8月16日未明伯母が永の眠りにつきました。。。
1945年8月6日広島
赤十字病院で新人の看護師として働いていた伯母は被爆しながらも
自らが病気で倒れる10年前まで現役で看護師として指導者として働き
続け多くの命とむきあってきた。
15日の終戦記念日をどんな気持ちで迎えていたのか・・・・
結局話を聞く事は叶わなかった
ただ『8月6日が私の誕生日』だと言ってましたね
この10年・・本当に辛い闘病生活だったことでしょう
本当によく頑張っていましたね
お疲れ様でした・・・・・もう妹(私の母)と会いましたか?
誰よりも厳しく口うるさい分、優しさも半端じゃなかった!
伯母の影響で現在看護師のいとこが3名、医療関係も数人いる
今、私が言えるのは「今まで本当にありがとうございました・・」
それだけです
遠く離れているので葬儀には出られないけど、今夜は私の部屋で
お見送りします
偶然、15日に友人たちと「聖マリア大聖堂」に行く約束をして
16日に前日がマリア被昇天の日だったと知り
そして伯母の冥福を教会で祈りました
大事な時間・・ちゃんと雨も降らず待っていてくれましたね^^
今、語り合っています。。。。。