「そして最後に挙げられるのが、インドのヒンドゥー教の前身であるバラモン教です」
「シヴァ神、ブラフマー神、ヴィシュヌ神ですね」
「天・地・太陽・風・火などの自然神を崇拝し、カースト制の司祭階級が中心になっていました」
「教義はどのようなものだったのですか」
「あらゆる生物が、六道輪廻によって生まれ変わるとします」
「地獄道や餓鬼道とかいうものですね」
「そうです。人も死んでしまうとそれで終わりではなく、何かに生まれ変わるとされています。何になるのかは、現世の行いによって決まるようです」
「当時の僧侶たちが、そのような事を考え出したのでしょうか」
「そうだと思います。誰もが死に対する恐怖心を持っていたので、『死後、何かに生まれ変われるのであるから死を畏れるな』という慰めになったのでしょう」
「でも、その教義の真偽は、かなり疑わしいものですね。今までに『私の前世は何々だった』と言う人は、誰一人としていませんから」
「確かにその通りです。たとえ生まれ変わりがあるとしても、前世とは異なる意識を持った存在になるので、まったく意味がないことになります」
「そうですよね」
「それよりも、過酷な境遇であった奴隷階級が罪を犯さないようにするための戒めであったに違いありません」
「司祭階級や王族階級にとっては、都合の良い教義だったのですね」
「いや、上流階級だけだはなく、庶民階級にとっても有り難い教えであった筈です」
「平穏な庶民にとっても、悪人から危害を被るのは嫌ですものね」
「守るべきものがある人々は、混乱を嫌い秩序を求めます。また、運悪く病気になったり事故に遭ったりすることも畏れます。逆に、財を蓄えたり出世したりすることを望むものです」
「誰もがそう願いますよね」
「僧侶たちは、『神を信じればそれが叶う』と説法したのです。特に無学な庶民や奴隷は、何の疑いも持たなかったと思われます」
「後に『慈悲』を唱えた釈迦も、出家して僧侶になったようですが」
「王族であった釈迦は、29歳の時に人生の無常や苦脳を痛感して出家しますが、カースト制とバラモンの教義に疑問を抱いていたので、独自の教理を展開します」
「断食のような苦行の末に悟るのですね」
「『人には、免れない生・老・病・死という四苦がある。また、様々な煩悩があり、それに縛られるものである。それから解脱すれば真の安らぎを得る事が出来る』というのが釈迦の教えなのです」
「十大弟子の舎利弗なども釈迦に帰依しましたね」
「弟子たちは、悟りの境地に入った釈迦に対して強い信頼感を持っていたのでしょう」
「確かに教義は素晴らしいと思いますが、『釈迦は、母親の右脇から生まれ出て7歩あゆみ、右手を上に左手を下に向けて、「天上天下唯我独尊」と言った』というのは有り得ない話ですよね」
「おそらく弟子の誰かが、釈迦を神聖化するために作った逸話だと思いますよ」
「イエスも、『神によってマリアが身籠もったので神の子とされ、磔刑にされても三日で復活して大勢の人の前に現れた』という逸話がありますが、釈迦と同様に弟子達によって作られたものですか」
「そうだと思います。信者を増やすために考え出されたのでしょう」
「教義を普及させるためには、あの手この手ですね」
「どの宗教も似たような事をしていますが、世界中に広がった団体程それが顕著です」
「草場の陰で、苦虫を噛み潰している釈迦やイエスの顔が浮かんでくるようです」
「仏教においては、釈迦の死後、弟子達によって原始仏典や大乗仏典のような経典が編纂されています」
「口伝から写本になったのですね」
「経典はインドから中国に渡りましたが、その際に漢訳されました」
「鳩摩羅什や三蔵法師が尽力しましたね」
「中国本土への布教は、茨の道でした」
「迫害があったのですか」
「元来、中国には神仙思想の道教がありました」
「確か老子が始祖だったと思いますが、その信者たちに仕打ちを受けたのですね」
「はい。他国の宗教など認められないというのが理由でした。それでも、教義が優れていたので各地に普及します」
