みんな同じでなくても‥
最近の若者へのアンケートによると、人と違う意見を言ったり行動をしたくない。という人が多いというので驚きました。
こんなに自由な時代になぜ?はじめは時代に逆行している気さえしました。
しかしよく考えてみると、日本という国はみんなと一緒が生きやすい社会なんだな~と思いあたりました。
みんな目に見えない鎖でしばりあっている。
昔は目に見える鎖で縛られていたものが、目に見えない鎖に代わっただけ。
時代が変わったように見えても、実はあまり変わっていないということです。
どのような場所へ行っても、期待されている言葉というものがあって、その域を超えてはいけないのです。
そんなプレッシャーを感じることが多いものです。
どんな人にインタビューしても驚くほど同じ意見しか出てこないのはそのせいではないでしょうか?
母親であれば母親としての、会社の一員であれば、その一員としての、社会人であれば社会人としての、決まった意見やスタイルが求められる気がしてなりません。
それ以外の意見を言ったり、行動したりした途端、その人は排除されるのでしょう。
特に日本人は自分の属する社会に、無理をしても適応させているのだと思います。
本来の自分とは違うので少しづつひずみが生じてくる。本来の自分とのギャップが出てくるのではないかと思うのです。
そして、疲れてしまう。こんなサイクルが成り立っているような気がしてなりません。
メディアでさえ、気持ちのよいはっきりとした意見や分析をしてくれる人はなかなか出してくれません。
毎日うんざりするほど、意味のない、常識的な(彼ら的には‥)ことばしか、聞く事ができません。
でも切ってそろえたような意見しか出てこないのはなんか不自然と思いませんか?
KYという言葉が最近はやっているようですが、KY(空気が読めない)をよしととしない世の中とは、自分よりまわりを優先させろ!という社会ではないでしょうか。
人はそれぞれ違う。好みも意見も常識さえも。人はそれぞれ違うのだということを認めて、人を尊重しあえる社会になれば、少しの違いなど気にならなくなるのだと思います。
今のままでは、日本人は本当に疲弊してしまいますよ。