コーヒーブレイク | 解脱

コーヒーブレイク

紙コップのコーヒーやらココアが出す自販機で俺は「コロンビア」を選択した。「コロンビア」はその自販機では一番値段が高かった。給料日前で財布の中身は残り400円およびいくらかの一円と五円にもかかわらず、俺は南米の香りがたまらなく恋しくなってしまったのだ。給料日前なれば、帰りにカップ麺を購入する俺や、昼食にしかめっつらでカップ焼きそばを食っている俺をストーカーどもは見る事が出来るだろう。はたして「コロンビア」はカップ麺およびカップ焼きそばよりも値が張った。俺は南米の雰囲気を楽しむべくコロンビーに口を付けたが、頭に強烈に浮かんできたのは昔良く飲んでいたコーヒーと、それを飲んでいた日常であった。それどころかこの「コロンビア」は砂糖の配分までまるっきりそっくりに思える。窓からやわらかな日差しが差し込んでいる中、満足いくまで眠って起きた俺は掃除の行き届いたキッチンから緩い動作でコーヒーパックを取り出し、清潔なポットから、清潔なカップ、それも少し値の張るもの、に湯を注ぐ。そして砂糖を少々落とし、五階からの景色を眺めながら、今日はどこに出かけるか、これからどうするか、といった事を考える。もうすぐ友人が「アキバへ向かうからお前も来い」といった内容のメールを寄越すだろうし、こちらから連絡しても良い。または一人で横浜に行って海を眺めても良いし、近くの図書館に行って本を探すのもよい。まあ何でもしたい事をすれば良い。明日もあさってもこの日々が続くのだから。そしてその日はアキバで、友人とフィギュアを舐めるようにねめつけ回し、エロゲのパッケージに囲まれ、同人誌の臭いを嗅ぎ、メイド喫茶で酒を入れ、酔っ払って帰る。帰った後はネット、ゲーム。朝方寝る。そしてまた「コロンビア」……。柔らかい日差し……コーヒーのいい香り……そしてまだ一日は終わっていないという高揚感……。

ハッと我に帰ると、一本電車が過ぎていた。俺は二口目のコロンビーを飲んだ。もう冷めかかっている。するとまた強烈な映像が頭に浮かんできた。この冷めかかった味は……エロゲに熱中していた時の味だ。アレは車輪だったか、家計だったか。秋口なら車輪だ。冬ならef。真冬ならクロスチャンネル。夏場だったらつよきすかこんにゃくだ……。俺は再び妄想に入っていった。

我に帰る。電車はさらに一本過ぎ去り、俺は結構長い時間妄想していたことに気が付いた。コロンビーはまだ半分残っているが冷え切ってしまっている。俺は三口目で一気にコロンビを飲み下した。するとまたしても強烈なイメージが頭に沸きあがった。これは……冬に金がなくてずっと部屋に篭っていた時の味だ。暖房器具もぶっ壊れていたっけ……。

「……」

妄想がダーティな思い出に変わって行くにつれ、俺は現実へと引き戻された。こんなもんだ。俺は最終電車に乗り込んで、目を閉じたまま動かなくなった。頭の中では、しっけて固まったインスタントコーヒーとぬるぬるのコップ、カルキ臭い水が組み合わさった汚水のような液体を飲み続けている現在の日常生活が、これまでの妄想のつけの様に強烈に浮かび上がってきていた。