ロバのパン屋
年配の人なら、『ロバのおじさんチンカラリン、チンカラリンロンやって来る♪』という曲をよくご存じだと思う。
ロバに牽かれた馬車がパンの行商にやって来る時に流れる曲であり、若い人でも一度は耳にしたことがあるに違いない。
軽快なリズムと共に可愛い歌声が響き、家の近辺にこの曲が流れた時は、近くまで駆け寄ったものである。
この馬車は、京都市に本社がある蒸しパン店が製造したものであり、流れていたのは「パン売りのロバさん」という曲である。歌っているのは、当時小学生であった童謡歌手の近藤圭子さんである。
馴染み深い歌ではあるが、この曲に関する一つの疑問を以前から持っていた。それは曲の最後の方で、『チョコレートパンもアンパンも、なんでもありますチンカラリン』と歌っているにも拘わらず、実際に売っていたのは蒸しパンがメインであり、『なんでもあります』ではなかったことである。
これはどういう訳かと調べたら、元々この曲は、他府県の同業者の行商をイメージして作られたものであり、蒸しパン店のオリジナルではないことが分かった。
同業者は様々なパンを売っていて、それを見た作詞家がそのような歌詞にしたのである。但し、馬車を牽いていたのはロバではなく、仔馬だったようであるが。
京都の蒸しパン店は、同業者を参考にして本格的な営業に乗り出した。客を呼び込むために、採用したその曲を行商の際に流していた。
そのアイデアは人気を呼び、全国にチェーン店を出すまでになったが、時代の流れと共に徐々に減少していった。
最近は交通事情もあって、ロバ(仔馬)が牽く馬車はまったく見なくなった。昔と変わらぬ曲ではあるけれど、自転車が牽く馬車や軽トラでの行商になっていて、少し味気ないと思うのは私だけであろうか。
それでもあの曲を聴くと、昔のことが思い出されて懐かしくなる。小遣いを握りしめながら、走って馬車を探したあの頃が蘇るようである。
床屋
小学校を卒業するなるまで同じ床屋で散髪をしてもらったが、行くのが嫌だった。何故かというと、坊っちゃん刈りにさせられたからである。
そこの主人と奥さんは二人とも穏和で優しかったが、母親の希望通りにバリカンで頭を刈り上げるので、いつもいい気はしなかった。
中学生になって、さすがに坊っちゃん狩りはやめてもらった。後ろや横の刈り上げはなしで、横分けにした。
高校生の頃は、床屋に行かずに自分で散髪をした。髪も髭も伸び放題で、不潔な感じを周りに与えたと思う。
緩いパーマをかけたのは、社会人になってからである。友だちから聞いた腕の確かな美容院に行ったのだが、結構な値段であった。
最近は、値段が安い床屋に行っている。もう、おしゃれより清潔感の方が優先で、あれだけ嫌がっていた刈り上げをバリカンでお願いしている。
ちなみに、子どもの頃に行っていた床屋は、私が社会人になった頃に店を閉めた。ご主人も奥さんも高齢になり、跡を継ぐべきお子さんたちが別の仕事に就いていたからである。
その日、かつてはお世話になった人たちが大勢集まって感謝の意を述べたようである。近年にない良い話を聞いたものである。
駄菓子屋
子どもの頃の唯一の楽しみと言えば、駄菓子屋に行くことである。小学校の低学年の頃は、学校から帰えるとすぐに10円玉を握り締めて、今日は何を買おうかと心を躍らせた。
店には、麩菓子、かりん糖、豆板、酢イカ、ラムネ菓子、イチゴアメ、花刺しカステラ、干しいも、ココアシガレット、金平糖、煎餅、饅頭、羊羹、最中、あんず、都こんぶ、ストローゼリー、ニッキ紙などが並んでいたが、どれもこれも製造元の表示がなく、あっても聞いたこともないメーカー名であった。
粗悪で製造過程に問題が有りそうな物ばかりであったが、当時はそんなことも気にせずに大人も子どもも毎日のように食べていたのである。
今では禁止されているチクロといった甘味料も使われていて、そんな物を食べ続けてよく病気にならなかったものだと、我ながら感心する。
名の通ったカバヤのキャラメル、不二家のミルキー、明治のクリームキャラメル、森永のエンゼルパイとミルクキャラメル、グリコのビスコとキャラメル、前田のクラッカー、アルファベットビスケットなどもあるにはあったが、一日10円の小遣いでは買えなかった。
明治のサイコロキャラメルは、箱にキャラメルが2個だけだったので買うことが出来たのだが、毎日同じ物を食べたくはないので、たまにしか買わなかった。
私の家の近くにあった駄菓子屋は、夏にかき氷とアイスキャンデーを売っていた。かき氷はまだ製氷機器が普及していない時代なので、氷屋から氷を調達していた。手動のかき氷機で削り、かき氷用のガラス皿で受けていたが、あまり丁寧には洗っていなかったように思う。
大好きな白玉と小豆が入った宇治金時は値段が高いので、安い白ミツ、黒ミツ、イチゴ、パインのどれかを注文した。
アイスクリームやアイスキャンデーは、小豆が中に入っているミルク味のアンマックが好きでよく食べた。

