先だって申し上げておきますが、今回の話は確証がとれていないものについての考察です。ほぼ推測の域を出ていないので、これが正解。といえるものではありませんのでご了承ください。(正解と言えるだけのデータを持ってきてないだけ)
さて、「感情」という概念を理論的に考察出来ないものか。
こう至ったきっかけは、とある友人と話していて結婚についての話題になった時である。私個人としては、理屈的な人間なので、結婚なんかも何か理由を求めてするのだろうと漠然と考えている。
まぁ、世間的には「なんとなく」や「良いと思ったから」といった抽象的な意見が数多く見られ、それが普通だとも思っている。
そこで、「意味を求めた結果の結婚」と言い方は悪いが「なりゆきで決まった結婚」はどちらが幸せなんだろうと考えた。そもそもこれは両個人の合意の上成り立つ事なので、どっちも幸せであるのが普通だろう。どちらにもアンケートを取れば統計的に大体幸せという結果に至るだろう。
統計で取れたデータは感情という不確定な概念を一般化された物として扱う事が出来るのではなかろうか。つまり、結婚=幸せという方程式が導き出される。
では、その他の感情もこういった数々のデータから導き出されるプログラム的な物ではないのか。現在では、感情をプログラムとして入力されたロボットなんかもいる訳なので、十分に議論するに値する内容だと感じる。
例えば、「嬉しい」という感情。これは様々な行為の内どれか一つが当てはまるとスイッチが入るOR回路的なシステムと仮定する。「褒められる」「大会で優勝する」などの複数の項目の内どれか一つ当てはまれば「嬉しい」という感情が生まれる、という訳だ。
そして、この「様々な行為」といった物は個人によって違いが生じているものだと仮定する。人によっては「褒められる」事を純粋に「嬉しい」と感じる事がない人もいる。この場合、回路の元となるスイッチは違うという事になる。
喜怒哀楽などの感情はこういったOR回路的なシステムで構築されているだろう。
では、更に複雑な感情。例えば「好き」という感情について。これは「嬉しい」や「楽しい」等の単純な感情を複数同時に当てはまるとスイッチが入るAND回路的なシステムではないだろうか。もちろん、「顔がタイプ」といった感情から起因しない「好き」もある訳だが、それは前述した「人によってスイッチが違う」といった部分で同じだろう。
この「スイッチ」はどういう風に決められているのか。根幹を突き詰めればDNAになると仮定する。遺伝情報の中にある程度のベースが組み込まれており、その後の「環境」なり「経験」によって回路図が組まれていく。と仮定したら自然と納得出来ないだろうか。
こんな風に、支離滅裂ではありますが、感情という概念をプログラムとして考察してみた。私の推測では「感情」は、それぞれマスターキーの存在しない鍵穴的な感じにはなるが、今後新たな発見でマスターキーの存在を考えうる事が出来るのなら、この仮説はかなり進歩するのではないか、と今は考えている。
以上。私は情報学や心理学などは専攻しておらず、ほぼ思いつきで書いているので、有識者からの様々な意見を伺いたい。そうでなくても質疑や反論があれば、考察を昇華させる材料となりうるので忌憚なき意見を募集しております。
