そしてフロントマンは鬱病だったらしい。
次のスタジオ日、奴は曲を書いてきていた。どんなメタルかと早速聞いてみると、なんと2コード1リフだった。しかも遅かった。ヴォーカルは完全に気が抜けて腐った発泡酒のごとき腐臭を放っていた。ヤバイよこの人と関わらない方が良いよ、と私の頭の中の常識たる部分が激しく訴えかけたのだが、ほぼ全体を変態的な部分に侵食されていたため効果は薄かった。「いいねこれ。今まで聞いたこと無い感じがする。(ダメダメだけど。)」と俺は言った。奴は自信たっぷしで早速練習しようなどとぬかした。でもこれって練習なしでもいけそうじゃん・・・・と反論し、何とか普通のジャムセッションに持ち込むことが出来た。そして狭苦しいスタジオ内でやたらむさくるしい金髪ロンゲマッシヴ外人もどきと二時間の時を共に過ごした。疲れ果てた私はそのまま帰路につくつもりであったが彼はひどく腹をすかして腹ペコ状態にあった。その時彼は腹ペコキャラ認定されたのだった。腹ペコよろしくどっかのファミレスで高額メニューを食い散らかした彼は満足そうにねぐらに帰っていった。ちなみに無職で実家暮らしであったという。タバコもへヴィに吸っておった。あかん、このままだと単なるダメ人間の集まりや~、と思った我は早速次なる追加メンバーの募集を開始した。そして来たのは公務員であった。公務員は公務員らしく遅刻してやってきた。もちろん連絡もなしに。そしてハードコア、の募集にもかかわらずファンキーにベースを弾きやがった。「!!!!?????」おかしい。どうも変だ。最近は特に。・・・・・まあ、あなたが良いのならば、それで。と、もう投げやりになった俺はさらなるケイオスを生み出すべき専属ヴォーカルの募集をかけた。専属ヴォーカルは気づいたらバンド内に入り込んでいた。私も、いつ、彼がやってきたのか定かではないのだが、いつの間にかそこに存在した。彼はたしかベースのツテでやってきた人間であった。たいして喋らないのだが、シャイというわけでもない。Jポップを主に聞く。もう何も言わん。ヴォーカルでいいよ。もう。と、流され気味にバンドは完成した。RAWでブルータルな方向性はへヴィ路線へと変更され、何でもありのごちゃ混ぜエレクトロリ変態系バンドへと改竄された。そして難なく初ライヴが決まってしまった。何をやるのか?オリジナル曲は私が書いた意外にまともな230曲とマッシヴ金髪が書いた超絶的に変態な約4曲があった。私は苦労して曲をためてきたが、方向性が定まっていないために色々ありすぎて選別すら面倒であった。一方奴は知識皆無独特の原始的センスのみで妙な曲を作ってきた。それらは音楽理論に真っ向から対抗し、楽譜などというものに納めようものなら大変な騒ぎになるのだった。こうして私の230曲は完全に否定された。変則的かつ簡素な奴の曲はテクニックのみでテイストを加えた私の曲よりも相当なインパクトをもっていたのだ。私は色々な音楽を聴きすぎていたため型にはまった曲しか作れなかった。楽譜も難なく読めるので頭の中で譜分けをしてしまう。しかし奴は楽譜というもの自体知っているのか怪しい程、4/4小節内にリフを収めようとしなかった。時にそれは寸足らず、時にはみ出し7/8だのなんだの数えるのすらおぞましいテンポの曲をジャズミュージシャンばりに無自覚にして書いていた。天性のテンポポテンツである。略してテンポである。そして奴はその頃から歩くメトロノームと呼ばれるようになった。そしてライヴは五月に決まった。対バンはコピバンである。最初にしてはまずまずの出来か?コピバンは自らをカヴァーバンドと呼ぶことによりライヴハウスのコピー禁止令の網をかいくぐってきたらしい。ヌルいぜ。しかし我らのヴォーカルは私がギターヴォーカルを取る事となったので客相手の格闘専門となった。ガタイは素晴らしいので期待が持てる。しかし客ゼロも夢じゃない、と噂されているため、彼の出番はとても怪しくなってしまった。ファック!そしてどうにかこうにかバンドは続いていたのだった。