「仏教が国教になった時代もありましたものね」
「真言密教や禅宗も独自に発展して行き、中国における仏教は益々盛んになります」
「中国の庶民に仏教が浸透していったのですね」
「日本への伝来は538年もしくは552年とされていますが、仏教について見聞できたのは皇族や豪族の限られた人たちだけでした」
「中国と同じように異国の宗教ということで、すぐには認められなかったのでしょうか」
「仏教派の蘇我氏と神道派の物部氏の対立がありました」
「新しい宗教と既存の宗教の衝突ですね」
「その後、聖徳太子が各地に寺院を立てて仏教を広め、それぞれの時代の中で民衆に浸透していき、今に至っている訳です」
「仏教も様々な宗派が出て来て、どの教義が釈迦の本意なのか分からないですね」
小倉のその言葉に、山名が一瞬顔を曇らせた。
「実は、そこが問題なのです。どこも、『我が宗派が正当であり、他は不当である』と言い張ります」
「啀み合っているのですね」
「元は釈迦が悟った教義なのに、勝手な解釈をしてそれを吹聴しています」
「世に中には、釈迦の本意ではない教義が蔓延っているのですね」
「釈迦は、人間の本質を捉えました。人は、常に煩悩と闘いながら生きなければならないのだと諭しました。そして、どのようにすれば争いのない平和な世界にできるのかを唱えました」
「でも、ほとんどの宗教家がそれとは逆のことをしていますよね」
「エセ宗教家ばかりです」
「自分の思う通りにならないと、激高するタイプの坊さんもいるようですね」
「坊さんも様々です。色事や金品を好む罰当たりな売僧もいて、大きな社会問題になっています」
「その昔、京都の有名な寺の住職が、祇園界隈の芸妓を愛人にしていたようですね」
「檀家やお弟子さんたちも黙認していました」
「そんなことが罷り通る程、儲かっていたのですね」
「宗教法人が非課税になっていることも要因の一つです」
「一般企業と比べると優遇されていますね」
「お布施や入場料も同様で、その収益は仏さんではなく坊さんの懐に行くのです」
「それで、酒池肉林なのですね」
「放蕩の度が過ぎて、寺の土地を檀家に相談なく売りさばいたという事件もありました」
「煩悩の赴くままに、やりたい放題ですね」
「このような不祥事は、仏教界だけでなくキリスト教やイスラム教にもありました」
「聖職者が迷える子羊を毒牙にかけたという破廉恥な事件なんかもそうですよね」
「稀に表沙汰になった事件ですが、氷山の一角だと思いますよ」
「まるで羊の皮を被った狼ですね」
「聖職者としての信用がガタ落ちです」
「内部では、利害が絡んだトラブルもあったのでしょうね」
「総本山と対立し、それが原因で分裂した宗派もありました」
「聖典の解釈の相違で、複数の宗派に枝分かれた団体もありますものね」
「キリスト教では、正教会、カトリック、プロテスタントに分かれ、イスラム教では、スンナ派とシーア派に分離しました」
「イスラム教では、後継者争いから暗殺まで起こっていますね」
「考えられないことですが、事実です。残念ながら、このような殺戮は異なる宗教の対立にも見られます」
「キリスト教とイスラム教の争いですね」
「過去に、キリスト教徒による聖地エルサレム奪還のための十字軍遠征がありました」
「たくさんの人が、その戦争で亡くなったようですね」
「敵対心を剥き出しにして、『自分が信じる宗教が正教で、それ以外はすべて邪教である』と、お互いに言い合っていました」
「どちらも同じ旧約聖書を原点としているのに、なぜこんなことになったのでしょうか」
「それは、民族の違いが原因です。宗教というのは民族の繁栄のために存在するのであって、利益が相反すれば仇同士になってしまうのです」
「それぞれの利害関係によって、袂を分けるのですね」
「その通りです」
「世の中には、このような争い事が多いですね」
「更には、歴史上、キリスト教にとっては最大の汚点である『魔女狩り』がありました」
