川岡組の事務所
「ジリン、ジリジリジリ、ジリーン」
古い型の黒電話が鳴った。
「はい。川岡総業です」
「川岡の事務所やな」
「そうですけど」
「組長はん、居てるか」
「えーと、どちらさんですか」
「片岡というもんや」
「片岡さん・・。山田組の片岡さんですか」
「そうや」
「すんません。組長は、あいにく留守にしています。若頭なら居てますけど」
「代わってんか」
「はい」
若頭の恵太郎は、ソファに横たわってテレビを観ていた。
「兄貴、山田組の片岡さんからです」
「おお」
『多分、手打ち式の段取りの事やろ』
そう思って、恵太郎は受話器を取った。
「代わりましたけど」
「あのなぁ、実はやなぁ。さっき、組の事務所の前で、うちのおやじが撃たれたんや」
「ええっ!そりゃ、えらいことですがな」
「どこぞのガキが、チャカ三発弾いて、すぐにバイクで逃げて行きさらしたわ」
「一体どこのチンピラでっしゃろ。山田組の組長はんを狙うやなんて・・」
「身の程知らずじゃ」
「そうでんな。それで、組長はんの容態は・・」
「大事ない。こういう時やから、用心して防弾チョッキを着てたんでな」
「命に別状はおまへんかったのですね」
「ああ。腕のかすり傷だけで済んだわ」
「そら、良ろしおました。何よりです」
「ところがや。その逃げたガキというのんがやな」
「へぇ」
「お前んとこの組員やった」
「ええっ!」
「名前は、竜次とか言うらしい」
「ほんまでっか」
「ほんまじゃボケ。誰が嘘言うかい」
「なんで、竜次と分かったんです」
「おやじといっしょにおった子分の中に、顔を知ってたもんがおったんじゃ。『マスクとサングラスで顔を隠していたけど、あれは間違いなく川岡組の竜次や』と、はっきり言うとったわ」
「そ、そうですか・・」
『竜次のドアホ。俺の言いつけ守らんと、取り返しのつかんことやってしもた』
受話器を持つ恵太郎の手が震えた。
「まさか、お前んとこの組長が指図したんと違うやろな」
「滅相もありまへん。山田組との手打ちを喜んでいる組長が、そんなこと言う訳がありまへん」
「ほんまやろな」
「ほんまです。ボンクラの竜次が、後先考えんと勝手にやったことなんです。もちろん、組の方針に逆ろうたんで破門にします」
「アホンダラ、何眠たいこと言うとるねん。破門で済む話かい」
「そら、そうでんな・・」
「命は助かったとはいえ、うちのおやじが狙われたんやど。この不始末、どうつけてくれるんや」
「はぁ・・」
「『はぁ』やないやろ。なんやったら、今からカタつけたろか。お前んとこみたいなちっちゃい組、すぐに潰せるんやど」
「いやー、それだけは堪忍して下さい」
「ほたら、どうするつもりじゃ」
「そう言われても、急なことなんで・・」
「お前も極道やったら、はっきりせんかい」
「すんまへんけど、今すぐ組長に連絡取って相談しますんで、ちょっとだけ待ってもらえまへんか」
「早よせいよ。ワレ」
「はい」
「それから、竜次というガキ、捕まえたらきっちり型に嵌めるたるさかい」
「うちとこでも探しますよって、居所分かったらまた連絡させてもらいます」
「待ってるさかいな」
「はい・・」
『ガシャン』
受話器に怒りを込めたような音がして、電話が切れた。
「竜次がどうかしたんですか」
「どうもこうもあるかい。あのボケ、山田の組長を狙いよった」
「ええっ!」
「『いらんことすんなよ』とあれだけ釘刺したのに・・。ドアホが」
「竜次の気持ちも分からんことはないけど、相手が相手やさかい」
「お前、竜次の居場所知ってるやろ。どこや」
「黒門市場の近くのマンションですけど・・。たぶん、今は逃げてるやろし居るかどうか。取り敢えず電話してみますわ」
「そうしてくれ。俺はおやっさんに連絡するさかい」
霊感商法
「五十万円の大金を払って買ったけれど、全然腰痛が治らんじゃないか」
黄金色の土鈴を見つめながら、中村貞吉が嘆いた。
