「交通機関は、飛行機以外にどのようなものがありますか」

「主なものとしては、船舶、大陸横断鉄道、地下鉄ですね」

「バスはないのですか」

「ありません。バスは障害者や高齢者にとって乗りにくく、また、交通事故や渋滞の原因になるので運営していません」

「一般市民の交通手段が地下鉄だけというのは、逆に不便ではありませんか」

「いいえ。地下鉄の駅を碁盤の目のように張り巡らしてありますので、問題はないです」

「でも、駅は、地下にありますよね」

「ですので、駅へのアクセスには、階段はもちろんのこと、エレベーター、エスカレーター、ムービングウォークを使います」

「すべての駅にそのような移動装置があるのですか」

「そうです」

「それなら、障害者や高齢者でも利用しやすいですね」

「はい。さらに、車両が従来のものではなく、リニアモーター式になっていますので、利用客には好評です」

「振動や騒音が少ないのでしょうね」

「静か過ぎて、動いているという感じがしません」

「いいですね」

 

 

「今や地下鉄は、国民にとって必要不可欠な交通手段になっています。通勤、通学はもちろん、あらゆる目的地に運んでくれる『市民の足』と言っても過言ではありません」

「目的地に直行で運んでくれるという点では、タクシーが一番だと思うのですが、タクシ会社は運営されていないのですか」

「運営しています。民間経営ではなく公営ですが」

「公営だと、料金は安いのでしょうね」

「地下鉄に比べると高くなりますが、日本のタクシーよりはリーズナブルです」

「少し耳が痛いですね」

「はは」

「車やバイク、自転車は使えますか」

「使えます。但し、車もバイクも、すべて電動車に限られます。自転車は専用の道路で使用可能です」

「動力の電化は環境保全のためだと思うのですが、ガソリンはまったく使っていないのですね」

「いいえ、使っています。トラックやクレーンなどの貨物自動車や重機は、バッテリーだけではパワー不足なので、今のところは、使用しています」

「近い将来、バッテリーの開発によって、完全電化を成し得るかも知れませんね」

「そう願いたいものです」

 

「通貨はありますか」

「ありません。すべてICカードでやり取りをしています。貿易などで外貨を得ても、世界共通の電子マネーに変えます」

「紙幣や硬貨を所持する必要もなく、カード一つで買い物ができるのは大変便利ですね」

「レジでおつりをもらう煩わしさがなくなるのですからね」

「現金がないので、空き巣に狙われることや銀行と現金輸送車が襲われることもなくなりますよね」

「なくなるでしょうね。もし、現金の代わりにカードが盗まれても、その番号によって足が付くので誰も盗らないと思います」

「現在、本物と見間違えるような完成度の高い偽札が出回っていますが、偽のICカードもできるのでしょうか」

「犯罪組織は、あの手この手で大金を得ようとします。ICカードも狙われることでしょう。組織と当局との闘いはいたちごっこですが、絶対に手を緩めることはありません」

「現在、世界はキャッシュレスの方向に進んでいますが、いずれ、どこもかしこもそうなるのでしょうね」

「おそらく、半世紀後にはなっているに違いありません」

 

「税金についてですが、どのような税率なのでしょうか」

「北欧のような福祉国家並の高さだと思われているかも知れませんが、かなり低いです。特に所得税、消費税が格段に安く、住民税、固定資産税などはありません」

「住民税、固定資産税がないのですか・・」

「ええ」

「それでよく、国の財政が成り立つものですね」

「なんとかやりくりをしています」

「サンランドは、財政負担の大きい教育や福祉に力を注いでると聞いております。それなのにパンクしないのは、どうしてなのですか」

「簡単です。国の予算の中に軍事費がないからです」

「軍事費がない・・」

「はい」

「確かに軍事費は、大きい額になりますものね」

「毎年、無意味な出費をせず、その分、教育や福祉に回しているのです」

 


 

