小学生の頃、還暦を過ぎた祖父を見て、「いつかは自分も、このように年老いて行くのだろうなあ」と思ったことがある。しかしそうであっても、「それは遥か遠くの未来のことだ」と楽観視していた。

  ところがどうであろうか。いつの間にか、その歳になっていた。この世に生まれて、六十年以上が過ぎたのである。

  振り返ってみると、いろんなことがあった。喜んだこと、笑ったこと、驚いたこと、緊張したことなど、数え挙げるときりがない。

  もちろん、良いことばかりではない。怒ったこと、悲しんだこと、泣いたこと、悔やんだことなど悪いこともたくさんあった。

   それでも、「それらすべてによって、自分の人生が形成されているのだ」としみじみ思う。

 

・ 「珠玉

   最近は、歳のせいか思い出せないことも増えてきた。際限なくインプットし続けた事象というのは、時間が過ぎると輪郭がぼやけて行くようである。

   年々、頭が惚けて消え去る記憶が増えていく中で、いつまで経っても残り続ける記憶がある。それは、それによって心躍り、大きな影響を受けたものである。

  大げさに表現すると、「その出会いによって、この時代に生きていて良かった」と感じさせる「珠玉」と言えるものである。それらは、今尚、色褪せずに宝石のような輝きを放っている。

  もし、生きるだけで精一杯の大昔であれば、そのような感動は味わえなかったに違いない。この時代に生きたからこそ知り得たのであり、その幸運にとても感謝する。

   しかし、「珠玉」といっても、様々である。万人に認められているものもあれば、そうでないものもある。

   つまり、ある人にとってはそうであっても、他の人にとってはそうではないものもあり、人によってそれぞれ異なるのである。

   ここでは、私にとっての「珠玉」を選んでいきたい。古びた宝箱の中に乱雑に詰め込まれた記憶をすべて取り出して、「これぞ」と思うものをいくつか挙げていくつもりである。その中には、誰かと共通するものもあるはずである。

   もし、その中のどれかに共感して頂ける人がいたなら、この作業が自分にとって意義のあるものになったと嬉しく思う。

  ジャンルについては、スポーツ、書物、映画、音楽に絞ったが、ページ数の制限もあるので、それらのすべてを詳細に取り上げるのは不可能である。重点的に説明するのは四つの中のどれかになるが、考えた結果、音楽を選ぶことにした。その理由は、こうである。

   書物や映画は、よほど優れた作品でない限り、繰り返し読んだり観たりすることはない。例えば、太宰治の「人間失格」を何回も読み直したという人や、ルネ・クレマンの「居酒屋」を何回も観直したという人は、そうはいないはずである。何回も繰り返すには、それなりの思いと環境が必要になるからである。

  また、スポーツも然りである。オリンピックで自国がメダルを取れば、それこそ感涙ものであるが、時が過ぎるとその感動も薄れていく。リアルタイムであってこそ意味があるのであり、たまにその年代のトピックスで記録動画を見ることはあっても、普段はほとんど見ないように思う。

   その点からすると音楽は、常に身近にあって繰り返しよく聞く。よく歌う。よく演奏する。テレビやラジオをつければ、何某かの音楽が耳に入る。好きな曲であれば、鼻歌も出て心が和む。

  一年を通しての儀式や行事においても、必ずと言ってよいほど音楽が必要とされる。節句に関わる歌曲、祭りや催し物の音曲、地方に伝わる民謡や子守唄、冠婚葬祭など、聞く機会はかなり多いのである。

   楽しい時にさらにその気持ちを高揚してくれる音楽。苦しい時に「大丈夫だよ」と励ましてくれる音楽。安らぎを必要とする時に心を癒してくれる音楽。それらは、人が生きる上で欠かすことができないものとなっている。

  そういうことで、音楽をより詳しく取り上げることにするが、前の三つもそれなりに紹介していきたい。

 

スポーツ

一  相撲

   相撲に関しては、小学生の頃によく観ていた。大好きな力士が優勝をする度に喜んだが、今は誰も応援していないし、観戦することもない。

 