長年の悩みの種である腰痛が、これで治ると信じたのだが、治るどころかひどくなる一方だった。歩くのもままならない日もあって、土鈴の霊験に疑問を抱き始めたのである。
これまでに、いろんな治療法を試してみた。知り合いが勧める整体院や鍼灸院にも通ってみた。しかし、どれもこれも不本意な結果に終わっている。薬も効かず、医者にも見放され、藁をも掴む思いで『土鈴』にかけたのだが。
『俺はあの教祖に騙されたのか。最後の望みを『土鈴』に託したのに、見事に裏切られた恰好だ。こんな物、買うんじゃなかった。あの五十万円は、なけなしの金だったんだ』
そう呟きながら、頭を抱えた。働きたい気持ちはあるが、腰痛持ちではどこも雇ってくれない。家に閉じ籠もるしかなく、暇を持て余すばかりであった。
『外に出て仕事をしたいが、どうにもできん。今日もまた、無駄に一日を過ごすことになるな。仕方がない。ラジオでも点けるか』
肩を落とした貞吉は、古いタンスの上にあるラジオのスイッチを押した。すぐに原稿を読むアナウンサーの声がしたが、どうやらニュース番組のようである。
「今朝早く、霊感商法を行ったとして世田谷区に拠点を置く教祖が逮捕されました」
「ええっ」
「五行法師こと山田郁夫は、霊感によって病名が分かると嘯き、何の効力もない『土鈴』を高額で信者に売りつけるという詐欺によって・・・」
「あの野郎だ!」
「被害にあった人は、五百人を越すように思われます」
「やっぱりそうだったんだ。全部インチキだったんだ」
中村貞吉は、痛む腰を庇いながら、その教祖の教会へと向かった。
損害賠償
五行法師の教会の前に、たくさんの人だかりができていた。七十名ほどの被害者と新聞社などの報道陣である。
「今すぐ、金返せ!」
「騙し取った五十万円を返しやがれ!」
「俺なんか四個分で、二百万円だ!」
「ドアを開けろ!」
様々な怒号が飛び交い騒然とする中、教会の事務所の方は静まりかえっていた。
施錠されている入り口は、鍵でもない限り外からは開けられない。窓の中側もカーテンによって見えなくなっている。主要な幹部たちが逮捕されているため、中にいるのは事情を知らぬ若手のスタッフだけであった。
「ふーん。あくまで黙り通して、うやむやにするつもりだな。それならそれで、こっちにも覚悟がある」
被害者らしき初老の男が、声を上げた。
「みなさん。ここにいても埒が開かない。こうなったら被害者全員で、訴訟を起こしましょう」
「裁判所に訴えるのか」
「そうです。被害者の会を作って法廷で争えば、全額戻って来る筈です」
「おお!」
「でも、裁判となるとお金が掛かるんじゃないの」
「裁判に勝てば、その費用は軽減します。相手が詐欺師ですので、こちら側が負けることは絶対にありません」
「それなら、私も仲間に入れてくれ」
すぐ近くでそのやり取りを聞いていた中村貞吉が、声をあげた。
「是非とも」
「俺もだ」
「私もよ」
そこに集まった被害者のほとんどが賛同して、被害者の会に参加することになった。
竜次の覚悟
「片岡の兄貴。竜次のガキ、今、捕まえました」
「おお、そうか!ようやった!」
「兄貴の思てた通り、女のマンションに来ましたわ」
「やっぱりな」
「三日も張り込んだ甲斐が、あったというもんです」
「ご苦労やった」
「へい」
「捕まえる時に、あのガキに騒がれて近所に気付かれてへんやろな」
「そこは上手いことやりましたから大丈夫です」
「そうか」
「宅配業者を装って中に入り、竜次が出て来たところをスタンガンで気絶させたんで、静かなもんです」
「竜次の女はどうした」
「好都合にも居てませんでしたわ」
「騒がれると、面倒なことになるからな」
「これからこのガキ、事務所に運びましょか」
「いや、ここはやめとこ。人目に付くさかい」
「ほんなら、うちとこがやってるガールズバーの地下倉庫はどうです」
「そやな。あそこなら少々大きい声出しても外には聞こえんし、そうしてくれ」
「承知しました。すぐに行きますんで」