「質問内容が前後しますが、自国を守る自衛隊のような機関は、ないのですか」

「ありません。災害時などで救助活動をする機関ならありますが、自国を防衛する為の機関は持っていません」

「日本の自衛隊も同じようなものですけどね・・」

「いえいえ、全然違います。戦争時に使用する兵器を一切持っていないので、まったく異なります」

「軍事費がないので軍事兵器を持てないのは分かりますが、国防の観点からするとどうなんでしょう」

「ご心配なく。軍事兵器がありませんので、どこかの国とドンパチすることは絶対ありません」

「でも、もし、どこかの国が攻めて来たらどうされるのですか」

「攻められる理由が見当たりません。資源がない国ですので、支配してもまったく意味がありませんので」

「ふーむ」

「たとえそんな事態になったとしても、国連が動いてくれるでしょうし」

「それはそうですね」

「その点、ミサイル、空母、戦闘機などの兵器を持つ日本は、友好国がどこかと戦争になれば、参戦を余儀なくされる危険性がありますよね」

「そうならないことを願うばかりです」

『焦臭い話は、なるべく避けた方が良い』と判断した大使は、話題を元に戻した。

 

「サンランドでは、海以外に自然に触れられる環境がありますか」

「非常に少ないですが、一応あります」

「それは、どんなものでしょうか」

「先ほど述べました島々です」

「ああ、なるほど」

「大半が小高い丘になっていますが、山になる島も少しはあります」

「島々の自然利用ですね」

「はい。また、それとは別に、人工の山と川があります」

「人工の・・」

「山と川です。山は、五百メートル以下の高さなら、簡単に造れます」

「それは、やはり合成樹脂で出来ているのですか」

「そうです。強固な合成樹脂の山です。中は空洞ですが、数十本の太い樹脂の柱が全体を支えています。一度に大勢の人が登っても、まず壊れません」

「それは安全ですね」

「ところどころに本物の木々や草花が植えられているので、鳥や昆虫なども留まります。断崖絶壁などの変化もあり、見た目は自然の山と変わらないです」

「ハイキングにもってこいじゃないですか」

「そうですね」

「川は、その山に流れているのですね」

「はい」

「淡水ですか」

「いいえ。海水です。海からポンプで汲み上げ、それを浄化して流しています」

「川の水が海水というのは、少し驚きですね」

「苦労して作った淡水を、気前よく流す訳にはいきません。生活用、農業用に使われる貴重な水なので」

「海水は、苦肉の策ですね」

「はい。やはり海水の川なので、鯉や鮎などの淡水魚は住めません。中にいるのは、海水でも生きられる鮭や鰻だけです」

「その稚魚を放流しているのですね」

「そうです」

 

「大人と子どもがいっしょに楽しめる公園のような施設がありますか」

「あります。遊園地、テーマパーク、球技場、競技場、動物園、植物園、映画館など、どこの国にもあるような施設がたくさんあります」

「民間経営ですか」

「いいえ。すべて、公営になります」

「それだと、不人気でも経営が破綻することはないですよね」

「それはそうですが、決しておざなりにはなっていません。スタッフの集客への思いは、並々ならないものがありまして、日々努力をしています」

「これは大変失礼しました。みなさん、真剣に取り組んで、労を惜しまずに働かれているのですね」

「はい」

「どうも我々には、『お役所勤め』という意識があって・・」

「分かります」

「ギャンブルに関してですが、カジノのような遊技場がありますか」

「カジノやパチンコ店は、一切ありません。競馬や競輪、競艇は土日と祝日に開催されますが、購入できる券の額の上限が決まっています」

「賭けた人が破産しないようにですね」

「その通りです。賭博というのは、人生を破滅させます。お遊び程度なら良いのですが、熱くなって全財産をなくす方もおられるようですから」

「米国のラスベガス近辺のホテルでは、二階から上の部屋の窓には、鉄格子が嵌めてあると聞きました」

「飛び降り自殺防止のためですね」

「日本でも、パチンコや競馬での負けが膨らみ、闇金に手を出し、ついには窃盗や強盗にまで及んだという人がたまにいます」

「抜き差しならない状態になると、犯罪に走ってしまうのですね」

「やはり、射倖心を煽るようなギャンブルはしない方が良いということでしょうか」

「そうですね」

 

「国の柱となる法律に関してですが、日本の法規とかなり似ていますね」

「大元になっているのが日本国憲法ですので、似ているのは当然です」

「やはり、そうでしたか」

「憲法を決めるための会議では、『日本の主権在民、平和主義、基本的人権の尊重の三大原則は、是非取り入れるべきである』と提案されて、実際に定められました。もちろん、戦争放棄も入っています」

