なバンドであるため今更ながらと言えなくもないが、ずっと取り上げたかったバンドではある。
過去を振り返ると彼らはきちんとファンを満足させる「鉄板」的な作品を作ってはきていると思うが、俺にとってはそれほどBleeding Throughに思い入れが無く、そこそこ聴いて満足して落ち着いてしまうだろうと高を括っていた。だが、今作を聴きこんでいくうちに、それが大きな過ちだと気がついた。なにせ俺にとってはCalibanがいるしMaroonがいるしHeaven Shall BurnがいるしNeaeraもいればAugust Burns RedやらBorn Of OsirisやらThe Ghost Insideも・・・あ、Stick To Your Gunsなんかもいたなぁ・・・と俺が贔屓するバンドはいくらでもいるのだが、Bleeding Throughは過小評価するところがあった。と言うのも、過去の作品に対してそれほど印象は持っておらず、まずまずのバンドと言う捉え方しかしてなかった。悪くは無いんだけどそれなりに楽しめは出来る作品ばかりだという考え方しか出来なかった。良いんだけどそれほど繰り返し聴くような程熱心になれなかった。それが正直な感想。

Bleeding Throughメンバーショット。
そして、前作「The Truth」のリリース。内容はまずまずの評価だった。過去に比べたらと言う意味でだけど。でも手放しに喜べるようになるにはどこか決定的なものを感じるまでにはいたらなかった。だから楽しめる時間は1週間程度って所だったような気がする。というわけで「The Truth」は1週間程度でお蔵入りとなってしまった。そして「Declaration」が発表され再度Bleeding Throughを聴きこむ。しかし…聴き始めのとき、俺はある拒否反応に近い印象を持っていた。それは・・・
ブラストパートの多用による強引なインパクトの植え付け。俺はそういう印象をすぐさまネガティブな印象に感じ取ってしまった。あからさまにブラストパートを入れる、これを入れておけば曲の激しさやインパクトが強まるだろうという、いわば「禁じ手」を使われたような気がしてなりふり構わずという考えが合ったのでは?と言う余計な詮索をしてしまった。だから軽く聴き流して、CDをすぐに棚にしまってしまった。それほど聴き込む作品ではないだろう。そう思って聴かない時間が過ぎていった。
しかし、他にも溢れかえる良質な作品を沢山聴き込んでいくうちに、お蔵入りした「Declaration」が無性に聴きたくなった。改めて聴いてみるとどうかな?と言う軽い気持ちで再び聴いてみようと試みる。
時間も心の余裕もあったせいかぼーっと聞き流し続けた。そういう時は案外変な先入観や考えがそれほど邪魔にならず、聴きこむことが出来る。いい状態で音楽に向かい合うことが出来る状態なのだ。
後半まで聴き流してみると、最初にマイナスのイメージで聴き始めてしまった頃より全然印象が違うことに気がつく。とにかく今作の本質みたいなところまでたどり着けたような気がする。目から鱗が落ちた瞬間を今でも忘れない。今振り返るとそう思う。
そしてだんだんと今作に引き込まれていく。
凄い・・・凄すぎる・・・
そう思うのに時間は掛からなかった。ネガティブな印象がまったくの逆となり、この作品の虜になっていった。
ではなぜこの作品の虜になっていったのか?
そして、今作にて俺の心を惹きつけた点はどこにあるのか?
その答えはこの1点に尽きる。それは
『怒りが作品全体に満ち溢れている』
という点に全てが集約されている。
この作品に込められた要素である「怒」という言葉。音が怒りに満ち溢れている。彼らの怒り、憎しみなど憎悪をこの作品に全てを詰め込み、怒りをもって吐き出されるサウンドが爆発的なエネルギー生み出し、聴き手を圧倒させる。
これ程までに怒りに満ちた作品に出会ったのは久しぶりだと思う。これほどまでに聴き手に訴えかけてくるようなメッセージ性が強くて直情的でいてすごくストレートに彼らの訴えたい感情をサウンドにぶつけてくる作品は近年稀に見るものだと思う。
怒りの要素が大きく支配している事を長々と強調して話しを進めてきたが、実はそれだけではない。怒り以外に何があるのかと言うと、「哀」の要素も実は今作に色濃く反映されている。怒りと哀しみが同居した音楽。しかももちろんメタルコアやハードコアの要素も過去の作品を踏襲する形で盛り込まれている。今作の印象は前作の路線を継承しつつ、怒りの要素が何倍も強化され、その怒りに上手く哀しみの要素も十分に盛り込まれている。今までの作品で感じられた怒りの要素は、ブラストビートの多用によって強化されている。しかもインパクトもこれまでに無く強烈である。
反論を恐れずにこの作品を簡単に説明するなら、
「Declaration」 = 「メタルコア(ハードコア)」+「メロディックデス」+「ブラックメタル」
という式がしっくりくる。
ブラストビートをバリバリ使うパートが結構出てくる曲、たとえば#2「Declaration」や#12「Sister Charlatan」は、ブラストパートでがんがんに押して押して押し捲ってくるので、ブラックメタルバンドがメタルコアの曲でも作ったのかと思うくらい、過去のBleeding Throughの作風を見失ってしまいそうになる。
色々書いたが、Bleeding Throughが今作で提示したメタルコアのサウンドにブラックメタル譲りのブラストパートをふんだんに使ってくる作品は今後増えていく、というか最近のデスコアバンドが増えてきたことによる一種のムーブメントに近い動きが今後大きくなるんじゃないだろうかと考えてしまいました。まあ格好良ければ良いという考えもありますが、あまり軽い考えは持たずに今後のメタルコア畑の音楽を見守っていきたいと思います。
あ、これだけは言っておきたいのですが、最近のメタルコアに飽きてきたなぁと思う人にはこの「Declaration」はお勧めしたい作品です。それだけはちゃんと言っておきたいと思ったので最後の最後に言わせて貰いました。一度「Declaration」収録の曲もチェックしてみると良いと思います。