前回より、続きます鉛筆


8月は、

離婚した月ですお祝い


色々と離婚時に失敗したことも多いですが、

離婚出来たことは、

単純に嬉しさしかなかったです。


「これで地獄から抜け出せる!」って、

本気で思いました(笑)


ステップファミリーという、

ただでさえ難易度の高い壁に、

私は一人で負けた感じ。


元夫がもっと協力的なら…とか。

継子姉妹がもっと思いやりがあれば…とか。

私の頑張りだけでは解決しないことが多々あり、

なぜ自分だけがこんな奮闘しなきゃ生活が成り立たないのか?と疑問だらけでした。


結婚生活後半は、

わんこの為だけに我慢していました。

わんこだけが生き甲斐。


やはり私が乳癌になり、

病気と向き合ったときに。

あくまで元夫と継子のスタンスが、

《他人事》だったことが、

私の心が大きく離れて溝が深まった理由です。


抗癌剤治療で辛くとも、

生活の方が辛かった。


禿げていく見た目の変化なんて、

些細なことだと思えるほど。


乳癌との闘病より、

思いやりの欠片もない家族の現実に、

大きなショックと諦めを感じていました。


私がこんな状態でも、

こいつらは生活を変えたりしないし、

態度も改めてないのか、と絶望しました。


元夫は、

私が実家と仲良くすることをよく思っていませんでした。

じゃあ代わりにもう少し気を遣えよ、と言ったことありましたが。

それとこれとは話が別だとか、

私にはよく理解出来ませんでした。


そして、コロナ。


私は抗癌剤中で、さすがにリスキーだと感じ、

外出・仕事をセーブしました。

外食なんてもってのほか!と自重していました。


元夫も仕事内容が変わったのか、

以前より徐々に飲み会の回数が増え、

外出は更に増えていきました。


それを咎めると、

ますます頻繁に外出するようになりました。


家でも携帯を手放さず、

常にボートレースか競馬の画面。


お給料は減るのに、

ギャンブルへの投資は増えていく。

それを更に咎めると、今度は帰宅しなくなりました。


そして、

借金が発覚。

生活費まで使い込み、

私の貯金を補填して生活する毎日。


…こう書き連ねると、

改めて酷いことされたなぁと思います。


元夫が酷い有り様になればなるほど、

皮肉なことに、

継子姉妹が私の味方をしてくれるようになりました。


結婚生活後半は、

ほぼ元夫は不在がちでしたので、

ある意味母子家庭でした。


子どもを生んだことはないのに、

シングルマザーの疑似体験もしましたね。


最後まで、

話合いが出来ず、

結局は元夫がどんな奴なのか、

未だに不明な点も多いです。


私に言いたいことや不満なこともあったと思いますが、

なんせ立場が弱かった。私よりも。


我が子も私の味方。

義母も私の味方。

会社の社長さんも、私の味方。

まともな友人も、私の味方。


元夫に残ったのは、

ギャンブルを教えてくれた、

元凶の悪友だけ。


私にとって結婚とは、

無償の家事代行であり、

都合のいい財布代わりである、という契約をしてしまったようなものでした。


唯一の後悔のない選択が、

わんこを実家へ連れて帰れたこと。


あんな家に置いてこれなかった。


元夫は継子に、

わんこには会いたいみたいなことをボヤいているようですが。

そんな甘いことはまかり通らないのだよ。


散々放置しておいて、

どの口でそんな言葉を吐けるかね。


不快でしかない。


…まだまだ全然冷静に怒れるな(笑)


まぁそんな生活からめでたくも脱出できたので、

8月は、離婚記念日ですお祝い