宗教の起源
「山名先生、世界中に様々な宗教が存在しますが、その成り立ちというのはどのようなものだったのでしょうか」
ゼミに参加している学生たちの中でも、特に研究熱心な小倉が質問をした。
「そうですね。宗教の始まりというのは、それぞれの国や地域によって多少異なりますが、共通している部分があります」
「それは、どのようなことですか」
「アニミズムです。所謂、自然崇拝です」
「山の神や海の神の類ですね」
「自然は我々人類に恵みを与えるだけでなく、時には脅威をもたらす存在となります。山の神が怒れば噴火になって、海の神が怒れば津波になるのです」
「自然にも意識があると思われたのですね」
「人々は、大雨が降る時は洪水にならないように、干ばつの時は雨が降るようにと、天の神に祈りました」
「只々祈った訳ですね」
「災害などの原因が科学的に分かっていない時代でしたので、そうするしか手立てがなかったのです」
「『畏敬の念を持たないと、神々がお怒りになって天罰が下る』と、誰かが言い出したのでしょうか」
「それは、シャーマンと呼ばれた人たちです。自然の神と交信して、啓示を伝える役割を担っていました」
「実際に、そんな能力を持つ人がいたのですか」
「人もそれぞれです。容姿だけでなく、潜在能力も異なります。特殊な能力を持ち、『明日は地震が来る』と簡単に言い当ててしまうような霊感を持った人もいたようです」
「動物的な第六感ですか」
「文明が未発展な時代においては、そのような人が重宝されました。特に顕著な能力の持ち主の人が、シャーマンになったのです」
「今で言うと、霊媒師ですか」
「そうです。神のお告げを伝えるだけでなく、祈祷もしていたので特別な地位であったと思われます」
「民衆はその言葉を疑わずに、ひたすら信じたのですね」
「はい。聖なる神からの言葉ですからね。それでも、実際には胡散臭いシャーマンがほとんどであったと思いますよ」
「インチキな占い師は、予想が外れた時には自分の都合の良いように言い訳をするでのしょうね」
「自分の間違いを一切認めず、狡猾に弁明したと思います」
「『私の判断は正しい。それとは逆のことが起こったのは神の怒りに触れたからであり、不届き者の所為である』とかですかね」
「自分の保身しか頭にない厄介な人たちばかりです」
「それでも、『神からの啓示』という一言で、誰も逆らえなかったのですね」
「逆らえません。逆らえば自分に天罰が下ると思っているのですから」
「渋々、従った事もあったのでしょうね」
「15世紀頃に栄えた北米中央部のアステカでは、こともあろうに、『神の怒りを沈めるために生け贄を捧げよ』と、宣ったシャーマンもいたようです」
「昔は、人身御供という非人道的な行為が神の名の下で罷り通っていたのですね」
「すべては、人だけではどうすることもできない事への畏れです。そこから、眼に見えない神の存在が出来上がったのです」
「結局、神とは、『人が作った物以外の何ものでもない』と断言できますね」
「そういうことになります」
「自分にとって都合の良い神も造られたのでしょうね」
「絶対的な権力者のための神ですか」
「そうです」
「エジプト神話における死の神や冥界の神などがそうですね。王だけが成り得た死後の神であり、自身の復活のためのものでした」
「冥土に行って現世に戻ってきた後も、王でありたいと願った訳ですね」
「尽きることのない権力者の欲望です」
「まさに際限がないですね」
「世界各国に目を向けると、『これが神になるのか』と思うような物まで祀られています」
「猫や蛇ならまだしも、びっくりするような神もありますよね」
「古代エジプトの宗教においては、サソリやスカラベといった想像も付かないような物が神の使いになっています」
「サソリなどは人に害をもたらす有毒生物なのに、神の使いになるとは何ともはやですね」
「何を根拠に選んだのか分かりませんが、そのような有毒生物が結構います」
「神の使いであっても、迂闊に触れると危ないですね」
「危ないです」
「それでいて殺せないというのは、厄介な存在ですね」
「その他にも、神と関連づけられた珍異な物が色々とあります」
