2025/5/25 箴言22章1〜16節「知恵と富との複雑な関係」守山キリスト教会講壇交換説教

 

 今読んだ箴言の中に、同じ言葉の繰り返しに気づいていたでしょうか。富(富む者)、貧しい者、禍わざわい、主…[i]。中でも「富」と「貧しい者」は目立ちます。そして、箴言の中でこの短い纏まとまりに集中して、富と貧しさというテーマを盛り込んでいる箇所は他にありません[ii]。ここには一見バラバラな諺が並んでいるかに見えて、実は意図的に構成された箇所なのです。

 箴言は「知恵文学」に属します。9章までが長い前置きとも言える教えで、10章からが格言集です。その格言集もいくつかの部分に分かれ、この22章17節からは「知恵ある者たちの30の言葉」という新しい区切りに入ります。つまりこの22章1~16節は10章から続いてきた教えの結びであり、10章から十一章かけて語って来た内容を一旦総括する部分。そこに繰り返されるのが「富と貧しさ」だという事が、箴言の実践的な性格を現しています。

 逆に、箴言なのにここに繰り返されないのは箴言の主題であるはずの知恵や愚かさ。ですが「浅はかな者、曲がった者、不正を蒔く者、嘲る者、裏切り者、怠け者、よその女、虐げる者」…これらが箴言が語る「愚か者」です。ただ頭が良い、機転が利く、IQが高いのが賢さではありません。主を恐れ人を敬うことこそ価値だと知っている知恵、悪を離れ、誠実で、謙虚で、現実を見据えつつ、目先に囚われない知恵です。単純に《知恵が得られれば富が得られる》いや《富を得る道こそ知恵、貧しくなるのは愚か者》という思い込みを正すのが箴言です。

1名声は多くの富より望ましく、愛顧を受けることは銀や金にまさる。

は早速そうでしょう。富を得よう、一獲千金を狙おうとする余り、名声を失う、信頼を壊してしまう。ブラックバイトに手を出して逮捕された人から、財産を失うまいとする余り誰も信用できず子どもも妻も殺して寂しく死んだヘロデ王まで、反面教師は枚挙に暇がありません。

2富む者と貧しい者が出会う。どちらもみな、造られたのは主である。

 あえてこう言わなければならない程、金持ちと貧乏人の見かけは違います。それを「身分が違う、生まれから違う、いや前世から違う」などと言いたがり、扱いを差別することを正当化するのが人間社会です。しかし聖書は、どちらも造られたのは同じ主、と言い切り、違いに目を留めるのは、愚かであり、造り主に対する愚弄だとさえ言います(14・31[iii])。確かに、

4へりくだりと、主を恐れることの報いは、富と誉といのち。

富自体が悪ではないのです。しかし、富には支配や力が伴います。だから7節はシビアにも、

7富む者は貧しい者を支配する。借りる者は貸す者のしもべとなる。

勿論その力をどう使うかは厳しく問われます。どんな支配も正当化はしません。そこで、

9善意の人は祝福を受ける。自分のパンを貧しい者に与えるからだ。

 「善意の人」には欄外注に「直訳「目つきの良い人」」とあります。目の良さとは、神が見ているように見る目がある、ということです。貧しい人を見て、その人を蔑むでも、怠惰や原因を決めつけるでもなく、神が見ているように尊い存在と見て、パンを分ける。そういう見方を勧めています。しかし、貧しい人に自分のパンを与えるのとは反対が、16節。

自分を富ませるために貧しい人を虐げる者、富む人に与える者――どちらも欠乏に至るのみ。

 貧しい人に与えても何の得もない、与えたら何か見返りがありそうな人を選ぶ人…世渡り上手に思える人を、ここでは欠乏に至る、愚か者として描くのです。このように箴言が語る富についての教えはここだけでも多面的です。名声には劣るけれど神の報いでもあり、貧しさとの違いは主の前にはないけれど勘違いして虐げる人もいる…[iv]。そんな富に囚われないように、がこの10章からの部分の結びなのです。因みに14節には「よその女の口車は深い穴…」とありますが、箴言の10章以降には男女の問題、性の誘惑への警告はありません[v]。つまり箴言は、女性に気をつけろ、よりも、富の問題を繰り返し、それをもって知恵ある生き方とするのです。

