日々、原発に関する記事やニュースをみて、暗澹たる気持ちになっている人が殆どだろう。
こういう状況になると二律背反、意見が真っ二つに分かれるもので、今後の原発の展開予測についても意見が割れる。

 たまたま、自分と考え方がやや似ている人を見つけたので、原発については彼に代弁してもらうことにする。(勿論、すべてが重なるわけではない)
鈴木耕氏のサイト http://news.livedoor.com/lite/article_detail/5471025/

 それにしても、世界で唯一の被爆国でありながら、この小さな島国に55基も原発をつくったことは狂気の沙汰とし言いようがない。 世界有数の地震大国だというのに。

 バカな記者が「なんで危険だと知りながら、こんなに沢山原発をつくったのですか!?」と、当事者たちに問いただす。
 莫大な利益を得る連中ふがいるからに決まってんだろ。ボランティアで原発をつくるアホがいるか?

 自民党も「お手並み拝見」といった態度をとっているが、元を正せば自民党が躍起になって原発を全国につくったのだから、彼らにも当然重大な責任がある。

 自分たちで巻いた種は、自分たちで刈り取るべきであり、少なくとも当時原発の開発を強烈に推した連中を引っ張り出して追求するべきだろう。
(原安保の天下り連中なんて今更どうてもいい。彼らを追い詰めたって根本的な解決にはならない)

 政府は、今回の事で気づく事があったのならば、せめて震央地の上に建てられた浜岡原発だけは、早い時期になんとかすべきだろう。(浜岡は、静岡県の85%の電力を供給。簡単ではないだろうが)

 そして、私たちも3割の便利さを捨てる覚悟が必要だろう。

 先日、出版社の方々と会食をする機会があったが、話題は原発のことで持ち切りだった。
チェルノブイリ原発事故について、政府に不利益な事を書いた記者は、この10年で250人ちかく消息不明になっているそうだ。

 つまり、あの原発事故の事実は公表されておらず、実際の死亡者数は未だに明らかにされていないのだ。
 ロシア政府が公表している死亡者数は29名。
全く信用できないが、その発表を真に受けて(信じていると思いたくないが)繰り返し報道しているマスコミには、ジャーナリズムの精神と正義感が感じられない。

 また、「29名しか死んでいないのだから大丈夫」「チェルノブイリとは違いますから」「1年間、毎日飲食しても大丈夫」と、連日ほざいている御用学者たちには、怒りを通り越して呆れてしまう。

 そもそも、ヨウ素やセシウムを摂取し続けた実験データなどないし、タバコやアルコールと同じで、人によって許容量も異なるはずだ。(ある意味、日本人が実験台になっている)

 原発学者さんたちには、是非、福島第一原発の20キロ圏内に引っ越して頂くか、毎日付近で穫れる野菜と魚を無料で食べてもらいたい。

そう言えば、一号基が水素爆発して建屋が吹っ飛んだ時に、「建屋はあってもなくても同じですから。」と即座に言った原発学者がいたのを覚えている。
「中身の格能容器は頑丈に造られていますから問題ありません」」ともいっていた。

面白い。

ガス爆発で壁が吹っ飛び、鉄骨剥き出しになった中にいた人が、平然と御茶を飲んでいたなんて事があるのだろうか?
まともなアタマだったら、あれだけの爆発があったら格能容器や配管もダメージを受けると考えるはずだ。
 
 今日までに第一原発から漏れ出た放射性物質の量は、チェルノブイリの10分の1かも知れないが、ウランの量は福島の方が多く、またチェルノブイリと違って、これから何年もかけて冷却しつづけなければならない。
 それまで損傷した格納容器から、高濃度の放射性物質が漏れ続けるわけで、当然、周辺の土壌汚染は進む。

 冷静に状況を分析すれば、チェルノブイリよりもずっと厳しい状況にあるのに、政府と学者たちの功名なすり替えによって、多くの人たちは「なにもレベル7に引き上げなくたって」と思っているのかもしれない。

 水俣病、新潟水俣病、イタイイタイ病、四日市喘息。
振り返れば、いつだって政府と企業、それにぶら下がる御用学者たちは、問題が発覚した直後に「大丈夫。問題ない。」と言い張ってきた。

 数年が経ち問題が明らかになった頃には、当時の関係者は退職してしまっており、引き継いだ担当者たち(エリート)は御用学者を使って、公害と疾病の因果関係を否定しにかかる。
 被害者が裁判で争っても、結果が出るまでには何年も時間がかかり、無念の死を遂げた人も数知れない。

 もう、そんな悲劇を繰り返してもらいたいくない。
私が言っている事を大袈裟だという人もいるだろう。

 しかし、チェルノブイリで子供達に癌が発症し始めたのが5年後、そして10年目でピークをむかえ、奇形児も沢山生まれている。

  学者たちが言う通り、「直ちに健康に被害はない」かも知れないが、結果は5年後、10年後に明らかになるのだ。
 もしその時、多くの人々が体調を崩して、「あの時、問題ないって断言してたじゃないか!」と責めても遅過ぎる。

 政府や東電、原発学者たちは、やはり疾病と原発事故との因果関係を否定するであろうし、裁判だって途轍もない時間を要することになるはずだ。
 仮に勝訴して幾ばくかの金を手にしても、健康は手にはいらない。

 歴史的にみて最後に泣きをみるのは、御上がいう事を素直に聞き入れてきた人たちと、自分で正しい知識を取り込んで精査し、適切な行動をとれなかった人たちではないだろうか。

 自分の脚で情報の裏付けを獲りに行く記者が減り、各省の記者クラブからの情報(データ)を口を開けて待っているだけの記者が増えた今日、政府や役人にとって都合の悪い事や、刺激的な要素が取り除かれた情報だけが、テレビや新聞を通じて私たちに伝わってきている。

 そういう情報に対しては一定の信頼と疑いをもちながら、多方面からバランスよく情報を獲る事が大切だと思う。