「まるで神の使いの大売り出しですね」
「盛り沢山で賑やかです」
「はは」
薄ら笑いを浮かべた小倉を見ながら、山名は言葉を続けた。
「そのように数多に造られた神々ですが、それらのすべてを統括して大宇宙を支配する神が現れました」
「全知全能の神ですか」
「はい」
「その神が、どのようにしてキリスト教や仏教に繋がっていくのですか」
「それを知るにはまず、民族宗教に眼を向けなければなりません」
「先進国から発展途上国まで含めると、数え切れない程でしょうね」
「その中でもいち早く発展したのが、メソポタミアの神々です」
「チグリス川とユーフラテス川の流域で広まった宗教ですね」
「今のイラク近辺になりますが、紀元前40世紀頃に存在したようです」
「随分昔ですね」
「多神教でシュメール人やアッシリア人などが信仰しましたが、新たな宗教が台頭したこともあって紀元3世紀頃に衰退しています」
「栄枯盛衰ですね」
「その次に挙げられるのが、先ほど触れた古代エジプトの神々です。発祥は紀元前30世紀に遡り、紀元前1世紀まで続きます」
「メソポタミアの神々と同様に長く続いたのですね」
「ナイル川の恩恵を受けて繁栄し、代々のファラオが君臨しました」
「砂漠に立つ巨大なピラミッドやスフィンクスの存在理由がまだ解明されていませんね」
「以前は、『ピラミッドは王の墓』とされていましたが、最近では宗教的な儀式のための神殿が有力な説になっています」
「さしずめスフィンクスは、神殿の守り神でしょうか」
「日本の神社の入り口に鎮座する狛犬のような存在になりますね」
「どの建造物も謎が多いですね」
「特に建築技術については、謎だらけです」
「メソポタミアの信仰と同様に多神教と聞いていますが」
「それぞれの時代によって信仰の対象が変わりますが、太陽神であるアメン・ラーが主神になります」
「絶世の美女とされているクレオパトラは、いつ頃の人ですか」
「プトレマイオス朝の末期です」
「カエサルやアントニウスとのロマンスは有名な逸話になっていますね」
「自分の王朝を守るための女王の策略だとも言われています。最後は失意の中、ローマ軍のオクタウィアヌスに反抗して自殺しました」
「自分の腕をコブラに噛ませたのですね」
「あくまでも伝承ですので、実際はどうだったのかは不明です。いずれにしても、悲劇の女王として映画や舞台に取り上げられています」
「女王を題材にした映画の中でも、エリザベス・テーラー主演の『クレオパトラ』が話題になりましたね」
「著名な俳優が多数出演していて、大々的に宣伝されました。上映当時は、私がまだ幼かったので映画館では観ていません」
「私も数年前にDVDをレンタルして観ましたが、あまり印象に残りませんでした」
「女王のラブロマンスがテーマになっているので、テンポが早い歴史物や動きが多い戦争物が好きな人にとっては、少し物足りなさを感じるのかも知れませんね」
「いくら映像が絢爛豪華といっても、4時間の上映は長すぎです。後半に至っては、退屈でした」
「製作会社が社運を賭けて作ったのですが、興行的には失敗だったようです」
「巨額の製作費を投じた超大作であっても、誰もが認める名作とは言い難いですね」
「そう言われても仕方がない映画でした」
「低予算であっても、観客がたくさん入った名画が数多くありますものね」
「洋画ではクエンティン・タランティーノ監督の『パルプ・フィクション』、邦画では中川信夫監督の『東海道四谷怪談』が、良い例だと思います」
「最近では、上田慎一郎監督の『カメラを止めるな』が注目されましたね」
「低予算でありながら、国内外でたくさんの賞を取ったという映画ですね」
「人気が高く、インディーズの中ではずば抜けた作品だと思います」
「フランスではリメイク版まで作られたようですね」
「先生は、まだご覧になってないのですか」
「はい。残念ながらまだ観ておりません」
「斬新な手法と展開は、観る人を飽きさせません。至ってお勧めの映画です」
「時間が許せば、ゆっくりと鑑賞したいですね」
「是非とも」
山名は、小倉の熱い口調に少し微笑んだ。