「そうすると、非核三原則も国是になっているのでしょうね」

「もちろんです」

「更に、刑法や民法に関してもお聞きしたいと思うのですが、やはり、日本のものを参考にされているのでしょうか」

「そうです」

「民事裁判などが起こった場合は、裁判所が司法権を執行するのですね」

「はい。でも、権利や理非を争うような訴訟はほとんど起きていないので、今は開店休業状態ですね」

「ほぉー、信じられないですね。我が国では絶対あり得ないことですから」

「世界中どこを見渡しても、訴訟だらけですものね」

「裁判は時間と費用がかかるので厄介ですが、それがないというのは本当に羨ましいですね」

 

「次は、政治に関してです。サンランドでは、大統領や総理大臣のような政治家のトップはおられないのですか」

「いません。そもそも、政治家がいません」

「えっ」

「ですので、その選挙もありません」

「では、誰が政治を司るのですか」

「AIです」

「AI・・」

大使は、微かに聞き取れるぐらいの小さな声を発し、大きく目を見開いた。

「少し驚かれたようですね」

大使の呆然とした顔を見た担当者は、あからさまに苦笑した。

「そりゃ、誰だってびっくりしますよ。『コンピュータに政治を任せる』だなんて・・」

「耳を疑われるのも無理はないです」

「うーん・・」

「誤解をされたままでは不本意ですので、今からその訳をご説明致します」

「お願いします」

大使の開いたままの口が、ようやく閉じた。

「ご存じでしょうが、AIというのは、情報処理システムの中の人工頭脳のことを意味します。その完成には、多くの科学者の創意と工夫が反映されていて、決して、神が造りし物でも自然発生的に出て来た物でもありません」

「人が関わっているということですね」

「そうです。つまり、『人工知能だ、AIだ』といっても、中身は人の知識の集積です。その集積によって、人の頭脳では判断できにくい事を瞬時に解析してくれるという代物に過ぎないのです」

