反応とはエゴの代表的な活動。

反応しているのはエゴであって、私全体の感覚ではない。エゴは私の中の一部分。多くの時間に無意識でその一部分を全体だと錯覚している。私はそのたくさんの一部を持ってる存在。たくさんのエゴの集合体。

反応して、選択して、決断して、人は自ら自分で与えた意味付けで自らをまた混乱へと陥れていく。

でもそれは私という全体の中の一部の状態であって私の全てではない。


その反応している自分に気付いてあげて、痛みや苦しみを感じている「部分」という存在に意識を向ける。その「部分」に気付いている存在が「私」


私は反応している部分を理解する「存在」であるということ。私は痛みや苦しみがある「部分」を持っている観察者だということ。


そしてその反応も選択も決断も丁寧に観察して、持ちたくないものは選ばないこともできる、ということを知ってる人看板持ち