「大鵬VS柏戸」    1961年 九月場所

  三者の優勝決定戦で、平幕の明武谷、大関の柏戸の両者に対戦して大鵬が勝つ。その甲斐あって、生涯のライバルである柏戸と共に横綱に昇進する。

「巨人、大鵬、卵焼き」とはよく言ったものである。当時は、ほとんどの子どもがその三つを好んでいたのであり、私もご多分に漏れずそうであった。

  大鵬は、子どもの頃は非常に貧しかったようである。家計を助けるために納豆を売り歩いていた話は有名である。まさに、立身出世の典型的な人である。

  懐が深くて非常に安定した取り口、優勝回数の多さ、謙虚さ、端正な顔もあって、誰からも好かれる力士になった。

「世紀の大誤審」となった取組については、行司を責めずに誤審を招いた自分が悪いと語った。大横綱と呼ぶに値する真の横綱といえる。

 

二  野球

   毎年、プロ野球の贔屓チームを応援していて、テレビの前で一喜一憂している。

   熱烈なファンではないので、負けても頭から湯気が出ることはないが、機嫌が悪い状態は翌日になっても続く。

   つまり、その日が良い日であるか否かは、昨日のゲームの勝敗によって決まるのであり、土壇場で逆転サヨナラ勝ちをするものなら、新聞はもちろん、すべてのスポーツニュースを観て喜びに浸る。

   この五十五年間、様々な試合を観てきた。ノーヒット・ノーランや完全試合もあった。優勝が決定する最後の試合で勝った時などは、それこそ狂喜乱舞に近い状態になって、「人生最良の日だ」と同じファンの友だちと喜んだものである。

 

「巨人VS阪神」    1973年 甲子園 

   勝ったほうがリーグ優勝をする最終試合で、巨人が阪神に圧勝する。

   試合終了後、怒った阪神ファンがグラウンドになだれ込み、暴挙にでる。危険を察した巨人の選手たちが一目散に避難したので、監督の胴上げはできなかった。

   阪神にとっては、悲願であった優勝。それを信じていたのに、目の前での惨敗である。完膚なきまでに叩きのめされた阪神ファンの悔しい気持ちは分かるが、これはスポーツの試合なのである。暴言ならまだしも、暴動に走ったのは頂けない。相手側の歓喜に水を差そうとしたのは明らかである。

   しかしながら、やり場のない憂さをそこまでして晴らそうとした阪神ファンの並々ならぬ熱い想いが見えたように思う。

 

三  ボクシング

  ボクシングは、野球以上に熱が入った。今までにたくさんのタイトル戦を観てきたが、特に印象に残っているのが豪快なノックアウト・シーンである。

 

「藤猛VSサンドロ・ロポポロ」    1967年 蔵前国技館

   藤猛は、ハワイ出身の日系三世であり、米国人である。顔は東洋人であっても、日本語はあまり話せない。

   戦績は、彼のハンマー・パンチと呼ばれる固い拳とデンプシー・ロールという必殺技によって、KO勝ちが七割を超えていた。

   リングサイドの観客は、常に藤のKO勝ちを期待した。藤もそれに応えるかのように、攻めの姿勢を崩さなかった。それ故にディフェンスが甘くなり、強引に責めていってはカウンターを喰うことも度々あった。

   勝つときはKO、負ける時もKOという、丁半博奕のような白黒はっきりした結果は、ハラハラドキドキものであった。

  ロポポロとのタイトルマッチの時、第一ラウンドは藤のパンチがほとんど当たらず、チャンピオンの上手さだけが目立った。解説者も挑戦者の不利をコメントして、先行きが不安に思えた。

  第二ラウンドが始まってもチャンピオンが有利であったが、途中、藤の強引に放ったパンチが彼の顔面を捉える。たまらず、チャンピオンがダウン。十カウントまでにかろうじて立ち上がった彼に、藤は渾身の力でパンチを浴びせる。逃げ惑うチャンピオンに尚も追い打ちをかけ、三度目のダウンによってレフリーが止める。試合終了である。