 そして箴言が書かれて数世紀後、知恵そのものである主イエスも、富の問題を繰り返して語りました。新約には性の誘惑よりも遥かに多く、富の問題についての教えがあります[vi]。

どんなしもべも二人の主人に仕えることはできません。…あなたがたは、神と富とに仕えることはできません[vii]。…富を持つ者が神の国に入るのは、なんと難しいことでしょう。金持ちが神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通るほうが易しいのです[viii]。…富んでいるあなたがたは哀れです。あなたがたは慰めをすでに受けているからです[ix]。茨の中に落ちたものとは、こういう人たちのことです。彼らはみことばを聞いたのですが、時がたつにつれ、生活における思い煩いや、富や、快楽でふさがれて、実が熟すまでになりません[x]。

 まだまだ続きます。ここにも主イエスが、箴言の知恵の体現者でもあったと気づきます。同時に箴言が富を悪者扱いもせず、祝福とも見ていたのは、イエスやパウロも同じです[xi]。お金や俗世から遠ざかるより、イエスは与えることを勧め、初代教会も貧しい人への配給を実践しました。箴言22・9「善意の人は祝福を受ける。自分のパンを貧しい者に与えるからだ。」がそこにありました。それは、先に申し上げた通り、イエスによって開かれた良い目ですべての人を見るようになり、富む者も貧しい者も、どちらも造られたのは主である、という目を持つようになったから、とも言えます。しかしそれ以上に、私たちが主イエスにこうしていただいたのです。真に「善意の人(目の良い人)」であるイエスは「自分のパンを貧しい者私たちに与え」てくださいました。自らが貧しくなり、低くなることも厭わずに、私たちにご自分を与えてくださった。「あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。」[xii] パウロが富の誘惑について語るのはⅠテモテ6章ぐらいで、その何倍もの量で、神の豊かさを語ります。キリストにおいて現された豊かな富をあなたがたは受けていると言います。神の豊かさ、豊かな恵みを受けていることを熱く語り、それゆえ「私は、貧しくあることも知っており、富むことも知っています。満ち足りることにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。私を強くしてくださる方によって、私はどんなことでもできるのです。[xiii]」と言うのでした。これは、決して日曜日や礼拝のこと、神を見上げる信仰における話ではありません。礼拝を終えて、神に向けていた顔を左右や周囲に振り向けた時、月曜日から土曜日までの全生活におけることです。その日常において、避けては通れない経済的な問題や誘惑においても、自ら貧しくなって私たちを強めてくださる主イエスが、富よりも尊い宝、金や銀よりも尊い関係を下さって、私たちに賢い選択をさせてくださるのです。

 詩篇は神に跪ひざまずく祈りであり、箴言はそこから立ち上がる生活を教えます。その箴言でキッチリ確認しているのが富のこと。名古屋の大都会での生活です。儲け話や何かの計算、誘惑は多くあるでしょう。ともすると、名声や信頼を損なう裏切り、危険に踏み込む浅はかさ、人を見下し嘲る傲慢さは決して他人事ではないはずです。でも、富よりも貧しさを選べ、ではありません。真に富んでおられ知恵そのものなる御子イエスが、私たちにご自分を与え、神の豊かな恵みによって富む者としてくださいました。この関係こそ知恵であり、そこに立ち戻ることこそ知恵です。箴言が示す豊かな知恵を、主イエスが私たちに届けてくださる。それがどんなに幸いで、どんなに私たちに必要かを思い、今この時、この御言葉の前に立ちたいのです[xiv]。

 箴言最後の祈り、30章7〜9節の祈祷文をもってこれを心からの祈りとして祈りましょう。

「私を強くしてくださる主、貧しさも富も、あらゆる境遇に対処して生きることを教えてくださる主よ。富と力と知恵はあなたのもの。あなたが造られた世界において、賢明に生きるよりも、見える豊かさに目を奪われやすい私たちのため、箴言をも備えてくださったご配慮に感謝します。私たちの心を照らし、富の誘惑を正直に見つめさせてください。澄んだ良い目を与えて、どんな人もあなたに造られた尊さを見て、祝わせてください。こうして私たちを新しい力で強め、恵みに溢れさせ、富む人も貧しい人も集まり、豊かにされる場としてください」

