幼い頃に、父が寝物語で教えてくれた昔話に
「カネランと熊」
というのがあって、40年たった今では内容の記憶も、まるで線香の細い煙のように消え去ってしまっている。

タイトルからして、どうやらアイヌの民話のようだった。
ずいぶん面白い話であった気がするが。


先日、その話を古稀の父にすると
「実は俺も、幼い時分に寺の幻灯会で鑑ただけだから、詳しくは覚えてない」
と前置きし、ストーリーをつぶさに語った。


要するに

雪の中、狩りをしていたカネランが、ある日一頭の母熊を撃った。
しかし、残された子熊を不憫に思い、家に連れ帰って育てる。
やがて熊は大きくなり、村人たちに怖がられるようになったので、カネランは仕方なく熊を山に返す。

数年後、狩りの途中に山火事に巻き込まれたカネラン。逃げ場を失ったその時、目の前に黒い影が近づいて…


いわば、熊の恩返しの物語。


正確な出展を知りたくなり、色々調べると
「カネランと子熊
というのが正しいタイトルで、「北海道児童文学全集2」に収録されている。

これは札幌市最大の中央図書館で探す一手。


果たして件の書はあった。
驚いた事に、父の語ったストーリーは細部まで正しかった。

…恐るべき記憶力である。

思うに、モノの少なかった昔の貧しい農家の子供たちにとって、ごく稀に村にやってくる幻灯や紙芝居といった、数少ない娯楽の記憶は鮮烈だったのだろう。


この一連の事を、今度は母に報告した。
すると母はこんな事を言った。

「まったくくだらない事はよく覚えてるねぇ。
お父さんはね、幼いころロクに本も読まなかった人だから、数少ない物語はしっかり覚えてるのサ」



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