<Marimo in the Taipei Zoo>
【釧路新聞文化欄・日本マリモ紀行#500,2019年8月26日】
8月6日から8日まで、台北立動物園でマリモの栽培指導を行ってきた。10月から同園で予定されている大型球状マリモの展示に向けた準備の一環で、マリモの基本的な生態に関する知識や栽培の実務を伝授するのが目的である。
既に2011年から同園で飼育が続けられているタンチョウに続き、道東の自然を象徴する特別天然記念物が二つ同園で展示されることとなり、阿寒湖のマリモの歴史にとっても節目となるできごとであるため、マリモの側から、同園における栽培展示がなぜ重要なのか説明しておきたいと思う。
台北立動物園両生・は虫類館のマリモ水槽では、2017年から栽培が容易な小さな球状マリモの展示が続けられている.
第1は、マリモの生育域外保全の実現である。阿寒湖の富栄養化が深刻化してマリモの絶滅が切迫した問題となった1960年代から70年代にかけて、須磨水族館や金沢水族などで球状マリモの栽培が試みられたことがある。今日、水族館を始め、動物園、植物園の役割の一つとして、飼育や栽培を通じた希少野動植物の保全が重要視されているが、その先駆けと言ってよい取り組みであった。
しかし、数年でマリモは崩壊してしまい、試みはうまく行かなかった。理由は、当時、成長条件や球化機構を含めたマリモの基本的な生態がほとんど分かっていなかったからに他ならない。
今回の同園における栽培展示は、その再挑戦と言え、これまでに私たちが蓄積してきたノウハウをさらに発展させ、マリモを生育地の外で育成・保全する技術を確立させる絶好の機会となるだろう。
左から楊志平さん、筆者、戴為愚さん、楊家雁さん.
マリモの栽培展示を担当する同園の両生・は虫類館は、世界的に希少なカメ類やワニ類などを飼育・繁殖させたのち、野生復帰させるいくつもの国際プロジェクトに参加しており、維持・管理が難しい大型球状マリモの栽培はその延長と位置づけられるものだ。スタッフは動物が専門とはいえ、いわゆる「水物」の取り扱いには慣れている。それが、動物園でありながらマリモの栽培にチャレンジする背景となっており、得られた成果は、阿寒湖のみならずアイスランドのミーヴァトン湖やエストニアのオイツ湖など、今なお世界的に減少や消失が続く球状マリモの保全にも役立つに違いない。
楊志平さんが手がけるテラリウム.数年後には、マリモのアクアリウムもこんな感じになるだろう.
同園におけるマリモ栽培展示の意義の第2は、阿寒湖を含めた道東の自然に関する多角的で包括的な情報発信が可能になることだ。冒頭で述べたように、タンチョウとの組み合わせによって他に類のない展示が見込まれるのはむろん、タンチョウ単独、あるいはマリモ単独ではできなかった動物と植物、陸域と水域といった様々な要素を組み入れたストーリーの構築が可能となる。
両生・は虫類館を統括する戴為愚学芸員は、「動物を飼うよりよほど手がかかるが、やりがいはある。ゆくゆくは、マリモ以外の阿寒湖の水生動植物も一緒に展示したい」と話していた。これからが大いに楽しみである。
楊志平さんが飼育を担当している中南米原産のヤドクガエル.きれいだが、野生のものは猛毒.