 

[i] 以下は、今回の箇所の構造:

名声は多くの富より望ましく、愛顧を受けることは銀や金にまさる。

富む者עָשִׁירと貧しい者רוּשׁが出会う。どちらもみな、造られたのは主である。

賢い者はわざわいを見て身を隠し、浅はかな者は入って行って痛い目にあう。

へりくだりと、主を恐れることの報いは、富と誉れといのち。

曲がった者の道には茨と罠がある。

たましいを守る者はこれらから遠く離れる。

若者נַעַר をその行く道にふさわしく教育せよ。

そうすれば、年老いても、それから離れない。

富む者עָשִׁירは貧しい者דַּלを支配する。借りる者は貸す者のしもべとなる。

不正を蒔く者はわざわいを刈り取る。

こうして彼への激しい怒りのむちは終わる。

善意の人は祝福を受ける。自分のパンを貧しい者רוּשׁに与えるנָתַןからだ。

嘲る者を追い出せ。争いは出て行く。もめごとも辱めも終わる。

心のきよさを愛し、優しく話をする者は、王がその友となる。

主の目は知識を見守り、裏切り者のことばをくつがえす。

怠け者は言う。「獅子が通りにいる。私は広場で殺される」と。

よその女の口車は深い穴。主の憤りに触れた者がそこに落ち込む。

愚かさは子どもנַעַר の心に絡み付いている。

懲らしめのむちがこれを子どもから遠ざける。

自分を富ませるために貧しい者דַּלを虐げる者、富む者עָשִׁירに与えるנָתַן者

──どちらも欠乏に至るのみ。

 

