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一方その頃、リディア、セオ、ドーハンの3人は、貴族の護衛任務のため温泉地に来ていた。
多くの観光客で賑わう温泉地では、物取りやスリなどの軽犯罪が絶えない。3人は辺りに注意を払いながら、貴族直属の護衛兵と共に、要人の乗る馬車を護っていた。
やがて、一軒の宿の前で馬車が停車した。レンガ造りの、まさに高級宿だ。
「すごい所に泊まるのねえ。さすが貴族」
「こりゃ、ウマイもんが食えそうじゃの」
「……」
嬉しそうな二人に反して、セオだけは浮かない顔をしている。
「どうしたのよ?」
「いえ。そう上手くはいかないのではないかと……」
「どういう事じゃ?」
3人がそんな話をしていると、馬車の中から執事である長身の男が降りてきた。
「ご苦労だったな。出立は二日後だ。それまでは自由にしてくれてかまわない」
「分かりました」
「ああ、それから……。これは宿代だ。好きな所に泊まりたまえ」
「え?」
セオに布袋を渡すのを見て、リディアが声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。私達もここに泊まるんじゃないの?」
「まさか。ここは貴族御用達の宿。あなた達のような冒険者風情の人が泊まれる訳ないでしょう」
男は失笑すると、数人の護衛と共に宿へと入っていった。
「聞いてないわよ!」
リディアがベッドの枕を壁に投げつけ憤慨していた。
ここは、さっきの宿からだいぶ離れた所にある、一般観光客用の宿。それでも、石造りの立派な建物だ。
宿に着くまでずっと押し黙ったままのリディアだったが、さすがに怒りが爆発したようだった。
そんなリディアに苦笑いをしながら、セオは宥めるように言った。
「それでも、こうして一人部屋を用意してもらえたんです。そこは、喜ぶべきでは?」
そうなのだ。「女性が同じ部屋では不便でしょう」ということで、リディアだけは一人部屋を用意してくれていたのだ。
「そうだけど……。ああ、もう、頭にくるわね。アレス!」
リディアはクルリと後ろを振り返る。
だが、当然、魔女探しに行っているアレスはこの場にいない。
「アレスはいませんよ」
「そ、そうだったわね……」
「今頃、殺風景な山の上じゃろうなあ」
そうドーハンがおどけてみせたが、リディアの怒りは鎮まりそうになかった。
「なんか、むしゃくしゃする。ちょっと、剣を振り回してくるわ」
リディアは、バタンと大きな音をたて扉を閉めると部屋を出ていった。
「荒れてますね」
「怒りの矛先を向ける相手がおらなんだからな。余計じゃろう」
「それと、仕事を引き受けたのが自分だということも、気に入らないんでしょうね」
なすすべのない男二人は、閉められた扉を見つめるしかなかった。
「まったく、冗談じゃないわ」
怒りの治まらないリディアは、そう呟いていた。
いつもなら、おいしい話に飛び付いて失敗するのはアレスだった。もう専売特許と言ってもいい。
だが、今回は自分の判断ミス。というか、変な期待をしてしまっていた。それが悔しかった。
アレスがいたらイライラ解消にもなっただろうが、今は別行動をしている。剣を振るう他、解決法が見付からない。
「とんでもない魔物とか出てこないかしら?」
などと物騒な事を呟きながら、リディアは一人、人気のない森の中へと入っていった。
日が沈みかけても戻ってこないリディアを心配し、セオとドーハンは宿の周りを探し回っていた。
夕闇に湯煙の上がる町並みは、なんだか異世界を思わせる。
「リディアちゃん、おらんのう」
「ええ。いったい、どこまで行ったんでしょう」
心配そうに辺りを見渡している二人に、「わあっ!」という歓声が聞こえてきた。
気になって行ってみると、体長が3シャール(メートル)はあろう大きな猿を引きずりながら、見覚えある女がこちらに歩いてきた。
「リディアちゃん?」
「……のようですが」
二人は、目を丸くして見つめた。
そこにいたリディアは、自慢のブロンドヘアを乱し、全身傷だらけになっていたのだ。
「ああ、セオ。ドーハン。ただいま」
二人に気づいたリディアが、右手を上げ満面の笑みを浮かべた。
「い、いったいどうしたんです?」
セオが慌てて駆け寄ると、リディアはケロッとした表情で猿を指差した。
「これ? 森の中で剣を振り回してたらコイツが出てきてね。せっかくだから相手をしてたのよ」
「しかし、その傷は……」
「ああ、結構強くてね。お陰で気が晴れたわ」
「さ、さすがはリディアちゃんじゃ」
スッキリした表情で笑うリディアを見て、ドーハンは額に嫌な汗をかいた。
「さあってと。せっかくだし、温泉に浸かってこようかしら。ああ、そいつヨロシクね」
フンフンと鼻歌を歌いながら去っていくリディアを見送り、セオとドーハンは溜め息をついた。
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