  タイトルマッチでの鮮烈な勝ち方は、日本のファンを鷲づかみにした。その後のインタビューで発した片言の日本語も、親近感を覚えるものであった。

  この他、世界フライ級チャンピオンであった大場政夫のチャチャイ・チオノイ戦も、非常に印象深いものであった。

   大場は、初回にパンチを受けてダウンし、右足首を捻挫する。なんとか立ち上がったものの、しばらくは足を引きずりながら戦うという重いハンデを背負った。

   それを粘り強く耐え忍び、徐々にペースを掴んで、最終ラウンドでは逆転のKOで勝利する。

   まさに、不屈の精神で逆境をはね返したという壮絶なファイトであった。ちなみに、この試合の二十三日後、大場は交通事故により二十三歳でその生涯を閉じている。

   海外のプロボクシングについては、高校生の頃から興味を持ち出したが、その中で一番驚いたのは、やはりこれである。

 

「モハメド・アリVSジョージ・フォアマン」    1974年 キンシャサ

  フォアマン有利の予想を覆して、アリがノックアウトで勝った試合である。

   フォアマンのパンチは、まるで丸太で叩くような破壊力がある。それをアリは、亀のようにガードを固めて耐え、最後はスタミナの切れたフォアマンに逆転のパンチを繰り出し、勝利したのである。

  試合が終わった時、予想外の結果に場内は騒然としたが、私自身も身震いが止まらなかった。

 

四  バスケットボール

   録画放送ではあるが、米プロバスケットボールのNBAを好んで観ていた。

   マジック・ジョンソンやマイケル・ジョーダンの試合は必ず観戦したが、彼らの超人的なプレーには毎回驚かされた。特にオリンピックでのドリームチームは話題になり、胸が踊ったものである。

 

「アメリカVSクロアチア」    1992年 決勝 バルセロナ 

   クロアチアも強豪であるが、相手がオールスターの米チームであるから勝敗はほぼ決まっている。それより、マジックやジョーダン、ラリー・バードがどのようなプレーを見せてくれるのか期待したのである。

  攻守の切り替えの早さはもちろんのこと、トリッキーなパス、ダンクシュート、パワープレーは見応えがあった。これぞプロのバスケットボールチームと呼べる内容であり、試合というより、まるでショーのようであった。

 

五  サッカー

   プロ化で人気が上がって、競技人口も増えてきた。それでも、男子の方は、W杯の予選通過で大喜びするくらいであるから、まだまだランクは高くない。

   女子の方は、W杯やオリンピックにおいて良い結果を出しているので、実力があると認められている。

 

「日本VSアメリカ」    2011年 女子W杯ドイツ大会・決勝  

  それまで、アメリカチームに勝ったことのない日本チームであったが、延長、PK戦の末、勝利する。

  体格、パワー共にアメリカに劣る日本が、スピードとテクニックで対抗した。始終押され気味であったが、澤の活躍もあってPK戦に持ち込んだ。

  負け寸前で引き分けに持ち込めた日本にとって、失うものは何もない。一方、アメリカには、「これまで負けたことのない相手である。絶対落とすわけにはいかない」というプレッシャーがあったと思われる。

  順調に成功を重ねる日本。逆に失敗の多いアメリカ。勝利が決まった瞬間、日本チームは人目を憚らず喜びを爆発させた。極度の緊張感から解き放された素晴らしい笑顔に、日本国民は沸き返った。

 

書物

  文字を読めるのは、幸せなことである。もし義務教育がなかった時代やそれが行き届いていない国に生まれていたなら、先人が書き記した物を読むことはできない。たとえそれが目の前にあったとしても、まさに「猫に小判」状態になる。

  そのような境遇でないことを有難く思うが、ただ単に知恵や教訓を得るだけでなく、大きな衝撃や感動を受けたことにも感謝したい。

  著名な作家の小説や随筆は、読み手に作品独自の世界に入り込ませ、数々の喜怒哀楽をもたらした。また感銘も与えてくれた。その中には、「人はどう生きるべきか」を教えてくれた作品もある。