「一般市民を巻き込んだリンチですね」
「当時は、異端とされた宗教の信者だけでなく、呪術的な占い師たちも処刑の対象になっています」
「自分も殺されるのではないかと、疑心暗鬼になった人もいたでしょうね」
「直接手を下したのはカトリックの信者たちですが、上層部の思惑によって実行していたように思います」
「私的な恨みで魔女とされた人は、災難ですよね」
「どれもこれも、神の名の下に行われた悪事です」
「結果として、イエスの説く『博愛』に背いていますね」
「そうなります」
「イエスの教えより、邪悪な欲望の方を選ぶのですね」
「この世では、釈迦やイエスのような人は稀な存在です。みんな、それぞれの煩悩を持って生きています」
「煩悩を持ってはいけない宗教家でも、煩悩を剥き出しにしていますものね」
「宗教家とは名ばかりの独善的な人も結構います」
「今でも、信者を騙し続けている宗教団体がありますものね」
「一応宗教の看板は掲げていますが、その実態は営利目的だけの詐欺集団です」
「更に、宗教を政治に利用している団体もありますね」
「政権を取るために信者を増やすことしか頭にない団体です」
「信者からの寄付金で大きな会館をあちこちに建てているのに、信者が経済的に困窮しても自力で解決しろと突っぱねて、助けてくれませんね」
「『お題目をひたすら唱えれば、未来は自ずと開ける』としか言いません」
「勤行によって誰もが順風満帆になるなんて有り得ないことですね」
「大震災で亡くなった方の中には、布教活動に熱心な幹部もおられた筈です」
「そんな人は、決して良い人生とは言えませんね」
「その通りです。必ず使う常套の言葉に反しています」
「信者の幸福より、団体の発展の方が重要なのでしょうか」
「そうだと思いますよ。いずれ内部で揉めて、分裂していくに違いありません」
「誰が主導権を取るかという争いによってですね」
「そこには、海千山千の駆け引きがあるのです」
「もう、やることが無茶苦茶で、宗教家本来の姿ではありませんよね」
「でも、このような宗教団体はまだましな方です。背筋が凍るような過激な教祖がいましたね」
「何の罪もない人たちが、ばらまかれた毒ガスによって犠牲者になったあの事件の首謀者ですね」
「自ら解脱したと嘯き、マインド・コントロールによって信者を自在に操った極悪人です」
「酷い教祖でしたね」
「最悪の教祖です」
「捕まったとき、『弟子達が勝手にやったことであり、自分は一切関係ない』と言って、逃げようとしましたね」
「それを聞いた弟子達は、どのように思ったことでしょう」
「それでも、教祖を疑わずに信じようとした馬鹿な弟子もいたようですね」
「自分が選んだ宗教なので、その過ちを認めたくなかったのでしょう」
「まったくどうしようもない奴らですね」
小倉は、呆れかえった顔で遠くをぼんやりと見つめた。
「さて、ここでみなさんに考えて欲しいことが一つあります」
山名が、万を期したかのようにみんなに向けて質問をした。
「何でしょうか」
「皆さんは、我々人類にとって宗教は必要だと思いますか」
「まったく必要ないです。こんな争いの原因になる厄介なものは、なくなって欲しいです」
「いくら憲法が『信教の自由』を保障しようと、人を食い物にする宗教はいりません」
「私も同感です。クリスマスや初詣のような宗教的な行事は仕方がないですが、宗教そのものはいらないです」
「私も同じ考えです。山名先生はどう思われますか」
「これは非常に難しい問題であって、簡単に結論は出せません」
「宗教による禍が山ほどあってもですか」
「確かに『宗教は禍の元』と言っても過言ではありません。共産主義国や社会主義国などでは、『根本的な問題解決から逃避するための阿片のようなもの』としていて、認めてはいません」
「そうですよね」
「そのような考えの国々があるにも関わらず、神や仏に救いを求める人が後を絶たないのはどうしてでしょうか」
