本日も出張。そこでいつも気になっていたことを実行に移すことにした。いつも宇都宮に来ると、ここはかつて新撰組が戦った場所だよね、と感慨に慕っていたが、いつも忙しくてゆっくり見て回ることなどなかった。そこで今回、思い切って朝早く起きてゆかりの地を巡ってみる事に。効率よく回るため、この本を利用。

蔵田 敏明
「新選組」土方歳三を歩く

この本はよくまとまっていて面白く読めます。で、この本の宇都宮のルートを行って見ました。まず二荒山神社へ。日光にも同名の神社があるが、こちらはふたらやま、日光はふたらさんと呼ぶようで。その前に宇都宮らしいネタを。二荒山神社の周りには餃子屋さんが多い。こだわりオヤジお勧めは、正嗣。二荒山神社の少し宇都宮駅よりのかなり狭い路地を入ったところにある。ちかくには有名なみんみんもあります。正嗣はご夫婦でやっている小さい店ですが、ここは旨いと思った。しかも安い。餃子正嗣
色々な店行きましたが、??という感じでしたので。ちなみに、餃子消費日本一をめぐって、現在、宇都宮.vs.浜松という戦いがあるそうな。これまで消費調査は県庁所在地しかやってなくて浜松の存在が知られてなかったらしい。数量は浜松がダントツ1位だそうで。この前、宇都宮餃子協会?会長さんが、”売り上げも含め宇都宮の方が上”と自信に満ちたコメント出してましたが・・・・・・売り上げは上って、・・・・単価高いってことじゃない?(;^_^A そんな話はさておき、二荒山神社。日光の造りを思い出す。

二荒山神社8
ここは土方と桑名軍が布陣したとされる。早朝にもかかわらず地元の方々が何人も参拝に訪れていた。この場所で土方は足の指に銃弾を受けたとされる。この神社は宇都宮の高台にあり、昔なら宇都宮城まで一直線に宇都宮の町を見渡せたでしょう。

二荒山神社2
この感じ・・・・そう、黒谷金戒光明寺と同じ。土方もここで思っていたかなあ。この宇都宮の戦いは、まだ新撰組としても斉藤一らが残っており、さらにそこそこの軍隊での戦であったから、土方の軍師としての才能が色濃く出た戦いだったのではないかな、などと思って遠くの景色を眺めてました。しかし神社を陣営に使う罰当たりと思う行動をとる土方は根っからの軍師だなあ。宇都宮戦は慶応4年4月19日。この宇都宮の攻防の6日後4月25日、近藤勇は斬首される。5月15日に原田左之助が戦死し30日に沖田総司が病死していく。土方は近藤らの死を知らなかっただろうなあ。戦いをいかに勝つか、そのことで頭がいっぱいだったでしょうね。


ところで、この二荒山神社には、京都ゆかりの神社の分社(出張所?)があります。学問の神と酒の神、といえば京都通のかたはお分かりでしょう。


二荒山神社6

さらに武道の神なるものもありました。昔からあったのかな。土方は性格上、神頼みはしなかったでしょうね。(つづく)

二荒山神社5