こんにちは
まーにゃです![]()
今日は
江戸の花見弁当について。
8代将軍の徳川吉宗が
「享保の改革」の一環として
約1200本の桜を植樹した
飛鳥山。
飛鳥山は
江戸の中心地である日本橋から
約8キロメートルと
日帰りできる距離でしたので
桜の季節には
たくさんの人で賑わいました。
毛氈を敷いてお弁当を広げる女性たちや
食べ物を売る屋台や酒を売る人もいます。
食べたり飲んだり歌ったり踊ったり
誰もがとても楽しそうですね♫
お弁当も
当初はおにぎりぐらいで、
いろんなおかずが入った弁当になったのは
江戸末期になってから
なのだそうです。
飛鳥山での花見風景。
三味線を弾く女性や
そろいの衣装で踊る女性たちもいます。
毛氈の上には
右手前に折詰、重箱
酒を燗する野外焜炉「燗銅壺(かんどっこ)」
などが見えますね。
花見に持っていくお弁当箱は
主に「重箱」でした。
重ねて場所をとらず
広げると
たくさんの料理を一度に食べられ
とても便利な容器です。
昔の運動会のお昼も
重箱でしたね![]()
四段重が正式ですが
江戸時代には十重のものや
四角や丸型、五角形など
いろいろな形の重箱がありました。
江戸時代後期の料理本
「料理早指南」に
「花見弁当」の献立が載っています。
「上の部」
「中の部」
「下の部」
と豪華なものから手軽なものまで
三種類が載っていました。
「上の部」には
かすてらたまご・わたかまぼこ・蒸しかれい
・桜鯛・ひらめの刺身
そして「かるかん」や「きんとん」など
甘味も入っていました。
なかなか豪華ですね![]()
割籠(わりご)という別の弁当箱には
焼きおにぎりなどが用意されました。
[料理早指南』で
紹介されているお花見の重詰は
三段階にランク付けされていますが
どれも春が旬の食材を上手に使った
彩りも美しいもので
しかも、デザート付きです♪
お金も時間もかかったのでしょうが
年に1回の花見
お弁当を準備をするのも
お花見の楽しみの一つだったかも。
花見の毛氈の上には
お酒の入った角樽(つのだる)
重箱、煙草盆などが見えます。
桜模様の重箱の中には
色とりどりの料理も
たくさん用意されていますね。
準備万端整って
後は楽しむだけ、という
ワクワクな瞬間ですね![]()