また、棒に「当たり」と書いてあればもう一本貰えるというアイスキャンデーもよく買った。大抵が「はずれ」であったが、当たった時はこれ見よがしに喜んだ。

他には、ゴム風船の中で凍らせたアイスキャンデーがあったが、ゴムの臭いがしてあまり買わなかった。
ラムネ
飲み物は、ラムネ、サイダー、冷やしアメ、ミカン水があったが、かき氷用の氷を保管するための冷蔵庫に入れてあったので結構冷たかった。
ちなみにラムネは、英国のレモネードが訛って出来た日本だけで通用する言葉である。米国やカナダでは、レモネードは只のレモン水であって炭酸は混ざっていない。
コーラは駄菓子屋には置いてなく、私が高学年になった頃に酒屋で売っていた。ケースに入っているコカ・コーラの瓶を見て、興味本意で一本買った。
栓抜きが近くにあったのですぐにキャップを開けて飲んでみたが、とても不味かった。「こんな不味いもん、よう売ってるな」と私が文句を言うと、酒屋のおじさんは、「冷蔵庫で冷やしてから飲むもんや」と言い訳をした。『そういうことは、飲む前に言って欲しかったんやけど』と思った。
日本ではコカコーラやペプシコーラが普及しているが、ローヤルクラウンコーラというのもあった。映画館の売店などでたまに見かけることがあったが、あまり知られていない。

この後、プラッシー、ファンタ、ミリンダ、チェリオなどが販売された。プラッシーは、米穀店と自動販売機だけで販売されるという変わり種だった。
今は、ほとんどの飲料水が自動販売機やコンビニで販売されていて、手軽に買えるものになっている。そう思うと、ジュースを買う店を探すのもその当時は一苦労だったのである。
当て物
駄菓子屋は、駄菓子だけでなく安いおもちゃも売っていた。メンコ、ビー玉、独楽、ベーゴマ、竹とんぼ、竹返し、おじゃみ(お手玉)、おはじき、蝋石、銀玉鉄砲、チエリング、風船笛、吹き戻し笛、紙風船、折り紙、カルタ、双六、ヨーヨー、万華鏡、将棋の駒、凧、達磨落とし、おばけ煙、蛇玉、2B弾、アメリカンクラッカーなどが並んで売られていた。
さらに、私たちが「当て物」と呼んでいた「くじ引き」のようなものがあった。
大きな厚紙の箱に縦に8列、横に8列、合計64個の小さい箱が並んでいて、自分が選んだ箱を指で押し破って中の紙を取り出すだけのものである。その紙には、何等であるかが書いてあったが、ほとんどがはずれである。
1回10円でやれて、景品は、1等が飛行機のプラモデル、2等がヨーヨー、3等が独楽、4等が小さいチョコレート(メーカー不明)、5等がはずれの飴玉1個だった。
ある日、駄菓子屋に寄ると、当て物の小さい箱が残り七つだけになっていた。景品の1等と2等はまだ残っている。それを見た私は考えたのである。
『七つの箱のどれかに当たりくじが入っている筈や。今、全部開ければ、必ず1等と2等の景品が貰える』
7回分の70円は、小学2年生にとって大金である。しかし、みすみす誰かに取られてしまうより、ここは何とか工面して景品を取りたいと思った。
10円しか持ち合わせていない私は、すぐに家に帰って豚の貯金箱から残りの60円を取り出した。再び駄菓子屋まで走って行き、七つの箱がまだ開いていないのを確かめる。
そして、駄菓子屋のおばはんに「残りの箱を全部開ける」と言って、即座に70円を渡した。その時、おばはんは大変困ったような顔をして、「小学生がいっぺんに70円も使ったらあかん。10円だけにしとき」と言ってきた。
しかし、私は聞く耳を持たなかった。60円を返そうとするおばはんの手を祓い除け、箱の全部を開けにかかった。
一つ目が「はずれ」であり、二つ目も「はずれ」、三つ目も「はずれ」で、四つ目も五つ目も「はずれ」であった。
『何やこれ?残りの箱はあと二つしかないで。それらが1等と2等なんか?』
そう思いながら、六つ目と七つ目を開けてみたら、何とその二つも「はずれ」だったのである。
呆然としておばはんの方を見たが、おばはんは知らん顔であった。当然、怒って文句を言ったが、おばはんは「しゃあないな」と言いながら、渋々2等の景品を差し出した。これで、手を打てということである。
結局、おばはんに騙されていたのである。景品は見せかけであり、まんまと罠に嵌っていた訳である。
この時、大人の狡さを痛感するのであるが、「はずれ」の飴玉より、2等のヨーヨーだけでもと思い、それを手にとって家に帰ってしまった。
帰ってそのことを話したら、日頃は温厚な父親がすぐに駄菓子屋に行って、おばはんに苦情を言ったようである。同じ町内にある駄菓子屋なので揉めることはなかったが、その店の信用はなくなってしまった。
今川焼き
今でも好きなスイーツがある。それはあんこがたっぷり入った今川焼きである。
所によって太鼓饅頭、回転焼き、大判焼きと呼び名が変わるが、それらはまったく同じ物である。
似たようなスイーツとして鯛焼きがあるが、どちらかを選ぶとしたら今川焼きの方を取る。その理由は、今川焼きには鯛焼きにはない香ばしさがあり、食べやすく安価であるからである。
最近は今川焼を売る店が少なくなってきたが、どこかで看板を見かけるとつい買ってしまう。たくさん食べると流石に胸焼けがするので、大抵は2個しか買わない。友だちにお裾分けをする時は、白あん5個と黒あん5個と奮発する時もある。
小学校2年生の頃、無性に食べたくなって、1キロ先にある店へと出かけた。雨が降る中、20円を握り締めて今川焼を思い浮かべながらテクテクと歩いたのである。
ようやく店の手前まで来て「今川焼、今川焼」と心を躍らせたのだが、無情にもその店の窓が閉まっていたのを今でも覚えている。
