[ii] 箴言における「富」と「貧」のバランスは以下の通り・

3・16 知恵の右の手には長寿があり、左の手には富と誉れがある。

5・10 また、他人があなたの富で満たされ、あなたの労苦の実は見知らぬ者の家に渡る。

6・11 すると、付きまとう者のように貧しさが、武装した者のように乏しさがやって来る。

8・18 富と誉れはわたしとともにある。朽ちない財宝も義も。

10・4 無精者の手は人を貧乏にし、勤勉な者の手は人を富ませる。

10・15 富む者の財産はその人の堅固な城。貧しい者の恐れは自らの貧困。

10・22 人を富ませるのは主の祝福。人の苦労は何も増し加えない。

11・16 優しい女は誉れをつかみ、横暴な者は富をつかむ。

11・24 気前よく施して、なお富む人があり、正当な支払いを惜しんで、かえって乏しくなる者がある。

11・28 自分の富に拠り頼む者は倒れ、正しい人は若葉のように芽を出す。

13・4 怠け者の心は欲を起こしても何も得ない。勤勉な者の心は豊かに満たされる。

13・7 富んでいるふりをして、何も持たない者がいる。貧しいふりをして、多くの財産を持つ者がいる。

13・8 富はその人のいのちの身代金である。しかし、貧しい者は脅しを聞くこともない。

13・18 貧乏と恥は訓戒をなおざりにする者に来る。しかし、叱責を大事にする者は誉れを得る。

13・23 貧しい者の耕地に、多くの食糧があっても、それは不当に取り去られる。

14・4 牛がいなければ飼葉桶はきれいだが、豊かな収穫は牛の力による。

14・20 貧しい者はその隣人にさえ憎まれるが、富む者は多くの者に愛される。

14・21 自分の隣人を蔑む者は罪人。貧しい者をあわれむ人は幸いだ。

14・24 知恵のある者の冠はその者の富。愚かな者の愚かさは、ただ愚かさ。

14・29 怒りを遅くする者には豊かな英知がある。気の短い者は愚かさを増す。

14・31 弱い者を虐げる者は自分の造り主をそしり、貧しい者をあわれむ者は造り主を敬う。

15・6 正しい人の家には多くの富がある。悪しき者の収穫はわざわいをもたらす。

15・16 わずかな物を持って主を恐れることは、豊かな財宝を持って混乱するよりも良い。

16・19 へりくだって、貧しい者とともにいるのは、高ぶる者とともに分捕り物を分け合うのにまさる。

17・5 貧しい者を嘲る者は自分の造り主をそしる。人の災難を喜ぶ者は罰を免れない。

18・11 富む者の財産はその堅固な城。自分ではそそり立つ城壁のように思い描いている。

18・23 貧しい者は哀願するが、富む者は荒々しく答える。

19・1 貧しくても誠実に歩む者は、唇の曲がった愚かな者にまさる。

19・4 財産は多くの友を増し加え、貧しい者はその友からも引き離される。

19・7 貧しい者は自分のすべての兄弟たちに憎まれる。友人が彼から遠く離れるのは、なおさらのこと。彼がことばをもって追い求めても、彼らはいない。

19・17 貧しい者に施しをするのは、主に貸すこと。主がその行いに報いてくださる。

19・22 人の欲望は自らへの辱め。貧しい人はまやかし者にまさる。

20・13 眠りを愛するな。貧しくならないために。目を開け。そうすればパンに満ち足りる。

21・13 貧しい者の叫びに耳を閉ざす者は、自分が呼ぶときにも答えてもらえない。

21・17 快楽を愛する者は貧しい人となり、ぶどう酒や油を愛する者は富むことがない。

22・1 名声は多くの富より望ましく、愛顧を受けることは銀や金にまさる。

22・2 富む者と貧しい者が出会う。どちらもみな、造られたのは主である。

22・4 へりくだりと、主を恐れることの報いは、富と誉れといのち。

22・7 富む者は貧しい者を支配する。借りる者は貸す者のしもべとなる。

22・9 善意の人は祝福を受ける。自分のパンを貧しい者に与えるからだ。

22・16 自分を富ませるために貧しい人を虐げる者、富む人に与える者──どちらも欠乏に至るのみ。

22・22 貧しい者からかすめ取るな。彼が貧しいからといって。苦しむ者を門のところで踏みにじるな。

23・4 富を得ようと苦労してはならない。自分の分別によって、これをやめよ。

23・5 あなたがこれに目を留めると、それはもうないではないか。富は必ず翼をつけて、鷲のように天へ飛んで行く。

23・21 大酒飲みや、貪り食う者は貧しくなり、惰眠を貪る者はぼろをまとうようになるからだ。

24・34 すると、付きまとう者のように貧しさが、武装した者のように乏しさがやって来る。

27・24 富は永久に続くものではなく、王冠も代々に続かないからだ。

28・3 弱い者を虐げる貧しい者は、押し流して食物を残さない豪雨のようだ。

28・6 貧しくて、誠実に歩む者は、富んでいて、曲がった道を歩む者にまさる。

28・8 利息や高利によって財産を増やす者は、貧しい者たちに恵む者のためにそれを蓄える。

28・11 富む者には自分が知恵のある者に見える。しかし、分別のある貧しい者は、彼を調べる。

28・15 貧しい民を治める悪しき支配者は、うなる雄獅子、襲いかかる熊のようだ。

28・19 自分の土地を耕す者は食糧に満ち足り、空しいものを追い求める者は貧しさに満ち足りる。

28・20 忠実な人は多くの祝福を得る。しかし、富を得ようと急ぐ者は罰を免れない。

28・27 貧しい者に施す者は不足することがなく、目をそらす者は多くののろいを受ける。

29・13 貧しい者と抑圧する者は出会う。主は、この両者の目に光を与えられる。

30・8 むなしいことと偽りのことばを、私から遠ざけてください。貧しさも富も私に与えず、ただ、私に定められた分の食物で、私を養ってください。

30・9 私が満腹してあなたを否み、「主とはだれだ」と言わないように。また、私が貧しくなって盗みをし、私の神の御名を汚すことのないように。

30・14 歯が剣のようで、牙が刀のような世代。彼らは、地の苦しむ者を、人々の中の貧しい者を食い尽くす。

31・7 その人は飲んで自分の貧しさを忘れ、もう自分の労苦を思い出すことはない。

31・9 口を開いて、正しくさばき、苦しむ人や貧しい人のためにさばきを行いなさい。

31・20 苦しむ人に手を差し出し、貧しい人に手を差し伸べる。

[iii] 箴言14・31:弱い者を虐げる者は自分の造り主をそしり、貧しい者をあわれむ者は造り主を敬う。

また、17・5:貧しい者を嘲る者は自分の造り主をそしる。人の災難を喜ぶ者は罰を免れない。

[iv] ロングマンの「富と貧困に関する箴言」のポイント:

