日光東照宮
日光へ行くのはオアシスは小学校の修学旅行以来。Milは日光に前に一度来たことがあるけれど、そのときはとにかく
混んでいて、あまり記憶にないということでした。修学旅行のときに行ったといっても、子供のときだったし、ほとんど何もわからず、何を見たかもほとんど記憶にないというのが正直なところです。
日光の駅周辺についたら、バックパックの外国人たちがいっぱい。
足元はウォーキングシューズだし、みんな準備万端といったかんじです。
駅前の地図をみたら、日光東照宮までは結構長い距離。結構広大な敷地なんですね。
気軽にちょっと参拝しようと思っていた私たちはあますぎる!
駐車場のおじさんに、
「日光の世界遺産は、東照宮と二荒山神社、輪王寺の3つを合わせて世界遺産だよ~!ちゃんと見てきてね!」
と言われました。
へぇ~知らなかった・・・
まずは口をすすいで。
入ったら、荘厳な空気。
なんとも言えない空気に圧倒されました。
まるで、敷地内にある大きな木々まで静かに呼吸をしているかんじさえしました。
おなじみの見ざる言わざる聞かざる。
この像は人間の一生を描いた彫刻のひとつなんですね。これは小さい子供には悪いことを見せない、言わない、聞かせない。
という意味があるのだそうです。
富士山からみて風水でいう鬼門にあたる、日光に徳川家康がこの東照宮を建てたのだそうで、
当時の権力者のスケールの大きさにびっくりしてしまいます。
あらゆる場所にこのしるしがついていました。
葵の紋。
徳川家康もこの場所に眠っているのだそうです。
大人の今になって訪れてみて、本当の素晴らしさがわかったような気がしました。でもまだまだ見足りない!また来よう!
外国人の観光客がたくさんいて、彼らは日本人観光客よりも、よりその神聖さを感じているように思えました。
「シューズ、シューズ」と叫んでいるガイドさんの横で、静かに靴を脱ぎ、無言で写真を撮る外国人観光客の姿は象徴的に思えました。
私たちは最近、日本の古い歴史に接する機会があり、そのたびに日本の昔の素晴らしさを実感します。しかしその歴史から感じられる精神性というものは、残念なことに今はすっかり失われてしまったように思います。
時代はすさまじく変化しても、人間の内面はそうは変わっているわけではない。
だからこそ、目の前のことに忙殺されるだけでなく、時にこんな静かな時間を持つことは、必要なことのように思えました。

