時は

1980年代後半


10代の私。

やっと見つけた「私を必要としてくれる人」。


その人にべったり依存した、あげく、

距離を取ろう、と言われた私。


距離なんて置いてたら私の心は

うさぎみたいに死んでしまう。

そんなこと耐えられない。


で、その日に

前に街で手紙を渡されたことがある

年上社会人男子と私は付き合いました。


理由は

1人になりたくなかったから。

当時はこれが1番の理由でしたね。


手紙渡された日に初めて彼を知り、

その後何回か街でまちぶせされ

書かれていた電話番号に

初めて電話をかけたのがこの日。


好きなわけないし

逆に好きなタイプからは

かなりかなり遠いような人だったね


見た目が残念すぎ←


結果誰でもよかったんだろうけど、

当時の私には

「自分を必要としてくれる人」なら

誰でもよかったが正解。

そして必要としてくれているなら

もう誰でもよかったなんて事はなく

この人しかいないに簡単に変換だった。


自分がその人を好きか、は、

全く関係なかった。

どうでもよかった。

とにかく

「今」私を好きでいてくれて

「今」優しくしてくれたら

それでALL OK。


私を好き=必要とされているだった。

病気だったね。


あの頃の私に言いたい。

もっと自分を大切にしなきゃって赤ちゃん泣き

でもこれも言える。

言っても聞かなかったね。




今思うに────────


相手も家庭環境最悪で

私と同じ愛着障害だったと思う。



彼はとにかく

見た目最悪でした。

そして

とにかく服のセンスもゼロ。

顔もダラーン。←おいおい驚き


しかも

彼の家庭は

酒乱の母と働かない父という

ドラマでしか見ないような構成で

成り立っていたガーン

救いようないじゃねぇかよ。


汚いアパートの中は

これもゴミ(いらないもの)だらけ。

昭和のゴミ屋敷。


驚いたよ不安

驚いたけど、さ、

当時

そんなことも私にはへのカッパだったから。

気にならない。

私を必要としているかどうかが

何よりだからね。


そして

彼の部屋。


そう、期待通りに

何年も

掃除機かけてないような汚部屋爆弾←爆弾きた


お、ば、け屋敷のような

破れたカーテン。

塵(ちり)も積もればなんたらを

実現したようなホコリの山、山、山。

絨毯には毛やクズがこれぞとばかりに

からみつき、

当時病的だったにしても

そこは

座るのやっぱり最初ためらったね。



当時私は

愛着障害からの恋愛依存と化していたから

(と、思う)

私のことを好きなら

それは私を必要としていること、と

勘違いしていた。


相手に依存することは

私が唯一今生きるに必要な居場所作りだった。


だから爆弾投下されても

なんのそのでした。


また、今振り返ると

彼もまた愛着障害だったとは思うけど

当時は彼の家庭環境や汚部屋を見て

彼がかわいそうとか思わなかった。

こんな家庭もあるのね、ぐらい。


ただ、そう。

彼は私より恋愛依存症だったね。

以前は私が帰りたくないと言って

元彼を困らせた。

だけど

今回の彼は

私を私より帰さない人だったのだ。


最初は

私は愛されている、と感じた。

学校の長期休みに

何泊も何泊も彼とホテルに泊まり

彼が仕事中は

どこかで待つか彼の営業に隠れてついて回った。

こんなに私と一緒にいたいんだな、

私が必要なんだな、って思った。


だけど

私が母を気にしてさすがに

そろそろ帰らなきゃ…と

言っても、

彼にすれば私が帰ると言うのは

彼より母を取ることで

「愛がない」「お前はひどい、冷たい」と

彼はその度私を激しく怒った。


私は嫌われたくなかった。

居場所は彼しかない。

だけどでも、学校や母がある。

頭の中では

やらなくてはならないことはわかってた。

元彼はまだそれを理解してくれていて

私を無理矢理帰そうとはしてくれた。

私が帰りたくないと駄々をこねてた。


だけど、今回は違った。

私は、

帰らないと母に心配かける、

母に叱られる、と

もうさすがにおびえていた。

だけどそれを言ったら彼は怒る。

言葉で私を激しく責める。

「お前の中の俺はそんなもんか」

「お前は自分のことしか考えていない」

「よく俺を1人にしようと思えるよな」

「結局俺より親がいいんだよな」


私は

彼に責められている時

なんとなく違和感を感じてはいた。

「俺への愛がない」「愛がない」と言われて

それまで考えたこともない愛について

考えたのかも知れない。

俺への愛の愛って?って。

そこで気づけばよかった。


そして

「俺より親」という言葉。

親は親じゃない?って。

親は唯一で比べられなくない?って。

それで、私は

初めて母に対して

自分がしていることをその時

なんでか、申し訳ないと思ったんだ。


心配かけてごめん。

帰りたい。お母さん。

きっと心配してる。

って。


初めてお母さんを心で呼びました。

母が恋しくて帰りたくて

初めて母を想い泣きました。


だけど

私は、彼がもう怖かった。

必要と凄くされていることはわかった。

でも彼は異常だったと思う。

私より私に依存し、執拗に追いかけ

言葉の暴力を繰り返す。


彼は彼で

働かない父が母に暴力をふるう所を見て

育った。

現実を忘れるためにお酒に依存し

泣いて助けを求めてくる母を見て

育った。


俺より、俺より、が口癖な彼。

彼もまた

助けを求めていたのかもしれない。


ただ、私は私で。

彼に、親と俺どっちが大事?

なんて言われ

初めて自分には親というものがいた、と

気づいて。

親って比べられない。

誰かと比べられないくらい、それが親で。


でも、

私は彼にそう問い詰められて

母より彼を取らなきゃいけないと思った。

そう、彼が怖かったから……