 

書架にある主な文庫本

   小学生時代に、図書室で読んだ本の題名はほとんど覚えていない。おそらく、印象に残らなかったので忘れ去ってしまったと思われる。

   ただ唯一記憶にあるのが、江戸川乱歩の「青銅の魔人」である。乱歩独特の雰囲気が、小学生の私にはすこぶる気持ちが悪かったのである。

   高学年の時、肋膜炎になって入院したことがある。同室の読書好きの中学生から、「高校殺人事件」という小説を薦められて借りた。サスペンス物であって、それなりに面白いのであるが、小学生にとっては言葉が難し過ぎた。それでも、なんとか読み終えたが、消化不良の感があった。

   当時は、作家の名前など全く知らなかったし関心もなかった。大人になってから、その筆者が松本清張であると知って驚くことになる。

 

「頭の体操」                        多湖輝

   その中学生は、様々な本を読んでいた。パズルもあって、私にその問題を出してきた。奇想天外で大変面白いので、後日、同じものを家族に買ってもらい読み返した。

 

「人間失格」        太宰治

「羅生門」           芥川龍之介

「伊豆の踊子」                   川端康成

「こゝろ」                           夏目漱石

「破戒」                              島崎藤村

「痴人の愛」        谷崎潤一郎

   日本の文学作品を読み始めたのは、高校生になってからである。主に太宰治、芥川龍之介などの文庫本を買って、家で寝転んで読んでいた。

 

「ぐうたら生活入門」             遠藤周作

「楡家の人々」                      北杜夫

「きまぐれロボット」             星新一

  この頃は、同級生の薦めにより、遠藤周作の作品もよく読んだ。映画化された「沈黙」や芥川賞受賞の「白い手」というような重いテーマを持った作品より、気楽な狐狸庵物が好きであった。

 

「ノストラダムスの大予言」             五島勉

  一九九九年になると人類が滅亡するという大予言なのであるが、見事にはずれた。その当時は、滅亡の尤もらしい根拠を読んでドキドキしたものである。

 

「ソフィーの世界」               ヨースタイン・ゴルデル

   洋書については、原書を読むのがかなり面倒なので、翻訳されたものしか読んでいない。哲学入門書のようなこの著書は、少し回りくどい感があり、途中で読む意欲をなくさせた。

 

「羊男のクリスマス」             村上春樹

   ある日、近所の書店で、佐々木マキのイラストが表紙になっている文庫本を見つけた。気になって手に取ると、筆者は村上春樹であった。

   内容は、日本的な純文学とは異なり、子ども向けのようなメルヘンぽい不思議な話であった。以後、「ノールウェイの森」など、村上春樹の作品を読み出す。

 

「哀愁の町に霧が降るのだ」    椎名誠

「窓ぎわのトットちゃん」       黒柳徹子

「ろくべえまってろよ」          灰谷健次郎

「パンドラの選択」                景山民夫

「ペンギニストは眠らない」    糸井重里

「ピアニストに御用心」          山下洋輔

「『ガロ』編集長」                長井勝一

   テレビのCMなどで顔がよく知られていた椎名誠にも興味を持った。肩の凝らない作品が多く、スポーツマンで、アウトドア派で、ビール派であることに何かしら好感が持てた。

 

「甲賀忍法帖」                       山田風太郎

  敬愛する中島らもが、「好きな作家の一人」と述べていたので読んでみた。発想が奇想天外であり、まさに「面白い」の一言である。映画、コミック、スロットになっていて、若い人たちにもよく知られている。

 

「真剣師・小池重明」               団鬼六

   賭け将棋の世界に実在した伝説的な人の話。プロの棋士を何人も平手で負かして、周囲を驚かせる。「プロ殺し」と異名をとるほどの実力がありながら、自身の素行の悪さが災いして破滅に向かう。

 