その事実に、3人の学生は言葉に詰まってしまった。
「世界を見渡すと、キリスト教は約20億人、イスラム教は約12億、ヒンドゥー教は約8億、仏教は約3億の信者がいると言われています」
「結構な数になりますね」
「日本では、元旦は神道、お盆は仏教、クリスマスはキリスト教と宗教に対してあまりこだわりを持たない人が多いようです」
「日本人より外国の人の方が、より強い信仰心を持っているのでしょうか」
「そうとも限りません。君たちは、年老いた女の人が祠に安置された地蔵菩薩に手を合わすのを見たことがありますか」
「地蔵さんですか。私はないです」
「私もないです」
「私は、祖父母が住んでいた田舎で一度見かけたことがあります」
普段は寡黙で大人しい印象の田中が、口を開いた。
「君は、田中君でしたね」
「はい」
「元来、地蔵菩薩というのは子どもの守り神であります。道祖神としても祀られていますが、何故、老婆が地蔵菩薩に手を合わせていたのかその理由が分かりますか」
「うーん。そうですね。『長生きしたい』という願いからですかね」
「いや、『大きな病気にかからないように』だと思うな」
田中の友人である木村が、自分の考えを述べてきた。
「『自分の子どもたちや孫たちが、無事でありますように』という思いかも」
田中や木村の女友だちである寺田も参加してきた。
「なるほど。そういう思いもあるのかも知れませんね。でも、私はこのように感じ取りました。それは、『いつか自分にお迎えが来た時、その先はどうなるのか不安で一杯です。もしあの世があるのなら、地獄ではなく極楽浄土をお願いします』という気持ちだったのではないでしょうか」
「老婆は、死に対する怖れと未知なる世界の不安感から菩薩を拝んでいたのですね」
田中が静かに呟いた。
「かなり老齢になった人は、間もなく死を迎えることを切実に感じますものね」
木村も田中と同じように頷いた。
「どんなに素晴らしい社会になっても、人は何某かの悩みを持ちます」
「失恋や何かに挫折した時には、死にたい程の苦しみがありますものね」
「また、不治の病になった人やその家族もそうです」
「老婆のように神や仏に縋ろうとするでしょうね」
「人生には、人の力ではどうすることもできない事があるのです」
「確かにそうですね」
「今、世界の人口は78億人を越えていますが、老若男女のすべてが強靱なメンタルを持っている訳ではありません」
「気の弱い人もたくさんいるでしょうね」
「そのような人が頼ってしまうのは、結局、宗教になってしまうのです」
「心の拠り所となる場所を求めてしまうのですね」
「同じ信仰をする者が集う所では、仲間がいるという安心感で心が休まるのでしょうね」
「平和を愛し、苦しむ人々に献身的な宗教なら良いのですが」
「汝の敵を愛さない宗教家ばかりで、貶されると執拗に攻撃します」
「心の隙間につけ込んで、知らぬ間に騙しています」
「詐欺紛いの悪事をして、暴利をむさぼるような宗教がほとんどです」
「そんな厄介な宗教なのに、結局はなくならないのですか」
「いや、今のような形の宗教は、いづれなくなると思いますよ」
「キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教がですか?」
「はい。いつか人類は、これら宗教の根本的な誤りに気づくことになるでしょう」
「神や仏を拝んだところで、自分の身に降りかかった災難がどうにもならないことにですね」
「そうです。そのことは、過去を振り返れば明白に分かります」
「固く信じていたのに、神や仏に見放された人々の事ですね」
「江戸時代に起こった島原の乱では、たくさんの犠牲者が出ました。改宗を拒み続け藩主の悪政に抗議していた領民たちが、無慈悲にも皆殺しになったのです」
「3万人を越えた殺戮でしたね。結局、領民たちの祈りが神に届かなかった訳ですね」
「仏の加護を願って起きた一向一揆も、酷い有り様でした。そんな悲惨な結果になった仏教絡みの事件が、山ほどあります」