「ふーむ」

「この数十年間で、コンピュータの機能は大きく飛躍しました」

「昔の物と比べて、処理速度が段違いに早くなり、身近にもなりましたよね」

「今や、あらゆる所で使用されていて、コンピュータのない社会というのは、考えられなくなっています」

「使い道さえ誤らなければ、こんな重宝な道具はないでしょうね」

「その通りです。命令したことは確実に実行し、休むことなく働き続けてくれる存在は、まるで疲れを知らない忠僕のようです」

「確かに」

「しかしながら、『人』はそうではありません。意に反して寄り道をしたり、間違った方向に向かったりします」

「背信行為もしますよね」

「政治家は、そのような『人』がなっているのです。国民より自分を優先し、私利私欲に走る人がほとんどです。ですので、賄賂や忖度という不正も必然的に起こります」

「なるほど、そうですね。選挙の時は、『国民の声を聞く、国民のために働く』と言っていますが、実際はそうでないことが多いですからね」

「その点、コンピュータは裏切りません。そのような不正行為を絶対しません。状況に応じた判断を的確に下してくれるだけです」

「そう考えると、人類にとって明瞭で誠実な味方といえますね」

「まったくです」

「それでも、操作する人に不正があったとしたら、同じではないですか」

「もし、不正が可能ならそうですが、それができないようにはしてあります」

「そのような防御システムが入っているのですね」

「そうです。確かに操作するのは『人』です。ですが、その役割は単に数値やデータを入力するだけで、中身を改ざんすることはできません」

「少しでも想定外の数値が入ると、警告されるのですね」

「はい。もし、そんなことを作為的にすれば、すぐに発覚して逮捕されます。国家の信頼をなくし、国民に不利益をもたらしたという罪で」

「厳罰ですね」

「おそらく、監獄行きか国外追放になるでしょう」

そう言い放った担当者の顔が、心なしか険しくなっていた。

「将来的には、世界がそのような方向に進んでいくのでしょうか」

「それはどうでしょう。容易にはいかないでしょうね。政治家になりたがっている人がかなりいますから」

「残念ながら、我が国にもたくさんいます」

「本音で語る政治家の本懐とは何でしょう。巷では、『大きな権力を持ち、自分の思いのままに国を動かすことである』と、言われています」

「世の中は、そんな野心家だらけですよね」

「そもそも、政治家というのは民衆の代弁者にすぎず、生産活動は何もしていません。議員という地位によって、市民や国民の税金で生きているだけの人なのです」

「まるで『無用の長物』ですね。いや、もっと悪く言うと『百害あって一利なし』の厄介な存在になりますね」

「ですから、民衆を正しい方向に導くのは自分の利益しか考えない政治家ではなく、AIなのです」

「なるほど、AIであることの意味がようやく分かりました。それにしても、良いことだらけですね。選挙がないから、無駄な選挙費用を使わなくて済みますし、裏金がばらまかれることもないのですから」

「まあ、そうですね」

「でも、コンピュータ内部に故障が生じた時は、困りますよね」

「機械ですから、そういう事もあるでしょう。でも、予備の人工頭脳を複数用意してありますので、すぐに代わりをさせます」

「万全ですね」

「はい」

 