「岸和田少年愚連隊」              中場利一

   深夜に放送していた井筒和幸監督の映画を観て、「原作を読んでみたい」と思った。原作者は中場利一で、地元を舞台にした自伝のような内容は、主人公の想いがストレートに表現されていて、とても親近感が持てた。

   どの作品にも、現実の中から出たコントのような笑いがあって、その面白さにはまってしまったのである。

 

「蹴りたい背中」                    綿矢りさ

   綿矢りさは、同じ高校の後輩ということでデビューから気になっていた。芥川賞を受賞したこの作品を最初に読んだ。異性に対する女の子の歯がゆい思いを今風に表現した秀作である。

 

「人生の目的」                       五木寛之

   五木寛之の作品は、私が持つ疑問に対して何かヒントになるかも知れないという期待から読んでみた。宗教的な見地から述べられているが、「なるほど」と納得できる部分がたくさんあった。

 

「ガラダの豚」                        中島らも

   中島らもは、好きなことや必要なことに関しては、徹底して調べるタイプの人であるに違いない。「専門家でもない限り、これを知る人は誰もいない」と思わせることを本当によく知っていたのである。

   私生活は、アル中になったり薬中になったりと退廃的且つブラックな匂いが漂うが、実際はかなりの自由人であり楽天家である。作家以外にもバンドや俳優をやっていて、この人の行動力には常に感心させられた。

   彼の文庫本はほとんど持っていて、時間があれば必ず読んでいる。笑いのセンスは独特であり、テレビやラジオのトークでも誰もが腹を抱えて笑ってしまう人である。大好きな作家ではあるが、不慮の事故で亡くなってしまった。本当に残念でならない。

 

   以上が、私が読んで良かったと思う書物である。私自身は読書家ではないので、本好きの方からすると物足りないに違いない。

   もちろん、上記以外にも様々な本を読んでいるが、思い入れがある本はかなり少ない。講義のテキストになる哲学書やエッセイにも目を通したが、読んで「面白い」と感じた本は、ほとんどない。

 

漫画

   想像力を養うのであれば、文字だけの書物が良いのに決まっている。しかし、子どもにとっては、直接眼に訴えるもの方が分かりやすい。

   たとえば、幼少の頃に見た絵本である。童話の定番である「桃太郎」「浦島太郎」「金太郎」「一寸法師」「こぶとり爺さん」「花咲か爺」「うさぎと亀」「赤ずきん」「シンデレラ」「白雪姫」「マッチ売りの少女」「三匹の子豚」などは、この先、どんなに齢を重ねようと話の内容や場面を忘れることはないだろう。

   また、淡い記憶ではあるが、紙芝居にもその刺激的な絵に魅了されたという思い出がある。紙芝居屋が売る安いアイスキャンデーを食べながら、目を輝かせて「黄金バット」などを見ていたのである。

   漫画も然りである。小学生の頃は、文学的な書物より漫画を好んで見ていた。

   その当時は、少年サンデー、少年マガジン、少年キングの週刊誌と少年ブック、ぼくらの月刊誌があり、面白さを競っていた。近所の友だちのお兄さんが週刊誌の三つを買っていたので、借りてよく読んだ。

   リヤカーに積んで移動する貸本屋もあった。そこには、阪本牙城の「タンクタンクロー」や杉浦茂の「少年児雷也」があったように思う。

   赤塚不二夫の「おそ松くん」に始まり、水木しげるの「墓場の鬼太郎」、一峰大二の「黒い秘密兵器」、横山光輝の「伊賀の影丸」、川崎のぼるの「巨人の星」、ちばてつやの「あしたのジョー」などを毎週心待ちにしたものである。今となっては、懐かしい作品の数々である。

   月刊漫画「ガロ」を目にしたのは、大学生の時だった。書店で偶然見つけたのであるが、ページを開いて驚いた。ほとんどの作品が、素人のように下手なのである。

   白土三平、佐々木マキ、やまだ紫、ひさうちみちおなどは、「さすがにプロである」と思わせるテクニックがあったが、デビューしたばかりの新人たちの作品は、メジャーな雑誌にはとても載せられない代物であった。それでも、それぞれに個性が感じられ、何かしら心を動かされたのである。