1.       神は正しい人に富を与えて祝福される

3・9~10:あなたの財産で主をあがめよ。

あなたのすべての収穫の初物で。

そうすれば、あなたの倉は豊かさで満たされ、

あなたの石がめは新しいぶどう酒であふれる。

また、10・22、15、

2.       愚かな行いは貧困を招く

26・13~15:怠け者は「道に獅子がいる。

広場に雄獅子がいる」と言う。

戸はちょうつがいで向きを変える。

怠け者は寝床の上で。

怠け者は皿に手を伸ばしても、

その手を口に持って行くのを面倒がる。

10・4〜5、6・6〜11、21・17、22・16、

3.       愚かな人の富は長続きしない

11・18悪しき者は偽りの報酬を得るが、

義を蒔く者は確かな賃金を得る。

                  13・11、21・6、22・16、11・4、23・4〜5

4.       貧困は不義と抑圧の結果である

13・23:貧しい者の耕地に、多くの食糧があっても、

それは不当に取り去られる。

16・8、22・2

5.       金銭を持つ人は寛大でなければならない

29・7:正しい人は弱い者のためのさばきを知っている。

悪しき者はそのような知識をわきまえない。

29・14、28・27、11・24、3・27〜28、※6・1〜5

6.       知恵は富にまさる

15・16~17:わずかな物を持って主を恐れることは、

豊かな財宝を持って混乱するよりも良い。

野菜を食べて愛し合うのは、

肥えた牛を食べて憎み合うのにまさる。

16・8、16、17・1、22・1、28・6

7.       富には限られた価値しかない

11・4:財産は御怒りの日には役に立たない。

義のわざは人を死から救い出す。

13・8

30・7~9:二つのことをあなたにお願いします。

私が死なないうちに、それをかなえてください。

むなしいことと偽りのことばを、

私から遠ざけてください。

貧しさも富も私に与えず、

ただ、私に定められた分の食物で、

私を養ってください。

私が満腹してあなたを否み、

「主とはだれだ」と言わないように。

また、私が貧しくなって盗みをし、

私の神の御名を汚すことのないように。

[v] 不倫や性の問題は決して小さくはありませんが、それはむしろ性欲の問題ではなく、力とか支配とか暴力の根深い問題です。

[vi] 新約聖書における「富、金持ち、富んだ、金」 39回

富めるπλουτέω  12回、富 πλοῦτος22回、富(マモン) μαμωνᾶς 4回、富・金χρῆμα6回、金持ちπλούσιος 28回、富ませるπλουτίζω 3回

マタイ6:24 だれも二人の主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛することになるか、一方を重んじて他方を軽んじることになります。あなたがたは神と富μαμωνᾶς とに仕えることはできません。

13・22 茨の中に蒔かれたものとは、みことばを聞くが、この世の思い煩いと富πλοῦτοςの誘惑がみことばをふさぐため、実を結ばない人のことです。

19・23 そこで、イエスは弟子たちに言われた。「まことに、あなたがたに言います。金持ちπλούσιοςが天の御国に入るのは難しいことです。24 もう一度あなたがたに言います。金持ちπλούσιοςが神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通るほうが易しいのです。」

