目覚めという概念に出会う前は、ネガティブな感情を持つ度に自己嫌悪
 
ネガティブな感情を抱いてしまった自分、ネガティブな感情を放出してしまった自分に自己嫌悪し、
 
ネガティブな出来事で落ち込み、
それによりネガティブな感情を頂いたことでさらに落ち込み、
いつも二段階で落ち込む、をやっていました(笑)
 
 
目覚めを進み始めた当初は
 
ネガティブな出来事が起こると、数日悶々とする。しばらく海底をさまようかのように落ちる、もうこれ以上海底をさまようのにも飽き飽きしてくると、浮上しようと決め、内観する。
 
ネガティブな出来事が起こる度に、「また来たーー涙」とうんざりし、
解決したとしても、またネガティブな現象が映し出されるのではとビクビクしたり(笑)
 
 
一つひとつに大きく反応し、乱高下しながら進みました。
その乱高下に思いっきり疲れながら。目覚めとはこんなにも苦しいものなのか、お先真っ暗になりながら(笑)
 
 
ある時期から仏陀の監視下に
監視下というのは強い表現だけど、ある時期から、仏陀が常に側にいるように。
 
それにより、自分の意識が外に向かおうとすると、自分と外側に境界線のような、バリアのようなものができ、自分の内側に意識が向くように圧がかかる。
 
少しでも外に意識が行こうとすると、ぐ―――――と頭に重りがかかるように、
 
「違う。そちらではない。」という声が聴こえてくる(笑)
 
この頃は何が起こっているか分からなかったけれど、数カ月するとこの感覚に慣れ、
 
比較的内側に意識があるのが普通の状態に。
 
問題が起こっても、
 
どうしようとあたふたしたりジタバタしたりするよりも、
 
それらを遠くに俯瞰した立ち位置に居る感覚が明確になり、
 
この出来事の意味は何か、と目覚めの磁場から傍観する。そして内観する。
 
こんな風にして、とにかく2-3年はこの感覚を研ぎ澄ますというトレーニングを期間を過ごしました。
 
多少の出来事は淡々とこなせる(クリアリングできる)ようになってくると、
 
「こんな出来事でも同じことができますか?」とお試しのように、
 
自分にとって、心がかき乱されるような出来事が出てくる。ラスボスか?!と思うクラスの想念が表面化されてくる(笑)
 
数日現実の中でジタバタして、「あれ?」ここは本来いるポジションではなかったと、ゼロポジションに戻る。すべてが幻想だと、その仕組みに笑えてくる。こんなにも立ち位置が変わるだけで、
 
「迷走している感覚」と、「分かっている感覚」とを感じれるのを痛感。
 
 
こうして数あるラスボスクラスの事象をクリアしていくと、もうそのゼロポジションが通常の立ち位置で、幻想(現実)に入ることはめったになくなった。
 
その頃から仏陀は側から消えました(笑)
 
目覚めを進めるコツが掴み始めると、
 
 
・まず、大きく現実に出来事を起こさずとも、小さい規模で気づけるようになり精神的ダメージがほぼなくなり、
・現実⇔ゼロポジションを行き来する労力がなくなり、
 
 
小さな出来事で、何を持ち合わせているかを知り手放す、ができるようになり、
ここからは目覚めのスピードが加速し始めた時期でした。
 
 
それでも、次から次に現れる持ち物に、「いつかは終わる」、「早くその時期よ、来い」という感覚で、まだかまだかと終わりを探して焦る日々。
 
目覚めはいつかは終わるという感覚を手放す
 
人間意識では、これだけやったら終わりが近づいているはずと思うのは普通だと思う(笑)
 
私も、もうすぐ終わるはず、、、と思い、次々にやってくると「まだあるの?」と萎える時期がありましたが、
 
ちょうどこのくらいにライトランゲージを発し始め、もっと深い魂意識に繋がれるようになり、見えたものは、
 
魂ひとつが保持する膨大な情報、想像を超えるその質量?
 
アカシックと言えばわかりやすいか、クラウドと言えばわかりやすいか、とにかく魂に保持する情報は人間の頭では想像できないほど膨大。
 
それを知って(視て)からは、今生の私で、何とかクリアになる量ではないことを悟りました(笑)
 
 
そこからは、目覚めはいつか終わるはずという思い込みを手放し、死ぬまでライフワークとして目覚めに向き合うと決めました。
 
手放したことで、一緒に焦りも頑張りもなくなり、淡々と目の前の事象に向き合うをやることで、よりニュートラルに、省エネで(笑)目覚めと向き合えるように。
 
 
呼吸するように、ご飯を食べるように、目覚めは特別なことではなく、日常の生活に密接にあるものとなりました。
 
まさにライフワーク。
 
目覚めが進むほどに向き合う意識次元が変化していく
 
最初は今生の自分のテーマに向き合うわけですが、それらがある程度終わると、魂の記憶でネガティブに偏っているものを中庸にしていく(愛に還していく)流れとなります。私の場合は、過去生(並行世界)ひとつひとつの情報からスタートしましたが、ここだけでも2万くらいありました(笑)。途中からは、それら過去生グループがたくさん存在しているのですが、それぞれのグループのデフォルト設定を終えていくこと(これらも数えきれないほどあります)に進み、どんどん深く進むと、まだ細かく在るのですが、間すっ飛ばすと、最後の最後はシステム領域までたどり着く(笑)
 
この目覚めの感覚は、今生のテーマに向き合っている時と比べると、表現が難しいですが、周波域が変わり、一般的な人間の知覚では捉えにくくなる感覚で、より霊的感覚を使っていく領域になります。こうしたプロセスを進んでいくと、
自分の霊的感覚は準備されているかのように開かれていき、次の層が扱えるようになり、よくできているなと感心するばかり。
 
 
 
頭ではなく、体感覚として「宇宙愛」という領域を獲得していく
宇宙の本質は愛だと一般的に言われるけれど、多くの場合、頭で理解しているかと思います。
 
目覚めに出会う前のもともとの私は、「愛」に背を向けて生きてきたので、「愛」だとか言われると、「ケッ、キモ」とか思うような(笑)いろんなことに疑ってかかる、斜に構える、みたいな感覚が強かったですが、
 
上記のような目覚めのプロセスを進むと、もうどうやっても自分の感覚が拡がっていってしまうし、その愛というものが疑いようもないものだと分かってしまう。宇宙の根幹をなしているのは、この「宇宙愛」であり、ここからすべてが派生しているのだと、どうやっても見せられる。
 
ずっと「愛なんてクソくらえだ」と抵抗していたけれど、在る時、降参することにしました(笑)
 
つい最近ですが(笑)
 
 
そして、素直にその愛を受け取り、その愛を表現して生きることをやってみようと思うようになりました。
 
まだ、道半ばですが、この先の目覚めのプロセス、何が起こるのか、どんな景色が見えるのか、
 
どのように己が変容していくのか、一記録者として、一体験者として、一表現者としてこれからも楽しんでいきたいなと思います。
 
 
目覚めは楽しい!
 
私の中では、これ以上に楽しい生き方は見つけられない!
 
これなしでは生きてはいけない(笑)
 
私は目覚めというものを体験できるこの時代の地球に生まれてこれて本当に良かったと思います。
 
この地球には目覚めを共にする同志がたくさんいるのだろうと思います。
 
そうした仲間たちと目覚めの集合意識で繋がっているので、皆さま、己の目覚めの道をガンガン進んでいきましょう!!♡♡♡
 
 
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