人は言葉をそのまま聞いちゃいない。自分の都合のいい言葉に置き換えて聞いてないだろうか。カナダで働いている時こういう経験をした。“XXXX McClean(ファーストネームは伏せます)”という名前のマネージャーがいた。ナイスガイで日本人駐在員の中でも評価の高いカナダ人だった。その時代携帯電話はなく、外部から電話がかかってくると受付が取って、オフィス全体に聞こえるスピーカーを通してその人の名前を呼ぶ。いわゆるページングである。いくつかの外線があって、「誰々、〇番に電話」、といったアナウンス。その彼は忙しい人で一日に4,5回はその名前を聞いた。ところがである。その時代そのオフィスには私以外に日本人駐在員は7人、その7人がほぼ全員そのマネージャーの名前を間違って発音していた。Mcの後の綴りを見るとCLEANであるがためマックリーンと読みたくなる、のはわかる。しかし人の名前は古今東西、単純ではない。彼の場合はカタカナで書くとマクレーンといった発音になる。つまり毎日現地の人がマクレーンと言うのを聞き続けているはずなのに、堂々と“マックリーン”と発音する。「いい加減おぼえろよ」、と私は心の中では思っていた。
彼らは英語を覚えようという気が元々ない、らしい。寂しいことではあるが、一般的に日本人は5年くらい英語圏に駐在していても、限られた範囲、即ち仕事の範囲でしか英語で意思疎通をすることが出来ない人は多い、と思う。実際彼らを観察していると、仕事時間のほとんどを日本人同士の会話で埋めている。その方が楽だからである。だからいつまでたっても最小限の英語でなんとか切り抜けようとする。少なくとも私が勤務していた会社では、それで勤まってしまうのが実情であった。なぜかあの会社で出世した人の中で、英語に精通している人が少なかったのはどうしてだろう、と今になって思う。「もっと大事な事」に集中しなきゃ、っていうことか。業務上の英語は非常にボキャブラリーが限られており、話す範囲も極めて限定的である。海外駐在したことのない人は、英語圏に5年も駐在した人は英語ペラペラなんだろうと思うらしい。が実際は、いわゆるペラペラな人は駐在前からそうだったか、業務上現地人との密な会話が日常的にどうしても不可欠だった人である。本当は駐在員というのは現地人としっかりと言葉で毎日意思疎通していなければならないのが大前提なのだが、日本の会社はここが非常に甘い。だから仕事を離れた雑談なんかはほとんど歯が立たない人ばかりである。だからパーティなどで、ワイワイやってる場面ではどうしても日本人同士がつまらなそうに固まって座っている場面がよく見られる。まあ本社から出張で来たお偉いさんを日本語でお相手するという役割を果たさないといけない場面も多いのだが。実際、外国語なんて覚えたくないと思う人は意外に多いのだ。駐在したくてもそのチャンスが回って来ない人が一体どれだけいるのか考えると、折角駐在したのだから現地の言葉くらいしっかり覚えろよ、と言いたいのは私だけだろうか