「ガロ」に作品を掲載した作家の中で、特に印象に残ったのは次の人たちである。

   つげ義春、林静一、鈴木翁二、安部慎一、古川益三、永島慎二、川崎ゆきお、杉浦日向子、花輪和一、丸尾末広、山野一、蛭子能収

   テーマについては、人の性、不条理さ、エログロ、バイオレンスなど様々であるが、余韻の残る作品が多かった。泉谷しげるの漫画も、見かけによらず繊細なタッチで面白かった。

   この雑誌には、漫画以外に荒木経惟の写真もあった。被写体の外面だけでなく、はらわたをも映し出すような表現は、単純に「卑猥」という言葉では片づけられない独特の世界に引き込んだ。

   毎回、「どのような作品が載るのか」という期待を持って買い続けた「ガロ」ではあるが、青林堂の方針が変わったこともあって読むのを止めた。それでも数年間のバックナンバーが、今も捨てられずに書架に残っている。

 

   書架にある漫画作品

「フーターくん」                   藤子不二雄

「ストップにいちゃん」          関矢ひさし

「カムイ伝」                         白土三平

「漫画家残酷物語」      永島慎二

「ねじ式」                           つげ義春

「佐々木マキ作品集」            佐々木マキ

「地獄に堕ちた教師ども」      蛭子能収

「鳴呼!!花の応援団」         どおくまん

「できんボーイ」                  田村信

「バイトくん」                     いしいひさいち

「三国志」                          横山光輝

「まんが大王」                    喜国雅彦

「男の生活」                       中崎タツヤ

「哭きの竜」                       能修純一

 

映画

  母親が映画好きだったので、幼い私を映画館によく連れて行った。三番館で東映の時代劇を観たのだが、中でも忍術物の「自来也」「笛吹童子」やアニメの「少年猿飛佐助」「西遊記」などを喜んでいたようである。

   小学校の低学年になると、夏休み中に昔の映画がテレビで放送されていたので、友だちと毎日のように観ていた。その中には、名だたる監督の作品もあった。

  高学年や中学生の頃は、毎年正月に年上の友だちに連れられて映画館に行った。怪獣と若大将シリーズがお決まりのパターンであった。

  自分で映画館に行くようになったのは、高校生になってからである。その頃の映画には、「ニューシネマ」と呼ばれる作品があって、それらの多くが、今尚、印象に残っている。後年、もう一度観たいと思った作品は、ビデオをレンタルすることになる。

  幼い頃に観た映画の中には、途中で眠ってしまうような退屈なものもあったが、晩年になって再び観ると、「なんと素晴らしい作品であるか」と称賛できる映画もいくつかある。

  作品の良さを理解するには、ある程度の年齢とそれ相当の人生経験が必要になるということである。

 