27・57夕方になり、アリマタヤ出身で金持ちπλούσιοςの、ヨセフという名の人が来た。彼自身もイエスの弟子になっていた。

マルコ4・19 この世の思い煩いや、富πλοῦτοςの惑わし、そのほかいろいろな欲望が入り込んでみことばをふさぐので、実を結ぶことができません。

10・23 イエスは、周囲を見回して、弟子たちに言われた。「富 χρῆμαを持つ者が神の国に入るのは、なんと難しいことでしょう。」

12・41 それから、イエスは献金箱の向かい側に座り、群衆がお金を献金箱へ投げ入れる様子を見ておられた。多くの金持ちπλούσιοςがたくさん投げ入れていた。

ルカの福音書1・53 飢えた者を良いもので満ち足らせ、富む者πλουτέω を何も持たせずに追い返されました。

6・24 しかし、富んでいるπλούσιοςあなたがたは哀れです。あなたがたは慰めをすでに受けているからです。

8・14 茨の中に落ちたものとは、こういう人たちのことです。彼らはみことばを聞いたのですが、時がたつにつれ、生活における思い煩いや、富πλοῦτοςや、快楽でふさがれて、実が熟すまでになりません。

12・16それからイエスは人々にたとえを話された。「ある金持ちπλούσιοςの畑が豊作であった。

12・21 自分のために蓄えても、神に対して富まπλουτέω ない者はこのとおりです。」

14・12 イエスはまた、ご自分を招いてくれた人にも、こう話された。「昼食や晩餐をふるまうのなら、友人、兄弟、親族、近所の金持ちπλούσιοςなどを呼んではいけません。彼らがあなたを招いて、お返しをすることがないようにするためです。

16・1 イエスは弟子たちに対しても、次のように語られた。「ある金持ちπλούσιοςに一人の管理人がいた。この管理人が主人の財産を無駄遣いしている、という訴えが主人にあった。

16・9 わたしはあなたがたに言います。不正の富μαμωνᾶς で、自分のために友をつくりなさい。そうすれば、富がなくなったとき、彼らがあなたがたを永遠の住まいに迎えてくれます。

16・11 ですから、あなたがたが不正の富μαμωνᾶς に忠実でなければ、だれがあなたがたに、まことの富を任せるでしょうか。

16・13 どんなしもべも二人の主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛することになるか、一方を重んじて他方を軽んじることになります。あなたがたは、神と富μαμωνᾶς とに仕えることはできません。」

16・19 ある金持ちπλούσιοςがいた。紫の衣や柔らかい亜麻布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。20その金持ちの門前には、ラザロという、できものだらけの貧しい人が寝ていた。21 彼は金持ちπλούσιοςの食卓から落ちる物で、腹を満たしたいと思っていた。犬たちもやって来ては、彼のできものをなめていた。22 しばらくして、この貧しい人は死に、御使いたちによってアブラハムの懐に連れて行かれた。金持ちπλούσιοςもまた、死んで葬られた。23 金持ちπλούσιοςが、よみで苦しみながら目を上げると、遠くにアブラハムと、その懐にいるラザロが見えた。24 金持ちは叫んで言った。『父アブラハムよ、私をあわれんでラザロをお送りください。ラザロが指先を水に浸して私の舌を冷やすようにしてください。私はこの炎の中で苦しくてたまりません。』

18・23 彼はこれを聞いて、非常に悲しんだ。大変な金持ちπλούσιοςだったからである。24 イエスは彼が非常に悲しんだのを見て、こう言われた。「富χρῆμαを持つ者が神の国に入るのは、なんと難しいことでしょう。25金持ちπλούσιοςが神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通るほうが易しいのです。」

19・2するとそこに、ザアカイという名の人がいた。彼は取税人のかしらで、金持ちπλούσιοςであった。

21・1 イエスは目を上げて、金持ちたちが献金箱に献金を投げ入れているのを見ておられた。

使徒4・37所有していたχρῆμα畑を売り、その代金を持って来て、使徒たちの足もとに置いた。

8・18シモンは、使徒たちが手を置くことで御霊が与えられるのを見て、使徒たちのところに金χρῆμαを持って来て、

8・20しかし、ペテロは彼に言った。「おまえの金は、おまえとともに滅びるがよい。おまえが金χρῆμαで神の賜物を手に入れようと思っているからだ。

24・26また同時に、フェリクスにはパウロから金χρῆμαをもらいたい下心があったので、何度もパウロを呼び出して語り合った。

ローマ2・4それとも、神のいつくしみ深さがあなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かなπλοῦτοςいつくしみと忍耐と寛容を軽んじているのですか。

