突然のことだった。




4月2日(土)。



久々の岩川帰省の日。



この日は両親と姶良に新しく出来た、


イオンタウン姶良に行こう☆と計画しており、ウキウキしていた。



朝、父久司と電話する。



私の帰るJRの時刻に合わせ、


午前中の内にばあちゃんが入院してる病院へ行き、


主治医の先生と話を済ませてくるとのこと。



ほうほう。



そーいやここ最近ばあちゃんの調子があまりよろしくないと言っていたな。


また見舞いに行かねば。



出掛ける準備が整い、


いざ家を出ようとすると、また久司から電話が。



「ばあちゃんを今日花見に連れて行こうと思うから


姶良のイオンはまたでいいよな??」



え??


体調悪いのに花見??


まさか最後の桜とか言わないでよ??



鼓動が早まった。



なんだか悪い予感しかしないがな。



不安を抱え、JRで国分に向かう。



そして両親と合流。



車に乗るなり、親に病状を聞く。



私:「ばあちゃん大丈夫?」



母:「・・・・・(フルフル)」



私:「え??」



母:「もう看取りよ。」



私:「看取りって??」



母:「もうこれ以上の治療はしないで


最期が来るまで看取るの。」




・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 。



まぁでもすぐすぐってことはないから


お見舞いに来れるときは帰って来てね、と。



車の中には病院からもらって来た


「看取り期に家族がすること・心構え」


という1枚の書類があった。



ハァ・・。



でもばあちゃん、しぶとく生き延びそう。


そんな性格だもんw



とりあえずランチ。



@いちにぃさん



◆黒豚冷しゃぶそばセット








今考えたら


この時の味はよく覚えてない。



動揺していたのかも。




14時。



ばあちゃんの一時外出の許可が下りる時間になったので


松山の医師会病院までばあちゃんを迎えに行く。



前もってお母さんから


この1週間痛みがひどく、強い薬を使っている旨を聞いていた。



それで幻覚が見えていると。


そしてご飯を全く食べなくなったと。



だからすごく痩せたし、顔つきも変わってるからねと。



覚悟をして病室に入ったけど


ホントに最後会った時とは別人のようになっていた。



1週間前の3月27日(日)、


この日ばあちゃんの誕生日で電話を掛けたときは


まだまだ全然元気でたくさん話をしたのに。



いつもばあちゃん、勝手にすぐ電話切るのに(ww)


この日は私が切ろうとしたらまた別の話をし出したりして、


4回位引き留められたな。珍しかったな。




そして1週間で急に悪くなったんだね・・。



痛みを取るためとはいえ、薬って怖い。



ばあちゃんを車に乗せて


やごろう伝説の里へ桜を見に行った。



ここ1週間、ほぼ寝たきりだったようで、


車に座って乗るのがちょっとキツそう。



そしてうわごとのように「痛い痛い」と。



とりあえずやごろう伝説の里へ着いたものの、


とても降りられなさそう。



車窓から桜を見てもらう。



そしてばあちゃんちへ行き、


仏様へご挨拶。



(↑時計は止まってるのよw)



入院中もずっと仏さんのことを気にしていたらしく、


この日担当看護師さんがこっそり両親にそのことを教えてくれ、


急遽一時外出をすることになったらしい。



ホントは墓参りにも連れて行きたかったけど


ばあちゃんがキツそうだったから断念。



久司が近所のばあちゃんの友達に電話を掛けると、


急にも関わらず、次々にたくさんの人が遊びに来てくれた。





大好きな甘酒を飲ませてもうらうばあちゃん。



最近何も口にしなかったらしいけど、


これを見て一安心した。



約2時間だったけど


友達とたくさん話して元気をもらった様子。



そしてまた病院へ送る。



いつも見舞いに行った時は


帰る際はエレベーターか病室の外まで出て来て、


見えなくなるまで手を振り続けてくれたのに


この日は無理そう。



また明日来るからね、と病院を出た。



この日は長崎の姉里美も急遽帰省。



本当は来週末に帰省予定だったけど


姉の旦那さんが後押しをしてくれて、


急遽1人で高速バスで帰って来た。



姉は大学を卒業してすぐに長崎にて同棲&結婚をしたので


姉単品で帰って来るのは学生ぶり。



10数年ぶりの家族水入らずだね!!