「洗脳された信者が、自滅的な行動に出てしまった結果ですね」
「記憶に新しい9・11テロ事件も、洗脳されたハイジャック犯によるものです」
「過激派イスラームの信者でしたね。聖戦と称して、自らの命と共にたくさんの関わりのない人たちを犠牲にしています」
「今思っても、残虐な行為だったとしか言いようがありません」
「そうですね」
「元来、宗教とは、『人はどのような生き方をすればよいのか』を示唆してくれるものなのです。決して、神や仏を崇めて頼み事をするためのものではない筈です」
「実態のない神や仏に祈っても、救ってはくれないですからね」
「それでもどうにもならない場合は、神や仏の存在を信じて頼ってしまうものなのです」
「『信じる者は救われる』ですか」
「確かに、信仰によって改心したり救われたりした人がいるのは否定できません」
「それが宗教本来の存在意義ですね」
「奴隷になって非人間的な扱いをされた人たちも、心の拠り所にしたのはやはり信仰だったと思います」
「どうにもならない苦しみを聖職者に打ち明けて、気を紛らわせたのですね」
「聖職者の中には、その声を親身に聞いてくれる人もいた筈です。特に無学な人たちにとっては頼れる先生であり、人生の良き理解者だったのです」
「今ではその役割をあまり果たしていませんね」
「ほとんどの人が最低限度の教育を受けているので、その必要がなくなったからです」
「宗教家が尊ばれるのは、教会やお寺で聖書や経典の解説を聞く時ぐらいですかね」
「一般の人よりは、教義についての知識が豊富ですからね」
「旧約聖書や新約聖書の内容を理解するのは、生半可な気持ちでは無理ですね」
「原書はヘブライ語、ギリシャ語、ラテン語なので難しいです」
「英語に訳されていても、何を意味しているのか分からない教義が多いですね」
「その教義の中には、到底実行不可能であろうと思われるものもあります」
「それはどのようなことですか」
「博愛を説いたイエスは、『もし右の頬を打たれたら、左の頬を差し出しなさい』としました。その真意は、『やられてもやりかえしてはいけない』ということです。しかしながら、世の中は物の道理が分かる人ばかりではないのです」
「敵を愛するどころか、平気で味方を殺す人もいますからね」
「もし治安を守る警察がいなかったら、やりたい放題の世の中になっている筈です」
「イエスの言葉はあくまでも理想であって、現実的ではないということですね」
「仮に老若男女、すべての人がイエスのようになったとしても、命には限りがあります。次に生まれてくる人たちが同じであるとは断言できないのです」
「確かにそうですね」
「同様に、イスラム教の教義の中にも改めなければならない点がいくつかあります」
「女性に対する差別ですね」
「女性への人権侵害は、世界中で非難されています」
「一夫多妻や教育問題などは、女性にとって不利な教義と言えますね」
「イスラム教徒は、『女性に学問は必要なく、子どもを生んで家事だけをすればよい』と思っているのです」
「まるで、封建時代の日本のようですね」
「権力者は、自分にとって都合の良いルールを作ります。イスラムでは、昔の日本の皇族や大名のようにたくさんの側室を持っているのです」
「自分の子孫を残すためだけでなく、女性を取っ替え引っ替えする好色な権力者もいるでしょうね」
「男にそのような特権があっても、女性がそうすることは許されませんでした」
「理不尽ですね」
「どんな理由があるにしても、差別はいけません」
「そんな不条理な教義が、現代でも認められているのは納得できませんね」
「そういう意味では、釈迦の方がまだ理にかなっています」
「人は必ず煩悩を持つということですね」
「そうです。どのような人でも、必ず煩悩を持ちます」
「それが人の本能なのですね」
「他人と比較されて、優越感や劣等感、妬みや嫉妬を感じない人などいません。それが原因で、時には醜い争いも起こります」