9・23しかもそれが、栄光のためにあらかじめ備えられたあわれみの器に対して、ご自分の豊かなπλοῦτος栄光を知らせるためであったとすれば、どうですか。

10・12ユダヤ人とギリシア人の区別はありません。同じ主がすべての人の主であり、ご自分を呼び求めるすべての人に豊かにπλουτέω 恵みをお与えになるからです。

11・12 彼らの背きが世界の富πλοῦτοςとなり、彼らの失敗が異邦人の富となるのなら、彼らがみな救われることは、どんなにすばらしいものをもたらすことでしょう。

11・33 ああ、神の知恵と知識の富πλοῦτοςは、なんと深いことでしょう。神のさばきはなんと知り尽くしがたく、神の道はなんと極めがたいことでしょう。

16・27 知恵に富む唯一の神に、イエス・キリストによって、栄光がとこしえまでありますように。アーメン。〕

Ⅰコリント1・5あなたがたはすべての点で、あらゆることばとあらゆる知識において、キリストにあって豊かなπλουτίζω者とされました。

4・8ユダヤ人とギリシア人の区別はありません。同じ主がすべての人の主であり、ご自分を呼び求めるすべての人に豊かにπλουτέω 恵みをお与えになるからです。

Ⅱコリント6・10 悲しんでいるようでも、いつも喜んでおり、貧しいようでも、多くの人を富ませπλουτίζω、何も持っていないようでも、すべてのものを持っています。

8・2 彼らの満ちあふれる喜びと極度の貧しさは、苦しみによる激しい試練の中にあってもあふれ出て、惜しみなく施す富πλοῦτοςとなりました。

8・9 あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたπλουτέω のに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者πλούσιοςとなるためです。

9・11あなたがたは、あらゆる点で豊かになってπλουτίζω、すべてを惜しみなく与えるようになり、それが私たちを通して神への感謝を生み出すのです。

エペソ1・7このキリストにあって、私たちはその血による贖い、背きの罪の赦しを受けています。これは神の豊かなπλοῦτος恵みによることです。

1・18 また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しにより与えられる望みがどのようなものか、聖徒たちが受け継ぐものがどれほど栄光に富んだものπλοῦτοςか、

2・4しかし、あわれみ豊かなπλούσιος神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、

2・7それは、キリスト・イエスにあって私たちに与えられた慈愛によって、この限りなく豊かなπλοῦτος恵みを、来たるべき世々に示すためでした。

3・8 すべての聖徒たちのうちで最も小さな私に、この恵みが与えられたのは、キリストの測り知れない富πλοῦτοςを福音として異邦人に宣べ伝えるためであり、

3・16どうか御父が、その栄光の豊かさπλοῦτοςにしたがって、内なる人に働く御霊により、力をもってあなたがたを強めてくださいますように。

ピリピ4・12 私は、貧しくあることも知っており、富むことも知っています。満ち足りることにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。

4・19また、私の神は、キリスト・イエスの栄光のうちにあるご自分の豊かさπλοῦτοςにしたがって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。

コロサイ1・27 この奥義が異邦人の間でどれほど栄光に富んだものπλοῦτοςであるか、神は聖徒たちに知らせたいと思われました。この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです。

2・2私が苦闘しているのは、この人たちが愛のうちに結び合わされて心に励ましを受け、さらに、理解することで豊かなπλοῦτος全き確信に達し、神の奥義であるキリストを知るようになるためです。

Iテモテ6・9金持ちになりたがるπλουτέω 人たちは、誘惑と罠と、また人を破滅に沈める、愚かで有害な多くの欲望に陥ります。10金銭を愛することがあらゆる悪の根だからです。ある人たちは金銭を追い求めたために、信仰から迷い出て、多くの苦痛で自分を刺し通しました。

6・17〜18 今の世で富んでいる人たちπλούσιοςに命じなさい。高慢にならず、頼りにならない富πλοῦτοςにではなく、むしろ、私たちにすべての物を豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置き、18 善を行い、立派な行いに富みπλουτέω 、惜しみなく施し、喜んで分け与え、

ヘブル11・26 彼は、キリストのゆえに受ける辱めを、エジプトの宝にまさる大きな富πλοῦτοςと考えました。それは、与えられる報いから目を離さなかったからでした。

