秋葉原の隣は御茶ノ水
バンド練習が練習と言えるものではなくなってきていた。遅刻は当たり前、ビアーを飲みながら酔いどれギターヴォーカルをしている俺。俺が原因なのか。そこで1985年からしらふではないことに気がついた。私は勝手に脳内でアルコールを精製するため、いつでも酔いどれていた。だから免許も取れないのである。もう少しで脳内麻薬を精製できそうだ。精製した暁には人間を退職しているだろう。それが怖い。しかし自分では気が付かないのであればそれは幸せだ。ある日ふと気が付くことが無ければ。無鉄砲に色々なモノに手を出しすぎたツケは今になって回ってきており、どうも人と話が合わない。同世代の人間は彼女でも必死で作っているのだろうか。みんながスノヴォにハマっているのだろうか。さしたる用事もなく下北や原宿をぶらつけるのか。みんな紫や緑のリーヴァイスを履いているのだろうか。ゴミのような古着にとんでもない値段が付いているのを疑問に思わないのか。しかしなぜBボーイはアキバにやってくるのか。そしてなぜドンキホーテの周りをうろついているのか。ドンキだったら渋谷にもあんだろーが!とキレそうになる。奴らは無駄に横幅が広いのでアキバの狭い道路上では邪魔で邪魔で。飲食店内でも同様で無駄に脚を開くため、隣のお客様に絶大な迷惑をかける。相撲取りなんであったら仕方ない。しかしBどもは意図してああいった所業にでているぽ。見れば中の人間は意外にヒョロい。あれらは現代アメリカ黒人のコスプレであると思えば気にならないかもしれない。レイヤーである。誰も写真は撮らんが。今度撮って見ようか、と思ったがまたキレさせるのは嫌なんでやめておく。同様にギャルっちい男もよく現れる。あれらは通行の妨げにはならんがドンキ周りをセンター街かなにかと勘違いしているぽ。ぜひ本当の目的地に到着できることを祈る。そうして俺はいつも通りソフマップや古河電気の最上階やあきばお~の地下やメイドさんが店員の喫茶店を周り時刻はあっという間に午後五時になっていた。連れはリバティーに行く事を提案し、私もフィギュアを舐めるように睨みつけたくなった所以、五階へ向かった。そうしてあの五階独特の石鹸臭い店内の香りを嗅ぎながらコミケとサマソニはどっちがより気に満ちているかを考えていた。コミケのエナジーは終了間際であっても凄いものであった。サマソニの比ではない。コミケには独特の浮遊感があり、会場全体がお互いを認め合い受け入れ合っているような感覚がある。とにかく、何が何だか分からないが楽しい。並ぶのでも何でも。凄まじい活気を感じた。一方のサマソニは不良ぶったガキが集まっているだけ、という印象だった。どうもお互いを軽んじているような悪意が常に感じられた。度胸のない不良がお互いを牽制し合っているかのようである。ハードコアやサイコビリーのライブに行こうものなら三分で泣きながら外に出てきそうな輩だ。客の拳がダイレクトにぶつかり合うのだ。あれらは。俺は二度と行かんが逆にスッキリする。お互い様なので険悪にもならない。痛いけど。そうしてリバティーを出た我々はUDXに初めて入った。あの、駅の近くにポツンと存在するエスカレーターが何なのか全く知らなかった我々はたまにはジャンキーな食事以外を所望して中へ入った。そこで腹を空かした連れはB型人間らしからぬ優柔不断っぷりを見せつけ、十数分後にようやくとあるカレー屋に入ることができた。そこで彼はカレールーにまつわるグロテスクな話をいきなり始め、平然とカレーをむさぼり食った。もちろん私もである。奴はクソを食いながらメシの話を出来るのだった。私は彼に放屁が止まったかを聞き、現在も三秒に一回の率で放屁をしていることを確認した。溜めて売れば石油王である。そして彼はバイトへと向かった。私は帰りながら、どうしていつからこんなオタクの真似事を始めたのかを考えていた。