こんにちは![]()
masamiです。
なんや慣れへんわー、
やっぱしmarkoにしょうかなー
暑い日が続いて
夏かよー![]()
ですね。
少し涼しくなりましたけどね。
5月9日土曜日
この日は
まだそこまで暑くなかったです。
かねてから、お参りしたかった
奈良の海龍王寺に向かいます。
駅からバスも出ていますが、
JR奈良駅から歩きました。

近鉄 新大宮駅付近に到着。
お腹すいたので先にお昼にします。
駅近くの『こん』っていう洋食屋さんに
入りました。
オムライスのセットにしたら、
山のような新鮮
シャシャキの
キャベツのサラダとスープ。
見た目地味ですが、
オムライス大きくて美味しかったです。
1300円
おじおじはハンバーグセット。
なつかしいビジュアル!
赤いウインナー、目玉焼き付きの
こちらも手作りの美味しさ。
1100円やったかな?
こわもて風のお兄さんが作られてて
接客のお兄さんもとても感じ良く
おすすめの居酒屋さん風洋食屋さんです。
さてさて、後もう一息歩きますか。
佐保川を横切り
歩道橋を超えて
到着!
トータルJR奈良駅から
徒歩30分くらいかな?
海龍王寺です。
すごく素敵な門構え。
去年の蝉の抜け殻が
かわいく
残ってた。
ここのお寺、すごく好きかもー
境内の方に抜ける小道も
両側の緑がきもちよいです。
5月
ご本尊の十一面観音菩薩様ご開帳
海龍王寺HPからお借りしました。
うつくし〜
お会いできて良かった![]()

こちらの文殊菩薩さまも
イケメンでお美しかったです。
海龍王寺HPからお借りしました。
卯年のわたしの守護仏さま
境内はそんなに広くはないですが、
心地よい風が吹いていて
とても清々しいです。
右が伏龍の松、左が昇龍の松。
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国宝の国内最小の五重の塔。
奈良時代に建立されたもので
現存するのはこれ一基のみ。
こちらの海龍王寺は、
もともと平城京の北東の、この位置に
飛鳥時代からお寺として
存在していたようです。
お寺は
土師氏から藤原不比等に渡り
不比等の娘である
光明皇后により伽藍が整えられました。
遣唐使、玄昉が帰国の途中
東シナ海で暴風雨に襲われた時、
『海龍王経』を
一心不乱に唱えたところ
急死に一生、無事に帰朝したことから
聖武天皇が『海龍王寺』と名づけました。
こちらのお守りがすてきでした。
海龍王
当初は角がなく
尾は細く
濁水に住んでいる
水霊とされているものが
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五百年を経て
蛟龍(みずき)となり、
角を生じ、鋭い爪が生え、
四足に迫力が生まれ、
竜巻を興してて天に昇る
あなたもわたしも
蛟龍のように時機を得たのです
さあ、
存分に活躍しなさい
近くの法華寺もお参りしました。
法華寺のあるこの場所は、もともと
光明皇后(光明子)が子どもの頃から
住み慣れた邸宅(父の藤原不比等の邸宅)
でした。
そこを皇后宮とし、その後、
宮寺に改められたのが法華寺です。
京都や奈良の観光地にあるお寺とは
少し趣が違って
静かな時が流れていました。
お庭も敷居が高い感じではなくて
なんだか可愛らしい
この建物は、光明皇后が、難病の人々を
介抱したというお風呂
『からふろ』
今で言うサウナのような蒸し風呂です。
こちらの井戸の清らかな水を
使っていたようです。
光明皇后って、スーパーウーマンだなー、
孤児院的なものも作ったり
聖武天皇とのパートナーシップも
すてきだなー。
大仏さんも国分寺も仏教も
光明皇后が聖武天皇に勧めた。
本堂で、ご本尊の十一面観音様は、
光明皇后のお姿らしいです。
ネットよりお借りしてます。↓
今はご開帳されてなくて
分身の観音様を拝みました。
腕がすごく長いのはなぜなんだろう?
人々をたくさん救うため?
暑くなってきたので
もう帰ろー。
歴史に疎いわたしは
家に帰ってから、いろいろ調べたけど
奈良時代もなかなか奥が深いです。
女の人は、政略結婚に利用されたり
そのために心身を壊したり
それでも自分の居場所を必死で探したり
今も昔も大変だな、生きるって。
急速に物事が動いて進むこの時期
わたし、何もできてないなーって
焦りがちですが
テレビで久しぶりに
バービーボーイズが、歌ってました。
『勇み足サミー』
そうだわ、勇み足
あせらず
全てが熟すまで待ちなさい
もうあなたは待つだけで
良いのですよ
その間、邪気や魔がやってくるかも
しれません
浄化と結界は忘れずにね。
いつでも
あなたのそばで
close to you
♡
marko
次は京都旅をお届けします。
























