山田組の舎弟である金山は、竜次の両手両足を紐で縛り、口と目をガムテープで塞ってブルーシートでくるんだ。子分たちが、引越し業者のようにそれを担いで、黒い乗用車のトランクに放り込んだ。
それから二十分後、地下倉庫に運ばれた竜次は、木製の椅子に縛り付けられ更なる暴行を受けた。抵抗するにも身動き一つできないほど雁字搦めにされていて、金山のなすがままであった。
暫くして、煙草を銜えた片岡が倉庫の中に入ってきた。竜次の様子を見ながら、徐に口を開いた。
「この腐れ外道が。ようもうちのおやじを弾いてくれたな」
「ううっ、うう」
「なんや。何かしゃべりたいんか。ふん、口と目のガムテープを剥がしたれ」
「へい」
両方を剥がされた竜次は、腫れ上がった顔で片岡を睨み付けた。
「へっ、そっちが先にマサを殺したやろ!」
口元も腫れ上がって思うようにしゃべれない竜次であるが、懸命に声を出した。
「あのボンクラの仇討ちのつもりか」
「そうじゃ!」
「ドアホ。逆恨みすんのも、大概にせいよ」
「マサはなぁ・・。マサは俺と、義兄弟やったんや!」
「ああ、そうかい」
「あんなええ奴、なんで殺したんや!」
「あのガキが、ドローン飛ばして儂とこの組を盗撮しようとしたさかいじゃ」
「殺さんでもええやろ!」
「あんなガキのタマ取ったくらいで、うちのおやじを狙うとは、お前もよくよくアホな奴やのう」
「それだけとちゃうわ!」
「まだ、何かあるんかい」
「大ありじゃ!」
「何ぞえ」
「お前んとこの組は、世間様に顔向けできん事も平気でするようやの!」
「ほう。世間様に顔向けできん事てか」
「そうじゃ!」
「それは、どんな事や」
「堅気の人らを騙したり食い物にしたりと、阿漕なことをぎょうさんやってるやろ!」
「そんなことは、どこの組でもやっとるわ」
「いいや、お前んとこだけじゃ。しのぎのためにウイルスばら撒く組は!」
片岡は、一瞬ドキッとして眼を剥いた。
「お前そのこと、誰から聞いたんや」
「どうやら図星らしいな・・」
「隠さんと言うた方が身の為やで。誰じゃ」
「ふん。死んでも言うかい」
「そうか。ほんなら、しゃあないな」
「殺すなら、はよ殺せ!」
「言われんでも、そうしたるがな。けど、あっさり殺すんはおもろない。もっと痛い目にあわしてからや」
「けっ!」
「頭にゴミ袋、被したれ」
「へい」
黒のゴミ袋が二重に被され、首の回りを紐で括られた。
「さあ、これから野良犬一匹、いたぶって楽しもか」
「へい」
「例のやつあるか」
「持って来てます」
「よし」
金山から片岡に渡されたのは、長さが五十センチ程の作業用工具であった。ボルトクリッパーと呼ばれ、太いチェーンでも簡単に切れる代物である。
「ほんなら、まず、足の指からや。山田組に逆ろうたらどうなるか、思い知らせてやるわ」
「どうなとさらせ!」
ゴミ袋を被され息苦しくなっていた竜次であるが、悲しいまでに虚勢を張って怒鳴った。
竜次の足下に、大きな盥が置かれた。流血で床が汚れるのを防ぐためである。
「これから、落とし前を付けてもらうわ。お前の足の指と手の指を一つ残らず落としていくさかい。痛かったら、遠慮なく声出しや。ほれな」
『ペキン』
『グリグリ』
「ぐっ、ギャー!」
竜次の叫び声が、地下に響き渡った。指を落とすだけでなく、その傷口をボルトクリッパーの尖った先で捏ねくり回したのだ。
「どや、白状する気になったか」
竜次は、微かに首を横に振った。
「そうか。えらい友だち思いやのう。そやけど、どこまでもつかなぁ」
「こっ、殺せ!」
「はいはい。楽になるのはまだ早いよ」
そう言いながら片岡は、憎たらしいまでの笑みを浮かべた。
「おい、お前等もやったれ」
「へい」
片岡が、金山に道具を手渡した。
『ペキン』
『グリグリ』
「ギョエー」
激痛で気を失う度に起こされ、繰り返される残虐な行為を竜次は耐え続けた。結局、最後まで白状しなかったのだが、指をすべて切断されてから数時間後、出血多量で息絶えた。

