脱オタについてのパンクとオタの関連
脱オタ、それはできるものなのか?心の中ではこのままではマズイ、と感じていても、どうしてもギャルゲーやフィギュアを買うのがやめられない、というのが今の私であるが、高校生の頃、一度脱オタしかかったことがある。楽器が出来るのはその時の産物である。その頃私はミリタリーマニアで美少女ゲームとはなんら関係を持っていなかった。私は何か新しい事を始めよう、と思い、吹奏楽部に入部しそこでガッツリと弦楽器の基礎を叩き込まれ、なぜかミリタリーマニアではなくなっていた。女も作らずただひたすら楽器だけやっていたため、私はギター暦が三年の友人に腕前に、ギターを買って三ヶ月で並んでしまった。(もちろんそんなに上手い話ではなく、その前にベースを二年程やっていたのだが。)その後もギターばかり弾いていたので、もうギターだけあればいいや、という感じになっていた。しかしその時、危機が訪れる。生活費である。親父と同居していた私は、ある日、家賃以外の費用全ての供給を断たれ、バイトをやらなくてはならなくなった。そして高校の時やってたとこでいいや。と安易にバイトを決めそこから一年、学校のない日は働き詰めだった。しかしそこでまた転機が訪れる。母親の移住である。母親が我々の住まいに引っ越してきたため、親父の無駄遣い、女遊び、などが抑制され、さらに家事全般がフリーになる。そこで私は初めて貯金なるものをする事ができた。しかしまた転機が訪れる。目の手術である。そしてその手術のおかげで半年は仕事に就けなくなった私は、貯金を全部使い切ってしまう。何に使ったか?美少女ゲームである。時間が腐るほどできた割りに働けない私は外にも一週間出れず、暇で暇でくたばりそうろうだった。ある日、パンピーの友人がアキバに行こうと誘ってきた。用事はDVDの購入、メイドカフェ、ぐらいだったが、たまに行っても良いだろうと、足を運んだ。しかし友人はリバティーの美少女フィギュアコーナーへとまっすぐに向かった。私は「何やってんだあいつは」くらいにしか思わなかったが、暇なのでとりあえず戦車でもみていた。ノスタルジーに浸っていた私は、美少女フィギュアなんて意味が分からんよ、と思っていた。帰りに渋谷のマックで、購入したフィギュアを眺めていた彼は、高校生に軽蔑の眼で見られていた。自宅に帰っても暇で暇で仕方なかった私は渋谷で服を見ようと彼を誘ったが、「今やらなきゃいけない事がたくさんある」との事で家から一歩も出ようとしなかった。なにがそいつをそこまで自宅に釘付けにしているのか?と興味をもった私は、そいつの家へと向かった。そこは実にマッディであった。フィギュアが林立し、サイン入りステッカーが吊るされ、32インチ画面にはちょうど録画したアニメが流れていた。彼の口ピアスの穴は塞がり、ギターは捨て置かれ、CDはベッドの下へと追いやられ、代わりに漫画やラノベがガッツリであった。私は、新たなバンドへと彼を誘おうとしていたのだが、一目にして不可能だという事を読み取った。彼は、「ハルヒ」「フェイト」「ひぐらし」「よしながさん家のガーゴイル」といった理解不能な言語を操り、目をらんらんと輝かせていた。そのピュアな初期衝動からくる熱意を少しでも美しいと感じてしまった私は、彼の薦める「ひぐらし」なるものを借りてしまった。そこから先は、彼との同化の道である。「萌え」の概念を完全に理解してしまった私は、ギャルゲーなるものに手を染め、彼に逆輸入する形で伝えていった。そうして相互に影響しあい、ライト層であった二人は、立派なオタと化した。なぜ脱オタはできなかったか?グリーンデイのヴォーカルはこう言った。「一度パンクになった人間はずっとパンクだ。」これを「一度オタになった人間はずっとオタだ。」と置き換えれば、パンクとオタクの共通点が見える。つまり、脱オタは、不可能、と言う事である。