人生の濃さとは? | Chez Nous 

人生の濃さとは?

以前に耳にしたある方の言葉で、

「日本人は、今という時間から、当然20年も30年も生きていると思っている。例えば、Aという国では、明日という日が来ないかもしれないと、毎日を生きている。その日一日を精一杯楽しんで生きている。
生の濃さが、日本とその国では、すごく違うと思うんです」
と話していました。

私はその言葉がとても心に残って忘れられずにいました。

現代ではその、薄い毎日を生きている人は世界中に広がっているのではないか?と思うようにもなりました。

日々、忙しさに追われていると、充実した毎日をすごしていると錯覚しがちですが、
濃い時間とは、毎日を単に忙しく生きるとか、効率的に生きることとは、すこし違っているように思われます。

例えば、余命を宣告された人が、その日から毎日の人生が重みを帯びてくるのと似ているのではないか?と。

インターネットやテレビや携帯、雑誌やそのほかさまざまな物によって、情報が簡単に手に入り、毎日が便利に生活できるようになりましたが、私たちには必要ない情報というものが山ほどあって、それでも、耳や目に入ってしまうことがいかに多いのか。

それに比べて、ひとつひとつの事をじっくりと考える時間というものは減っている・・・

一日は24時間しかない、人生は限られた時間しかないのだから、何かに時間をとられれば、何かが減るのはあたりまえです。

そういうものが人生を薄くしているのかもしれないな・・・とも感じるようになりました。


ある人は、タレントそっくりのメークをしたり、ネイルや髪の手入れに大部分の時間を費やしているかもしれないし、ある人は毎日ネットの前で、あまり意味のない情報ばかりを集めていたり、ある人が人と比較して、自分の幸せを計ってばかりいたり・・・

考えれば、どれも空虚な時間です。
そしてどれも、多少自分にあてはまることでもあります。
人生をそんな表面的なことですごすなんて、もったいない!

濃い人生を過ごすとは?どういうことだろう?

人生の喜びや悲しみや苦しみを、面とむかって感じることや、大切な恋人や家族や友達との濃い人間関係。
そういう経験こそが、本当の人生だし、人生を豊かにするスパイスなのではないかと感じています。
そして人間は考えることをやめてはいけない。考えることや感じることを止めた途端、
今までだった敏感に感じ取るセンサーは壊れていくのではないか?と思います。

このテーマはこれからもずっと、私の心をとらえる課題でもあります。