五年生か、院という選択肢など無い場合
皆さんには残されたわずかな時間が削られゆくのをリアルに感じながら日々をすごした経験があるだろうか?該当するとすれば、末期ガン患者あたりだろうか。しかしもう一つ忘れてはならないのが、年を越して二ヶ月経ったあたりの大学四年生である。
こいつらが感じる焦燥感は末期ガン患者と似ている(ように思える)。限りあるモラトリアムの終焉がリアルに近づいてきており、、嫌でも現実を見ねばならん。別に、社会に出るのが怖いわけではない。いや、少しは怖かった。ただ、、みんな誰しも恵まれた生活を手放したくないだろう?手に入れたものを失うのは、最初から無いのよりも数倍きつい。
友人Tは、日が経つにつれアキバに通う頻度が増加し始め、末期には毎日通っていた(俺ももちろんそれに付き合った)。奴は出発が俺よりも三週間ほど早かった。最後の日、俺達は徹夜で町をぶらついた後、奴とシーソーに乗りながら、今思い出せないほどつまらない話題について「俺はこう思うけど」「そうかもしれんが俺はこう思うね」的な会話をしていたように思う。
いつもならばそこらでちょっとムキになって論破にかかるわけだが、俺は口をつぐんだ。奴の出発までもう何時間も無いのにこんな詰まらん事で時間をつぶせるかって。
しばらく揺られていた俺達だったが、会話は無い。ただ、俺は奴の気持ちが良くわかっていたし、奴も俺の気持ちをわかっていたように思う。それゆえ悪い気はしなかった。会話は、最も効率の良いコミュニケーションの手段だろうが、ここまで来ると虚しさを助長する。あのままいつまでも揺られているのは苦悩の無間地獄だけど。いつまでも揺られたいと。最良の時間ではなかったがね。
その後コロボックルでタバコをすいながら、奴は精神的な痛みに満ちた顔で俺と話をした。内容はアニメやゲームの話でもなんでもなかったように思える。いざと言うとき、娯楽的話題は、なりを潜める。そして昔話などの懐古的話題に取って代わる。正直俺は体力的限界を感じていたが、奴が逝く時までは一緒にいようと思った。そして奴は去って行った。最後まで見送った。俺にとってもすぐ先の未来。どうだろう、まるで末期患者が末期患者を看取り、老人が老人を看取るようだろう。これは真に痛みを共有できる人間にしかできないのかもしれない。しかし俺を看取ってくれる奴はもういない。いや、俺は送り出しただけでも満足だ。俺は働かないと食って行けないから俺のやり方でやるしかない。
そしていまや週に二回は秋葉原に行かなければならないという強迫観念を得た俺は何も買うものがなくてもうろつく。時にはうろつくだけのために行く。有益な休日の過ごし方とは言えないだろう。小説を書く事も出来るし曲を録る事も出来るがあえて外をうろつく。この強迫観念から解放されてはじめて俺は大丈夫になるのだろう。でもまだ大丈夫じゃない。もういくばくかうろつく日々が続く。大丈夫になりたいと思うが大丈夫になりたくないとも思う。いつまでもこんな無益な事をやるのは馬鹿げていると思うがなかなか心の問題は難しい。もう少しだけ待ってくれないだろうか。俺はまだそちらには行く気分ではないのよ、社会さん。