  今までに観た主な邦画

「丹下左膳余話・百萬両の壺」          1935年 日活   山中貞雄

「人情紙風船」                               1937年 東宝   山中貞雄

「安摩と女」                                  1938年 松竹   清水宏  

「鴛鴦歌合戦」                               1939年 日活   マキノ正博

「無法松の一生」                            1943年 大映   稲垣浩

「長屋紳士録」                               1947年 松竹   小津安二郎

「王将」                                        1948年 大映   伊藤大輔

「銭形平次捕物控・平次八百八町」     1949年 新東宝    佐伯清

「青い山脈」                                  1949年 東宝   今井正

「羅生門」                                     1950年 大映   黒沢明

「カルメン故郷に帰る」                   1951年 松竹     木下恵介

「めし」              1951年 東宝     成瀬巳喜男

「生きる」                                    1952年 東宝       黒沢明

「西鶴一代女」           1952年 東宝   溝口健二 

「雨月物語」                                 1953年 大映    溝口健二

「東京物語」                                 1953年 松竹    小津安二郎

「プーサン」                                 1953年 東宝    市川崑

「にごりえ」            1953年 松竹    今井正

「二十四の瞳」                               1954年 松竹   木下恵介

「七人の侍」              1954年 東宝    黒沢明

「ゴジラ」                                     1954年 東宝   本多猪四郎

「笛吹童子」               1954年 東映   萩原遼

「夫婦善哉」             1955年 東宝   豊田四郎

「浮雲」               1955年 東宝     成瀬巳喜男

「わが町」                                     1956年 日活     川島雄三

「赤線地帯」               1956年 大映     溝口健二

「ビルマの竪琴」             1956年 日活     市川崑 

「幕末太陽伝」              1957年 日活     川島雄三

「嵐を呼ぶ男」                               1957年 日活   井上梅次

「炎上」                                        1958年 大映         市川崑

「巨人と玩具」                               1958年 大映         増村保造

「隠し砦の三悪人」                         1958年 東宝         黒沢明

「野火」                                        1959年 大映         市川崑 

「東海道四谷怪談」                          1959年 新東宝     中川信夫

「少年猿飛佐助」                             1959年 東映        藪下泰司

「西遊記」                                      1960年 東映        藪下泰司

「渡り鳥いつまた帰る」                    1960年 日活        斎藤武市

「地獄」                                         1960年 新東宝     中川信夫

「ぼんち」                                      1960年 大映        市川崑

「大江山酒天童子」                          1960年 大映        田中徳三

「青春残酷物語」                             1960年 松竹        大島渚

「用心棒」                                      1961年 東宝        黒沢明

「悪名」                                         1961年 大映        田中徳三

「豚と軍艦」                                   1961年 日活        今村昌平

「赤穂浪士」                                   1961年 東映        松田定次

「私は嘘は申しません」                    1961年 新東宝     斎藤寅次郎

「椿三十郎」              1962年 東宝       黒沢明

「雁の寺」                                      1962年 日活       川島雄三

「忍びの者」                                   1962年 大映        山本薩夫

「キューポラのある街」         1962年 日活       浦山桐郎

「わんわん忠臣蔵」                           1963年 東映       白川大作

「江分利満氏の優雅な生活」               1963年 東宝       岡本喜八

「マタンゴ」                                    1963年 東宝      本多猪四郎

「日本昆虫記」            1963年 日活      今村昌平

「砂の女」              1964年 東宝      勅使河原宏

「飢餓海峡」             1964年 東映      内田吐夢

「眠狂四郎女妖剣」                            1964年 大映      池広一夫

「座頭市地獄旅」           1965年 大映      三隅 研次

「東京オリンピック」                         1965年 東宝      市川崑

「赤ひげ                                          1965年 東宝       黒沢明

「けんかえれじい」                            1966年 日活      鈴木清順

「東京流れ者」                                 1966年 日活       鈴木清順

「人類学入門・エロ事師たちより」       1966年 日活      今村昌平

「エレキの若大将」                            1965年 東宝      岩内克己

「大怪獣ガメラ」                               1965年 大映      湯浅憲明 

「大魔神」                                        1966年 大映      安田公義

「肉弾」                                           1967年 ATG      岡本喜八

「極道坊主」                                     1968年 東映      佐伯清

「男はつらいよ」                               1969年 松竹      山田洋次

「橋のない川」                                  1969年 大映      今井正

