まろのブログ(不思議の世界への道しるべ)

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不思議体験や探求、闇世界の陰謀等を解説します。

最初から見ていただくと私の体験やブログの原点がわかります。

(心身一如の世界)

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残念無念の意味をどう捉えます?グラサン

 

国語的には残念は期待外れでガッカリ

 

無念は大きな目標を達成できなかった気持ち

 

とあります真顔

 

字面的見た目意味が逆のようで同義だともあります

 

そうでしょうか?グラサン

 

でも

 

国語学者が何を言おうが違うのではないか?グラサン

 

実は時代劇で武士が死ぬとき無念じゃ

なんてセリフを吐きますよね

上記の意味と思ってますか?ニヤニヤ

 

本当の意味は違うのではないか

そう思ったりしていますグラサン

 

そう武士なんかは切合殺し合いの世界です

死と隣合わせの世界ガーン

 

そう

仏教的史観から言うと

以前から書いてます通り

死ぬ間際はこの世の未練を残すなって書いてます真顔

 

このことは奪衣婆の話にあります

服を脱げ

つまりこの世の未練を残すなってこと

 

この後閻魔さんに裁判を受け

その程度で六道つまり「地獄」「餓鬼」「畜生」「修羅」「人」「天」

六道輪廻に選別されるのだと

でも六道は極楽ではありませんぜグラサン
 
この世から
一番近いあの世は冥界
ここに六道があり悟りを開いてないものは
つまりこの世の未練を捨てきれない(脱ぎきれない)
程度で行き先が決まるってこと真顔
 
本来極楽ってのはこの上の霊界のことですラブ
 
六道輪廻ってのはこの世の服をまだまとっている人が
入る場所なんですニヤニヤ
 
この奪衣婆の話や閻魔さんの話は生死の生業をしてる
武士にとって重要なことではありませんか?
 
そして仏教的な世界観は
今より濃厚な時代ではなかったのでは真顔
 
武士が死ぬとき無念じゃって言うときは
 
文字通りこの世の未練がないという
打ち消すときの作法ではなかったのか
 
悔しいとか残念とかそんなこの世の未練を
断つ作法
 
だから
 
無念と言ってあの世へ行ったのではないか
 
そう思います真顔
 
決して国語的解釈ではない
 
生死が日常の時代の仏教的史観から
 
作法から
 
あの世へ旅立つとき
無念と言ったのではないでしょうかグラサン