まーりんのまりんエッセンス

まーりんのまりんエッセンス

魂・心・体に響き渡る、これから先の時代のエッセンス
「海のエッセンス」「月のエッセンス」の物語

まりんエッセンスで振動数を上げる

ホメオパシー理論を基につくり出す ”まりんエッセンス”を使う包括的な波動療法で
心身(オーラ)のブロック解除、急性・慢性疾患の根本治療をサポートします

拠点:奈良県奈良市
ここはエッセンス作製と実験研究の場ですが、近い将来セッションもここでご提供する予定です。現在は主に遠隔ですが、奈良市内を中心に日本全国のカフェや公園、クライアントさまのご自宅やご指定の場所でお受けしています。

  ☆個人セッション基本コース
   カウンセリング90分 +エッセンス・レメディの選択・作製・送付まで全て含めたコース
   30,000円

    カウンセリング延長の基準:60分/10,000円 
    (例:30分/5,000円 60分/10,000円 90分/15,000円など)

  ☆オリジナルエッセンスを使うヒーリング
   120分・21,000円

  ☆リチュアルヒーリング
   120分・21,000円

  ☆アカシックリーディング
   60分・12,000円

  ☆ セッション、エッセンス等に関するすべてのお問合せは、こちら


2017年6月10日をもってJPHMAを退会しました。
ホメオパシー理論を基に創出した”まりんエッセンス”を使う療法の比重が高まったため、
ホメオパスとしてだけではなく、ひろく波動療法家として活動してまいります。
 
 
丹後半島の・・・
 
 
 
赤ポチを拡大すると・・・
 
 
 
竹野川が大きくU字を描いたあたりに
丹後半島で唯一の、地図で緑色に塗られてないエリア=平地があります
 
竹野川沿いの山際には城跡や古墳が並び
大宮賣神社は、川がつくるU字のなかにあります(赤ポチ)
 
 
 
 
 
大宮賣神社
京都府京丹後市大宮町周枳(すき)1020
周枳社・周枳宮
 
 
 
丹後国二宮
宮中の奉斎神として著名な大宮売神を宮中以外で祀る唯一の式内社
大宮売神(天鈿女命)若宮売神(豊受大神)の二神を祀る
 
 
 
 
 
 
 
 
境内一帯は弥生時代前期以降の多くの遺物が出土。
特に古墳時代中期の祭祀遺物が多数認められ、古代祭祀場から神社へと発展したことが確実視される。祭神の特殊性に加え、原始祭祀から律令祭祀への変遷を考古学的に詳らかとする点で重要視される神社
 
 

 
 

 

 
 
 
 

 
 
 
 

 
 
 
 

創建不詳。

社記では、崇神天皇7年に詔勅で大宮売神を祀り、崇神天皇10年に丹波道主命が若宮売神を祀ったと伝える。

 
 
***
 
【境内石碑】
 
延喜式内
名神大  大宮賣神社二座
 
祭神 大宮賣神(あめのうずめの神) 若宮賣神(とようけの神)
 
当宮の創立年代は、詳らかでない。境内から出土する多数の祭器、遺物により明らかな様に、神社としての社ができる以前に、古代の政(まつりごと)が行われていた地である。遠き弥生時代の頃には、既に人々のくらしがあり、祭祀、呪術的な力をもつ国の、祭政の中心地であった。境内全域京都府古代祭祀史跡指定
 
六世紀の頃、大和朝廷に統一された大宮売神は、宮中八神の一柱として、また造酒司(みきつかさ)の神に奉斎され、この神を祀る最も古い社である。
 
平城天皇、大同元年(806)に大宮売神に神領二千五百石、若宮売神に千五百石の神封が充てられ、「三代実録」貞観元年正月(859)の條に、大宮売神に従五位上の神階を授位している。現存の小野道風書と伝える古額に正一位大宮売大明神、従一位若宮売大明神とあり、平安時代末頃には神階が昇叙されている。御神像二体は、平安初期の木彫である。
 
「丹後国田数帳」によると三十町五反十歩の神領があり、中世の頃祭儀は盛大を極め、鎌倉時代(徳治二年刻銘)に建立された重要文化財指定の春日型石燈篭二基が献燈されている。
 
現在の忠霊社は旧本殿で元禄八年の建築、町指定文化財となっている。
宵宮、例祭には古くから京都府無形民俗文化財の、笹ばやし、神楽、三番叟、太刀振りが奉納され、わざおぎの神、文化発展、子孫繁栄の守護神として、崇敬も篤く神威誠に顕著なものがある。
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 

 
 

 

 

「奈具神社」はふたつ、あります。

 

左上)京都府京丹後市(旧竹野郡)弥栄町船木奈具273

右下)京都府宮津市由良3537-1

 

 

今回伺ったのは、前者です

後者は前者からの勧請説あり

 

 

 

主祭神=豊宇賀能賣命。天酒大明神とも。丹後国竹野郡の同名社から勧請説あり。

別称、天避社、酒社。

 

 

 

 

京都府京丹後市(旧竹野郡)弥栄町船木奈具273

奈具神社

 

 

 
 
おや?
一の鳥居・二の鳥居の扁額が一枚の画におさまりました
 

 
 
 
おや?
参道が電柵で閉じられているではないですか!
 

 
 
クマ出没!感電注意!
どっちもドキドキする!!

