こんにちは
まーにゃです![]()
今日は節分と豆まきについて。
江戸時代は
旧暦(大陰太陽暦)であったため
大晦日と立春が重なり
大晦日に節分の行事がおなわれることも
多かったそうで
大晦日の豆まきは
江戸城から庶民までの
一大イベントだったそうです。
江戸時代の歌舞伎役者、七代目市川団十郎の豆まき
平安時代には
中国より伝わった「追儺(ついな)」
という行事が大晦日の夜に行われていました。
新年を迎えるにあたって
年内の病疫を鬼に見立て追い払う
という行事です。
まだ豆は撒いていません![]()
一方、「追儺」の儀式とは別に
平安貴族たちには
「節分」に災害よけと長寿を願い
読経をするという風習があったそうです。
立春、立夏、立秋、立冬の前日を
「節分」として年に4回ありましたが
立春に季節が一巡するため
だんだんと
単に春の節分のみになったそうです。
そして、いつからか
「節分」に豆を使って邪気を祓う
「豆打ち」という儀式が始まったそうです。
大晦日に行われた追儺と
節分に行われた豆まきが一緒になり
「節分=邪気を追い祓うために豆をまく」
というのが下々にまで浸透し
江戸城でも庶民の家でも
豆まきがおこなわれていたそうです![]()
『恵方果報福乃入豆』歌川国芳
みんなで楽しそうですね^ ^
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年男が裃をつけて
「鬼は外、福は内」と
大きな声でいって大豆を撒いたそうで
現代の様子と変わらないですね。
豆まきに使う豆は
炒った豆でなくてはなりません。
生の豆を使って拾い忘れた時に
豆から芽が出てしまうと
縁起が悪いからだそうです。
「炒る」は「射る」にも通じ
鬼や大豆は陰陽五行説(木・火・土・金・水の五行)の「金」にあたり
この「金」の作用を滅するといわれる「火」で
大豆を炒ることで鬼を封じ込め
そして最後は
豆を人間が食べてしまうことにより
鬼を退治したことになるそうです。
全てに意味があるんですね❗️![]()
そして
昔から日本人にとって
季節の変わり目や年が変わる時の
邪気祓いの儀式は
とてもとても重要なことだったんですね✨
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上の絵は
鈴木春信の「節分」です。
左上には
小さくですが柊と焼いた鰯の頭が
描かれていますね。
彼の手にかかると
豪快な豆まきも優雅ですね✨
神様も鬼も
妖精のようで可愛いです![]()