「儀式」                                           1971年 ATG      大島渚

「仁義なき戦い」                               1973年 東映      深作欣二

「竜馬暗殺」                                     1974年 ATG      黒木和雄

「ある映画監督の生涯」                      1975年 ATG      新藤兼人

「犬神家の一族」                               1976年 東宝      市川崑

「愛のコリーダ」                               1976年 東和      大島渚

「HOUSE ハウス」                        1977年 東宝      大林宣彦

「殺人遊戯」                                     1978年 東映C    村上透

「十九歳の地図」                               1979年 P群狼    柳町光男

「野獣死すべし」                               1980年 東映      村上透

「狂い咲きサンダーロード」                 1980年 東映C   石井聰亙

「ツィゴイネルワイゼン」                   1980年 シネマP      鈴木清順

「陽炎座」                                        1981年 ヘラルド    鈴木清順

「北斎漫画」                                     1981年 松竹      新藤兼人

「魔界転生」                                     1981年 東映      深作欣二

「泥の河」                                        1981年 東映C    小栗康平

「家族ゲーム」                                  1983年 ATG      森田芳光

「麻雀放浪記」                                  1984年 東映      和田誠

「お葬式」                                        1984年 ATG      伊丹十三

「ドレミファ娘の血が騒ぐ」                1985年 D・C   黒沢清

「マルサの女」                                  1987年 東宝      伊丹十三

「帝都物語」                                     1988年 東宝      実相寺昭雄

「どついたるねん」                            1989年 M・G      阪本順治

「キッチン」                                     1989年 松竹      森田芳光

「浪人街」                                        1990年 松竹      黒木和雄

「ゼイラム」                                     1991年 バンダイ   雨宮慶太

「無能の人」                                     1991年 松竹      竹中直人

「王手」                                           1991年 M・G      阪本順治

「ゲンセンカン主人」                         1993年  シネセゾン    石井輝男

「マークスの山」                               1995年 松竹      崔洋一

「岸和田少年愚連隊」                         1996年 松竹      井筒和幸

「ビリケン」                                     1996年 シネカノン    阪本順治

「スワロウティル」                            1996年 ヘラルド    岩井俊二

「新世紀エヴァンゲリオン」                1997年 東映      庵野秀明

「SFサムライ・フィクション」     1998年 シネカノン    中野裕之

「ねじ式」                                      1998年 B・E      石井輝男

「おもちゃ」                                     1999年 東映      深作欣二

「バトル・ロワイヤル」                       2000年 東映     深作欣二

「ケイゾク」                                      2000年 東宝     堤幸彦

「トリック劇場版」                             2002年 東宝     堤幸彦

「ジョゼと虎と魚たち」                       2003年 アスミックA  犬童一心

「黄泉がえり」                                   2003年 東宝     塩田明彦

「スウィングガール」                          2004年 東宝     矢口史靖

「寝ずの番」                                      2006年 角川     マキノ雅彦

「亀は意外と速く泳ぐ」                       2006年  ウィルコ      三木聡

「デス・ノート」                                2006年 ワーナー     金子修介

「嫌われ松子の一生」                          2006年  東宝      中島哲也

「蟲師」                                            2007年 ショウゲート   大友克洋

「どろろ」                                         2007年 東宝     塩田明彦   

「舞妓 haaaan!!!」                2007年 東宝     水田伸生

「20世紀少年」                                  2008年 東宝     堤幸彦

「交響詩篇エウレカセブン」                 2009年 東京T   京田知己

「シン・ゴジラ」                                2016年 東宝     庵野秀明

 

  邦画でベスト10を挙げると、私的にはこのようになる。

「七人の侍」                             黒沢明

「丹下左膳余話・百萬両の壺」     山中貞雄

「王将」                                   伊藤大輔

「東京物語」                             小津安二郎

「東海道四谷怪談」                    中川信夫  

「ある映画監督の生涯」              新藤兼人     

「ドレミファ娘の血が騒ぐ」        黒沢清  

「王手」                                   阪本順治

「岸和田少年愚連隊」                 井筒和幸

「亀は意外と速く泳ぐ」              三木聡

 

「七人の侍」については、誰もが認める作品であり、説明は不要であると思う。長編でありながら、時間を感じさせない映像の魅力は類を見ない。

   莫大な製作費と長い撮影期間で作られたが、単にそれだけでは、このような作品は生まれない。妥協を一切許さない監督とそれに応えることができた俳優の演技が、このような「珠玉」を完成させたのであり、何度見ても「素晴らしい」という言葉が口から出てしまう。

   もちろん、低予算でも秀作はたくさんある。その代表が「丹下左膳余話・百萬両の壺」と「東海道四谷怪談」である。この二つも繰り返しよく観たが、監督の非凡なるセンスが発揮された作品である。