本山の奴隷
電車を乗り継ぎ、目的の駅につくと、かすかに線香の匂いがした。改札を通るとき、ちょうど目の前を僧侶が横切っていった。「奴に違いない」そう思った俺は背後から近づき声をかける。奴に会うのは実に四ヶ月ぶりである。秋葉原ではなく神奈川のはずれではあったが。
俺は奴の話を聞くためジャンクフードの店へと入った。奴の一声はこうだった。
「キチー」
一服つける僧侶D。
僧侶Dはさらに驚くべき修行の実態を語り始めた。
座りすぎて足にばい菌が入ってくたばる危険性があるため、姿勢を直すと蹴られる。その時言われる言葉は「テメー何動いてんだ」である。そのためこの「座り」と呼ばれる行為は恐怖の象徴とされている。実際入院したまま下山扱いの者もいる。
そして驚くべくは奴の給与である。日給二百円。時給ではない。日給である。たまに指を切り落としそうになりながら一日中野菜を切るには少なすぎる。もちろん休日など無い。毎日12時間労働である。睡眠時間は六時間。奴はマダ恵まれている方で、睡眠時間2.5時間の部署もある。昔は死人が出たらしいが、今は入院どまり、という所らしい。
そして驚くべき「誤爆」が挙げられる。奴は入山一日目にして「座り」の「誤爆」を受けた。そして座っているとき言われた言葉がこうである。
「テメーなんでここにいる」
合掌した腕を殴られながら奴は「わかりません!」と言う。当然だ。こいつは何もしてないのに名前を呼ばれたのだから。
しかし高僧は
「わからねえってなんだあ?なめてんのか?」
とDの腕を殴りながらキレる。Dは
「いいえ!」と叫ぶ。
「テメーのMAX声はそんなもんか」といびる。奴はさらに声を張り上げ「いいえ!!」と叫ぶ。(ここは「MAX声」と言う単語に注目である。立派なお山語らしい。他にご飯山盛りの茶碗を「ドラゴンボール」と呼ぶらしい)
そんなフルメタルジャケット的世界観の下、Dは四ヶ月過ごした。
僧侶Dは腐れていた。全体を覆うニヒリズム。以前はモラルに煩かった奴も、余裕が消え去り、合理性を優先するようになる。
Dは「くそくらえ」という雰囲気を身にまとい不信感満ち満ちたる濁りきった瞳で俺を見据えながら言葉に静かな怒気をはらませつつ言い放った。
「てめえ週休二日とか舐めた事言ってんじゃねーぞ」
さらに急に目を潤ませながら言った。
「実家に帰った夢を見て泣いたんだ……早く下山したい……」
Q:心理カウンセラーとかいるって聞いたけど?
A:いる。でもお山で一番偉い人。相談できるかクソ。
Q:実態について何か情報はなかったの?
A:何も。せいぜい太って帰ってくるって事くらいだクソ。キチー。
Q:なんで太る?
A:食いたくないのに食わなきゃならん。残せないからな。もらい物も全部消化せねばならん。拷問だぞクソ。
Q:一番情けなかった事は?
A:蚊に頭を吸われた事。蚊、プンプン。クソ。
Q:最後に。今現在の希望を聞きます。
A:一日でもいいから一日中寝ていたい。月一でもいいから休みをくれ。
その日は棚経だったため奴は民家を回って経をあげなければならなかった。「お車代」を貰っても全て本山に上納しなければならない。俺は物凄くかわいそうになったため、ついて周る事にした。話相手がいるだけでも幾分楽だろう。
だがなぜか途中、連絡が途絶え公園で寝る羽目に。良い大人が平日に公園で寝てるとみんなジロジロ見てくるが知ったことか。