「治安を守る警察のような組織はありますか」

「あります。実際に活動しています」

「先ほど、訴訟沙汰になる事件はほとんど起きないと言われましたが、治安についてはど

 うなんでしょう」

「良識のある国民ばかりとはいえ、やはり、ちょっとした犯罪は起こっています。でも、殺人のような重大な事件は、今のところ非常に少ないです」

「その要因は、どのような事が考えられますか」

「まず、この国に集まった人々の意識が違います。犯罪のない理想の国を求めて来ている人たちなので、殺人のような大きな犯罪は起こりにくいのです」

「なるほど」

「それにもう一つ、監視カメラの設置です」

「最近は、至る所に設置されていますね」

「そうですね。どこの国もかなり多くなっているように思いますが、サン・ランドに比べると物の数ではありません」

「どれくらいあるのですか」

「おそらく日本の数百倍以上の台数になると思います」

「凄い数ですね。国中が監視カメラだらけなのですね」

「はい。さらに、驚くべきことがあります」

「何ですか」

「カメラの性能です」

「はぁ」

「通常の監視カメラは、それ自体が一定の場所に固定されているので、録画の範囲が限られますよね」

「当然、そうなりますね」

「私どもの監視カメラは、移動できます」

「えっ。移動できるのですか・・」

「はい。犯罪を確認したら、犯人を追跡できます。もし、車で逃げても、最高速度が時速百五十キロメートルなので、大抵は追い付けます」

「いやはや、なんとも・・」

「画期的でしょう」

「まったくです」

「この発明によって、犯罪が起きにくくなりました」

「犯して逃げても、それが追いかけて来るのですから端から諦めますよね」

「防犯の最終兵器と言っても過言ではありません」

「その移動できる監視カメラというのは、どのようなものなのですか」

「そうですね。一口でいうと、謎の飛行物体です」

「UFOですか」

「野球のボールとほぼ同じ形体で、ドローンのようなプロペラはなく、そのままで空中に浮遊できます」

「ほぉー。できれば、その仕組みを知りたいものです」

「至って簡単です。中に密度の高いヘリウムガスがあって、それで浮くことができるのです」

「浮力が大きいと、上昇し続けてしまうのではありませんか」

「そうならないように、AIが中のガスをコントロールします」

「やはり、AIですか」

「はい」

「時速百五十キロメートルまで出せるということですが、まるで、プロ野球のピッチャー並のスピードですね」

「そうですね」

「その移動するための動力は、何ですか」

「それは極秘事項なので、残念ながら答えられません」

「そうですか・・」

「普段は待機場所に固定されていて、周りを監視しています。映像は常時、電波で監視センターに送られ、AIが管理しています」

「なるほど」

「事件が起こると、待機場所から離れて現場に向かいます」

「犯人に壊される心配はないですか」

「地上か五メートルの高さに浮いていますので、まず届かないです」

「ピストルでもない限り、破壊できないのですね」

「ええ。もし、仮に打ち落とされても、代わりのカメラがすぐに向かいます」

「あらゆる所に設置されているのですから、到着は早いでしょうね」

「早いです」

日本とはかなり異なる治安の良さに、大使は心底羨ましく思った。

「日本も含めて世界中のどの国においても、殺人や暴行、窃盗や詐欺などの犯罪が、日常茶飯事に起こっています」

「理不尽な犯罪が多いですよね」

「保険金目当ての計画的な殺人も起こっていて、人の本性は『悪』ではないかと思うくらいです」

「非常に嘆かわしいことです・・」

そう呟きながら、担当者が自分の足下に視線を落とした。何か忌まわしい事件でも思い出したのか、下に向けたままの顔はとても悲しげであった。

 只ならぬ様子に気づいた大使は、空のコーヒーカップを手に取りながら、何気なく彼を窺い見た。暫しの沈黙の後、担当者が神妙な面持ちで切り出してきた。

「実は、ここに来る前の事なのですが・・」

「まだ日本にお住まいの時ですよね」

「そうです。当時、大学生であった私の娘が・・」

「娘さんがどうかされたのですか」

「酷い犯罪に巻き込まれて、非常に悔しい思いをしました」

「はぁ・・」

「口にするのも恥ずかしいのですが、同じ大学の学生達に酩酊状態にされて、レイプされかかったのです」

「『されかかった』ということは、未遂に終わって無事だったのですね」

「ええ。間一髪のところで操は何とか守れましたが、心に深い傷を負いました」

「抵抗できないようにして女性を襲うなんて、人の道に外れていますよね」

「おっしゃる通りです。彼らはどうしようもない悪党どもで、逮捕された時も反省することなく『魔が差した』とか『つい出来心で』とか、保身のための言い訳ばかりしていました」

「けしからんですね」

「その後の裁判でも、反省の言葉は見せかけだけで、本当に改心しているようには思えませんでした」

「そんな輩は、一生、刑務所に入っているべきだと思います」

「娘を大切に育てたいと思う父親にとっては、決して許すことができない愚劣な行為と態度なのです」

「分かります」

「更にです。彼等だけでなく、彼等の親にも憤慨しました」

「何かあったのですか」

「彼らの親の中に、トップ企業の重役である者がいました。その親は、政治家と繋がりがあり、政治家を通じて私に圧力を掛けてきたのです」

「裁判沙汰にならないようにですか」

「そうです。裁判になる前に、私の勤める会社の上司からこんなことを言われました」

『娘さんは無事だったし、学生さんたちも反省していることだし、ここは事を荒ら立てずに済ました方が良いのではないですか』

『いいえ、それは、断固できません』

『裁判になれば、君の娘さんが公に晒されてしまうでしょう。それは、君にとってもマイナスになり、会社としても困ることになるんだがね』

と、何回も執拗に言われました。

「私は直感しました。上司がこれだけくどく言うのには、裏で誰かが動いているに違いないと」

『子も子だが、親も親だ。こんなことを許す訳にはいかない』

「そう思って、私は裁判を起こしました」

「それが、正しい判断だったと私も思います」

「裁判を進めていくで中で、他にも被害者がいることが分かり、結局、彼らは有罪になりましたがね」

「常習犯だったのですね。被害者の泣き寝入りを見越した、あくどい手口ですね」

大使の眉間が、怒りで寄っていた。

「寸前で助かったとはいえ、信頼すべき者から酷い仕打ちを受けた娘は、それ以来、人間不信になってしまいました」

「娘さんにとっては、只の災難では済まされませんからね。ご心痛、お察しします」

「どうも、痛み入ります」

担当者は、尚も重々しい口調で言葉を続けた。

「私がこの国に来たのは娘のためです。犯罪が起こらない環境で、娘と共に平穏に暮らしたいと願ったからです」

「なるほど、そうでしたか」

「娘もこの国が気に入ったようで、少し明るくなってきました」

「それは良かったです」

「あんな腐った連中がのさばる日本は、壁壁です。もう戻りたくありません」

「ごもっともです」

「私も妻も娘もこの国に留まって、この国に骨を埋めるつもりです」

「このような素晴らしい国ですからね」

「はい」 

 険しい表情だった担当者に、少し笑みが戻ってきた。その顔を見て安堵した大使は、コーヒーカップをテーブルに置き、質問を続けることにした。