ヤコブ1・10〜11富んでいる人πλούσιοςは、自分が低くされることを誇りとしなさい。富んでいる人は草の花のように過ぎ去って行くのです。11 太陽が昇って炎熱をもたらすと、草を枯らします。すると花は落ち、美しい姿は失われます。そのように、富んでいる人πλούσιοςも旅路の途中で消えて行くのです。

2・5〜6 私の愛する兄弟たち、よく聞きなさい。神は、この世の貧しい人たちを選んで信仰に富む者πλούσιοςとし、神を愛する者に約束された御国を受け継ぐ者とされたではありませんか。6それなのに、あなたがたは貧しい人を辱めたのです。あなたがたを虐げるのは富んでいる人たちπλούσιοςではありませんか。また、あなたがたを裁判所に引いて行くのも彼らではありませんか。

5・1 金持ちたちπλούσιοςよ、よく聞きなさい。迫り来る自分たちの不幸を思って、泣き叫びなさい。2 あなたがたの富πλοῦτοςは腐り、あなたがたの衣は虫に食われ、

5・11 見なさい。耐え忍んだ人たちは幸いだと私たちは思います。あなたがたはヨブの忍耐のことを聞き、主によるその結末を知っています。主は慈愛に富みπολύσπλαγχνος、あわれみに満ちておられます。

ヨハネの黙示録2・9 わたしは、あなたの苦難と貧しさを知っている。だが、あなたは富んでいるπλούσιοςのだ。ユダヤ人だと自称しているが実はそうでない者たち、サタンの会衆である者たちから、ののしられていることも、わたしは知っている。

3・17 あなたは、自分は富んでいるπλούσιος 、豊かになったπλουτέω、足りないものは何もないと言っているが、実はみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸であることが分かっていない。18πλουτέω 

5・12 彼らは大声で言った。「屠られた子羊は、力と富πλοῦτοςと知恵と勢いと誉れと栄光と賛美を受けるにふさわしい方です。」

6・15地の王たち、高官たち、千人隊長たち、金持ちたちπλούσιος、力ある者たち、すべての奴隷と自由人が、洞穴と山の岩間に身を隠した。

13・16 また獣は、すべての者に、すなわち、小さい者にも大きい者にも、富んでいる者πλούσιοςにも貧しい者にも、自由人にも奴隷にも、その右の手あるいは額に刻印を受けさせた。

18・3 すべての国々の民は、御怒りを招く彼女の淫行のぶどう酒を飲み、地の王たちは彼女と淫らなことを行い、地の商人たちは、彼女の過度のぜいたくによって富を得たπλουτέω からだ。」

18・15 これらの物を商って彼女から富を得ていたπλουτέω 商人たちは、彼女の苦しみに恐れをなして、遠く離れて立ち、泣き悲しんで言う。

18・17 あれほどの富πλοῦτοςが、一瞬にして荒廃に帰してしまった。」また、すべての船長、その場所を航海するすべての者たち、水夫たち、海で働く者たちもみな、遠く離れて立ち、

18・19 彼らは頭にちりをかぶり、泣き悲しんで叫んだ。「わざわいだ、わざわいだ、大きな都よ。海に船を持つ者たちはみな、ここでその繁栄から富を得ていたπλουτέω のに、その都が一瞬にして荒れ果ててしまうとは。」

[vii] ルカ16・13。

[viii] ルカ18・24。

[ix] ルカ6・24。

[x] ルカ8・14。

[xi] たとえば、Ⅰテモテ6・9~10(金持ちになりたがる人たちは、誘惑と罠と、また人を破滅に沈める、愚かで有害な多くの欲望に陥ります。10金銭を愛することがあらゆる悪の根だからです。ある人たちは金銭を追い求めたために、信仰から迷い出て、多くの苦痛で自分を刺し通しました。)では、「金銭があらゆる悪の根」とは言わず「金銭を愛することが」と言っていることに注意。

[xii] コリント人への手紙第二8・9。

[xiii] ピリピ4・12~13。

[xiv] ティモシー・ケラー『偽りの神々』(廣橋麻子訳、いのちのことば社)では、経済的なことが「偶像」となることについても一章が充てられています。