「まあ、映画の論評についてはこれくらいにしておいて、話を本題に戻しましょう」
「そうでした」
「次に挙げられるのは、古代ギリシアの神々です」
「全能の神であるゼウスが登場しますね」
「オリンポス十二神の主神です」
「神話ですので、実際には存在しなかったのでしょうね」
「それは何とも言えません。当時の王族や豪族を称えるために作った可能性もあって、モデルになる人はいたのかも知れません」
「いつ頃に出来たのものですか」
「紀元前15世紀頃です」
「メソポタミアやエジプトの少し後ですね」
「日本では、弥生時代になる前のことです。人々はまだ文字を持たず、口伝によって語り継がれました」
「どのような宗教だったのですか」
「多神教であり、神々には序列がありました。教典や教会はなく、神からの啓示もなかったようです」
「今でも、ゼウスを信仰するというような宗教が存在するのですか」
「ゼウスが唯一神であるヤハウェとする信仰はもちろん存在していますが、ギリシャ神話のゼウスはほとんど聞きませんね。そこが荒唐無稽な神話である所以なのでしょう」
「なるほど」
「次に挙げられるのが、紀元前13世紀頃に成立したユダヤ教です」
「古代イスラエルの宗教ですね」
「ユダヤ人のための宗教であり、この世における唯一の神であるとする『ヤハウェ』を崇拝していました」
「6日間で万物を創造したという神様ですね」
「ユダヤ教徒にとっては絶対的な存在であり、『エホバ』とも呼ばれていました」
「『エホバの証人』という宗教団体は、そこから来ているのですか」
「そうです。1870年代に造られた団体で、主に聖書の研究を行っていました」
「新興宗教だったのですね」
「ご存じのようにユダヤ教の聖典は『旧約聖書』ですが、ユダヤ教徒は『7つの戒め』を守って救世主の出現を固く信じていました」
「救世主というのは、後のイエスのことですか」
「残念ながら、ユダヤ教徒はそのように思いませんでした。それどころか、イエスを嫌っていました」
「それはどうしてですか。私はイエスが救世主であっても構わないと思うのですが」
「確かにイエスもユダヤ人でユダヤ教徒でしたが、勝手にユダヤ教の規律を変えようとしたので疎んじられました」
「どのように変えようとしたのですか」
「イエスはユダヤ人だけではなく、全世界の人々を救おうと考えたのです」
「そちらの方がより良い考えだと思うのですが、頑ななユダヤ教徒にとっては、イエスが謀反者に見えたのかも知れませんね」
「あくまでも、ユダヤ教がユダヤ人のための宗教であって欲しかったのでしょう」
「イエスは、弟子であるユダの裏切りがあって、ローマ帝国の総督によって処刑されますね」
「程なくして、イエスの弟子たちが『旧約聖書』と『新約聖書』を聖典にしてキリスト教を確立します」
「中心人物のイエスがいないにも関わらず、西欧ではキリスト教を支持する人が増えていったのでしたね」
「キリスト教は多くの国で国教になりましたが、逆にそのことでユダヤ教徒から敵視されてしまいます」
「イエスを救世主とは認めなかったのは、そういう理由もあったのですね」
「その後、ローマ帝国によって母国を追われたユダヤ人たちは、ちりぢりになります」
「それぞれの土地で、科学者や芸術家、大企業の創業者になって活躍しますね」
「様々な分野でユダヤ人が貢献して、称賛されます」
「最近では、アインシュタインやスピルバーグが有名ですね」
「しかしその一方で、キリスト教徒の多い西欧諸国においては反ユダヤ主義が生まれて、ホロコーストのような悲劇も起こりました」
「受難の時代ですね」
「現在、キリスト教とユダヤ教の対立は表面的には無いように見えますが、実際はそのような事情で根が深いのです」
「ルーツは同じであるのに、ボタンの掛け違いで反目し合うのですね」
「どんなに立派な宗教であっても、暗黒の歴史があるということです」
「対岸の火事ではありませんが、我々日本人にとってはどうすることもできない難しい問題と言えますね」
「残念ながら、今の状況ではそう言わざるを得ません」
山名は、一息ついて言葉を続けた。













