こんにちは
まーにゃですニコ

平和な時代の功績


江戸時代(一六0三~一八六七)には
徳川家康氏をはじめとして歴代将軍が
軍事ではなく
産業や学術の発展に力を注いだ時代ですウインク



鎖国政策をとっていたために
急激な社会の変動をまぬがれて

比較的安定した社会の中で
ゆるやかに無理のない流れの中
産業が発達し
独自の文化や技術も産まれました。

争いのない時間が
いかに人々を豊かにしてくれるのか
江戸時代を知れば知るほど
素晴らしい貴重な時代だったと痛感しますラブ


江戸時代と薬草


そんな江戸時代から
今日は薬草のお話🌿


江戸幕府開開の祖である徳川家康は
健康の維持と病気治療に関心がありました。

薬草3鉢を抱えて江戸城に入城した
という話も残っています、

寛政13(1636)年には朝鮮からの使節が来日し

幕府に薬草数種を献上したという記録もあり

その頃日本での薬草への関心が

高まっていたそうです。


薬草は古くから中国より輸入していましたが

江戸時代に入って
さらに漢薬の需要は高まりました。


木草図鑑より


特に、八代将軍吉宗
諸国に薬草栽培を奨励しました。 

吉宗は徳川幕府中興の祖と呼ばれ

はじめて日本全体を視野に入れた

さまざまな施策を実行した人物で


熱帯が原産のサツマイモとサトウキビは

吉宗が日本に導入して栽培を広めました。


中国産の薬用植物の種苗を輸入する一方

日本国内における自給自足対策として
山野に自生する薬草、薬木の類を
調査、採集し
それらを栽培化する試みが
盛んにおこなわれました。

現在の小石川植物園

江戸時代には
薬用植物園は「薬園
あるいは「御薬園」と呼ばれ

生きた薬用植物をみることのできる標本園として
既存の植物の維持と
新しい植物の受け入れの場として
珍しい薬草木を観賞できるところとして
などなど、さまざまな役割を果たし

幕末までには
現在の薬用植物園が果たしている機能を
十分に備えるほど発達したそうです。

東京の小石川植物園
鹿児島の佐多旧薬園 
福島の御薬園
など、その面影を残す場所も多いですね🌿

現在の会津御薬園