アラフォー夫の在宅介護
倒れてから2日後、日記を書き始めました。
それを読み返しながらこのブログを
書いています。
術後すぐはスッキリした顔してたけど
今日は顔もむくんでいて人相が違かった。
肺炎も心配と看護師さんに言われて
すごくすごく心配。
今は再出血と脳の腫れを抑えている。
6月6日
とにかくICUって色々な音が鳴る。
数値見てもサッパリ分からないし
無駄に不安になるなぁ。
仕事終わって初めて1人で面会に行くと
看護師さんが、手握って声かけてあげるのが
1番だよと言ってくれて。
触れるのも怖くて近づいたり遠くから
見てたりするだけだったけど
何年かぶりに手を握りました(笑)
頑張れー!待ってるからねー!と。
先生に呼ばれ話を聞くと
とにかくすぐに手術が必要だと。
おそらく、脳動静脈奇形破裂だと。
説明されても頭は真っ白、話は入ってこない。
そんな病名聞いたこともない。
だけど手術しないと助からない。
後々診療状況提供書をみると
来院時には、両側瞳孔拡大•対光反射の消失
自発呼吸の減衰と非常に重篤な状態だったそう。
先生を信じて同意書にサインするしか
なかったです。
そのうちに義両親達も到着し、
ひたすら無事を祈って待つしか私達には
出来ませんでした。
予定は5時間程度でしたが、もう少し長く
かかりとにかく不安な時間でした。
手術が終わり2人ずつだったかな、ICUの
中へ面会しにいきました。
とにかく色々な線に繋がれてる旦那さん。
でもとりあえず無事に手術終わって良かった!!
さっきまで普通だったのに今は
呼びかけにも応じない旦那さん。
救急隊の方に色々と聞かれちゃんと
答えられていたのか記憶曖昧

義両親にも連絡し、すぐに来てもらうことに。
救急搬送された病院は倒れた場所から
10分、15分の病院でした。
あとから思い返すと、命が助かったのは
偶然がいくつか重なったのかなと。
まず、私達は休みの日でも一緒に過ごさない
事も多く、その日はたまたま一緒にいた。
スーパー銭湯で従業員さんが迅速な対応を
してくださった。
救命救急センター併設の総合病院が近かった。
その日別々に過ごして旦那さんが家に
1人だったら。。。
一緒に居たとしても適切な対応が私に
出来たのか自信ない。
話はそれましたが
病院に着いてからは一人孤独に待機。
取り急ぎ上司には連絡。明日絶対に仕事には
行けないと思った。そこは冷静だった。
つづく