と、密かに家族で盛り上がった。



大好きなはま寿司へ。ww









1泊2日の帰省でバタバタだけど


明日何するー???的な。



午前中ばあちゃんの見舞いに行って、


鹿屋か大崎らへんでランチして


またばあちゃんに顔出して帰ろう的な。



高速バスも4枚きっぷを買ったらしく、


またいつでもばあちゃんの見舞いに来るよ的な。



そして家に帰り、


お風呂を済ませて団らんタイム。



わたくし、実家ではいつも酔っぱらって22時頃には就寝するのに、


この日は0時前になってもまだ安物ワインを嗜んでおり、


父久司が珍しがっていた。



そして家族4人、こたつに揃ってまったりしていた深夜0時過ぎ、


思いがけず家の電話が鳴った。



一同息が止まる。



父が出た。



恐れていた病院からの電話。



ばあちゃんの心拍が弱まってるとのこと。



みんな寝間着だったので、慌てて着替えて家を出る。



みんなでばあちゃんを励まそうねと車中で語った。




密かに最悪の事態も想像した。



そういやテレビで聞いたことある。



人間って最期、身体の機能がどんどん止まっていく中、


心臓が止まっても、最後まで残っている機能は耳なんだって。



耳だけは最後まで聞こえるからたくさん話しかけた方がいいと。




心臓バックバクの状態で病院到着。



ばあちゃんが入院してた3F病棟へ通される。



ICUとかじゃないんだ。


よかった、どうにか持ってるんだ。



ばあちゃんが入院してた部屋の


すぐ近くの病室に通される。



ドアを開けるとベッドに横向きに横たわるばあちゃんと


ばあちゃんに繋がれた心電図。



すぐに目に飛び込んできた数字は


赤の字のゼロ。




ばあちゃん間に合わなかったよー・・・。


早すぎるよーー。


ビックリしたよーーー。




そして主治医の先生が来て


家族立会いの元、死亡の確認。



死亡時刻って亡くなった時間だと思ってたけど


家族やらで確認した時間が死亡時刻になるんだね。




0時38分。



絶対退院できると思ってたのに。



早すぎたけど、これ以上苦しまなくて済んだからよかったのかも。



幻覚なのか分からないけど


最近毎日死んだじいちゃんが迎えに来るって話してたんだって。


で、今日も行けなかったがよー。って話してたみたい。



ばあちゃんも自分の身体の具合が分かってたのかもね。




それからはもう慌ただしすぎた。



とりあえず葬儀社の人が来て


ばあちゃんを一旦自宅へ連れて帰る。



通夜や葬式のある程度の段取りをして4時就寝。



翌朝は7時起きで


ばあちゃんの訃報を聞いて駆けつけてくれた人への応対。



16時過ぎにばあちゃんが葬祭場へ向かう。


家から出棺するとき泣けた。



家から出るとき


雨にも関わらずたくさんの人に見送ってもらえてよかったね。



そして慌ただしくお通夜と葬式。



まさかこんな展開になるとは思わず、


チンチクリンな恰好で帰って来てしまったため、


朝一で慌ててしまむらに靴とストッキング買いに行ったわ。



姉の喪服も。


私は少し前に通販で買ったのを実家に置いていた。



すごく悲しかったけど


久司が喪主だからうちらも色々な手続きや対応に追われ、


何かと慌ただしく過ごしてるから気が紛れている。




そしてばあちゃんの葬式の朝、


今度は母方の親戚も亡くなり、


ばあちゃんの葬式のあとは夕方から仮通夜、


翌日はばあちゃんと同じ斎場で本通夜、翌々日はお葬式と


まさに葬祭皆勤賞。



喪服大活躍。



嬉しくないぜw



4日位同じ内容の精進料理食べたぜw


昼からビールもたらふく飲んで肥えたわw



悲しむよりはビール飲んで元気出す♡



最近ホントついてないってゆーか


嫌になる出来事ばっかで悩んだりしてたけど


もうそんなことすらもどうでもよくなったわい!!!!



ばあちゃんが私の全ての厄を持ってってくれたと信じたい!!!w


ばあちゃん4649!!!



ひ孫を見せてあげられなかったのが悔やまれるぜ。


私の歳のことを心配してたもんなw



ばあちゃんのためにも


私、幸せになろうと思う!!!!!




田舎なもんで


四十九日や初盆、一年忌までは


色々とまたバタバタだろうけど頑張るど!!