世の中に絶えて桜のなかりせば
春の心はのどけからまし
在原業平が『古今和歌集』で歌っている
有名な句ですね。
初めてこの句を知った時に
桜を想う切なさは
時代を超えて共通なんだなぁと
とてもとても感動して、
忘れられない句になりました。
日本人にとって
時別な「桜」
桜のない春なんて
想像つかないですね。
🌸🌸🌸
花見の起源をさかのぼれば
田の神信仰にたどり着くのだそうです。
サクラのサやサナエ(早苗)のサ
サナボイ(あるいはサナブリ)のサは
田の神を意味し
サクラのクラは
神が宿るところ
つまり神の依り代を意味するそうです。
冬の期間山に住んでいた山の神は
春になると里に降りてきて
桜の木に宿ります。
稲の種蒔きの準備をする頃になると
その合図に桜の花を咲かせます。
人々は神を歓迎して桜の下で酒宴を開き
料理と酒でもてなし
今年の豊作と無病息災を
お願いしたのだそうです。
田植が始まると
神は田んぼに移って田の神となり
農事を見守ります。
無事田植えが終わるのを見届けると
また山に帰って行くのですが
人々は今度は
『さなぼり』という
田植え終了の祝宴を開いて
山にのぼる神を見送ったのだそうです。
現代では
ほとんど見ることの無くなった
桜との関わりですね。
🌸🌸🌸
最初は
素朴な農耕儀式でしたが、
やがて集落の人々が集まり
みんなで豊作を祈るための
祝いの祭りへと変わっていったそうです。
桜の下で
飲んだり食べたりすることには
「楽しい」以外にも
神様への感謝やおもてなしの
気持ちも込められていたのですね。
桜を依り代している神様
そんな神様に思いを馳せて
桜を見上げたら
当たり前と思っていたことにも
毎年咲く桜にも
感謝の気持ちが湧きます🌸✨✨