 

 
感電しないように電柵をくぐるの?
えー無理
 
 
冷静に看板を読むと
「参拝の方はゲートハンドルを外してお入りください」
 
なるほど・・・
 
5本の線の5つのハンドルを
ひとつ、ひとつ、外して、と。
 
 

 
 
 
このさきに
クマが待ってるかもしれん、と思うと
・・・
 
 
 
 
 

 
 

 
 
ご祭神
豊宇賀能賣
 
 
丹後国風土記逸文の『比治真奈井 奈具社』
すなわち最古の羽衣伝説の、天女終焉の地とされる。
 
 
丹後(たにはのみちのしり)の国。丹波(たには)の郡。群家の西北の隅の方に比治里(ひぢのさと)あり。この里の比治山(ひぢのやま)の頂に井あり。その名を麻奈井(まなゐ)という。
この井に天女(あまつおとめ)八人降り来て浴水(かはあ)む。
 
そこに和奈佐老夫(わなさのおきな)・和奈佐老婦(わなさのおみな)という老夫婦が来て、窃かに天つ女一人の衣裳を取蔵(かく)した。衣裳のある天女は皆天に飛び上ったが、衣裳の無い天女一人が地上に留まった。
 
「吾に児なし、請はくは天つ女娘、汝、児とならむや」
天女は老夫婦の養女となり、十年余りを共に暮らした。
天女は良い酒を醸したが、これを一杯飲めばどんな病もよく治った。その一杯は直(あたひ)が財を車に積んで送るほど価値が高かった。
 
「汝は吾が児にあらず、暫く借りて住めり。宜早く出で去きね」
豊かになった老夫婦は突然天女を追い出した。
天女は涙を流し「久しく人間世界に身を沈めていたので、もはや天に帰ることが出来なくなりました。親も縁者も無いので頼るところがありません。私はどうしたよいのでしょう」と嘆いた。

遂に退き去きて比治里の荒鹽村(あらしほのむら)、丹波里の哭木村(なききのむら)をさまよい、竹野郡(たかののこほり)の船木里(ふなきのさと)の奈具村(なぐのむら)に至った。
 
即ち村人らに謂ひけらく「此処にして我が心奈具志久(なぐしく=平穏)成りぬ」
乃ちこの村に留まり居りき。
 
これが
いわゆる竹野郡の奈具社に坐す豊宇加能賣命である。
 
 
 
 

 

 

 

丹後半島の・・・

 

 

 

赤ポチを拡大すると・・・

 

 

 

 

京都府京丹後市丹後町宮249

竹野神社

 

 

竹野(たかの)神社です。

 

 

 

 

 

この辺の地名、竹野郡は

『和名抄』で「多加乃」、『延喜式神名帳』・『風土記』で「タカノ」。

しかし現在は一般に「たけの」と呼称とのこと。

 

 

傍の川は、竹野(たけの)川、

海岸沿いにず~っと西にいくと、兵庫県豊岡の竹野(たけの)海岸。

 

 

竹野川は、丹後半島最長・最大の河川。

高尾山山麓の京丹後市大宮町五十河(いかが)内山に源を発する。

 

流域には古墳・遺跡が密集。

峰山町丹波の湧田山古墳群は、全長100mの前方後円墳を中心に円墳が配置されている丹後地方屈指の古墳群。また丹後町の神明山古墳(竹野神社そば)、式内社の大宮売神社遺跡、網野町の全長200mの銚子山古墳など。

 

 

 

最大の支流鱒留川の源流がある磯砂山は羽衣天女が舞い降りた伝説がある(丹後国風土記)

河口付近ではかつて製塩業が盛んだった

 

Wikipedia

 

 

 

 

竹野神社

開化天皇の妃となった竹野媛が晩年帰郷し、

天照皇大神を祭祀して創建。

 

神殿本殿は京都府の指定文化財。

境内は文化財環境保全地区に指定。

旧竹野郡で唯一の大社。

 

 

摂社 斎宮神社

ご祭神

竹野媛命、日子坐王命、建豊波豆羅和気命

 

「竹野媛」は当時丹波国を支配した丹波大県由碁理という豪族の娘で、朝廷が丹波国の勢力を抑えるため妃にとったと伝えられる。この竹野媛は、垂仁天皇妃である迦具夜比売命の曾祖母にあたる。


※竹野媛を祀る竹野神社およびその周辺地域(竹野部)は、かぐや姫(竹)や竹取の翁のルーツ(讃岐氏のルーツ)になった地として伝承されるそうだが、「たかの/多加乃」という音が本来で、竹という字は、かぐや姫関係に因んで後から当てられたものではないか。

 

 

 

 

 

 
 
 
 

 
 

 
 

 
 
舞殿の奥に本殿

 
 

 
 

 
 

 
 

 
 
 
 
本殿

 

 

 
 
 
 
 

 

 
 

 

 

 

 

摂社 斎宮神社
 

ご祭神

竹野媛命、日子坐王命、建豊波豆羅和気命

 

※建豊波豆羅和気王

開化天皇の第四皇子。後裔に丹波の竹野別の祖、依羅の吾彦、稲羽の忍海部、御名部造、忍海部造など。

 

開化天皇の妃と皇子ふたり。

全員この地方の祖先神というわけです。

 

 
 

 
 
 
 
葡萄とイタチ?栗鼠?
 
 
脇障子(向かって右)
 
 

仙人が分身を飛ばしてる・・・?
 
もとになった話がありそうですが
わかりません
 
 
 
 
 
 
 
 
 
竹野媛は
なぜ晩年に帰郷したのか。
なぜ豊受大神ランドのど真ん中である故郷に、
天照大神を祀ったのか。


 
伝説
鬼祭り。 毎年、12月の丑の日に行われる奇祭。この祭りは竹野神社の神主とその下社家(宮衆)だけが行い、その祭りを見てしまうと3年以内に死んでしまうという言い伝えがあった。討伐した鬼を鎮める祭りだという事だが鬼については殺してばらばらにして埋める、生かして閉じ込めたなど諸説あり、誰も見たことのない祭りなので謎が多い。鬼をばらばらにして埋葬したところに建てた「鬼神塚」と書かれている石が近くの集落にいくつか置いてある。